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拾陸【8月10日・午後9時26分】


 其処は昼間だと輝くような場所だっただろう。

 少なくとも“それ”が流れる前は……。


「くっ!」


 早瀬警部と連れの警官。そして援護に駆けつけた警官数名がそれを見て絶句する。

 死体は川岸に流れており、それが首だけだった……


「警部! 被害者の足と思われるもの発見しました!」

「此方には腕と思われるものが……」


 次々と漂流物のように切り落とされた部位が見付かっていく。


「早瀬警部? 確か植木警視の報告じゃ撲殺だと」

「それじゃその間こうなったという事ですかね? どうです? 周りは何か不審なところはありますか?」


 早瀬警部は自分の足元を照らし、血が落ちてないか確認するが、例の如くそれらがてんで見付からない。


「くそっ!」


 早瀬警部は地面に座り込み、空を仰いだ。

 夜空には憎ったらしいほどに綺麗な満月。それが川を照らしている。

 こんないい条件下で、川を楽しむのは風性だと感じたいが、自分の目の前にある死体がそれを許していない。


「女の感ってのは、たまには外れて欲しいものですね」


 早瀬警部はそう呟くと、自分の携帯を取り出し、連絡をした。


「あー、もしもし? 早瀬ですけど……」

「あ、もしもし…… 植木です」

「舞ちゃん…… 貴女の父親譲りな刑事としての第六感……どうにかなりませんかね?」


 その言葉で、舞は絶句した。


「殺されたのは長野県警本部長……そして殺したのは恐らく……」


『――脚本家――』


 二人の声が綺麗に重なる。


「これも書かれていたという事ですか?」

「恐らく実行犯は殺した後、長野県警に電話したんでしょうね? ご丁寧に本部長の携帯から電話を使って……」

「でも、非通知ですけど、場所の特定は可能じゃ」

「可能じゃないんですよ……現場に本部長のものだと思われるのと、もう一つ、犯人のものだと思われるのが見付かったんですけど、壊されてますね。しかも御丁寧にカードとか何も入ってないようですし」

「あの、SIMカードはありますか? それだと誰の所有物かわかると思います」

「私はあまり機械に詳しくないですからね……あ、園田くん? ちょっとこの携帯にSIMカードってのが入ってるか確認してくれる?」

「わかりました」


 そう云うと、園田と云う若い警官は、壊れた携帯を扱っていくが……


「駄目です。中がグチャグチャで、SIMカードもボッキリと折れ曲がってます」

「そうですか。駄目みたいですよ、舞ちゃん?」

「それだと犯人の目星はつかない事になりますね」


 舞は確認するように早瀬警部に尋ねた。


「ですね。犯人も其処までバカな事をしませんね……」

「足取りを掴ませない為でしょうね」

「でも妙ですね? どうして本部長は殺されたんでしょ?」


 確かに早瀬警部の云う通り、本部長が殺されるのは妙に不自然だ。

 若し大聖が早瀬警部に渡した裏帳簿のデータが目的なら、いの一番に早瀬警部を狙うだろう。


「至急、耶麻神旅館の警備員に連絡。それと、耶麻神邸への……」

「舞ちゃん? ちょっと待ってください」

「どうしたんですか?」

「耶麻神邸はアチラさんで頑張ってもらいましょう」

「な、何を云ってるんですか? もし犯人が……」

「大丈夫ですよ……」

「何が大丈夫なんですか? 理由を言って下さい」

「大丈夫なんですよ。今度こそ……奇跡は起きるんですよ……。いいえ、奇跡ではない! これは思いと思いの勝負!」


 早瀬警部の心理がわからない。


「それにお願いされたんですよ霧絵さんから。私たちは裏金に専念して欲しいと……自分たちの事は自分たちでどうにかすると」

「ですが……」


 舞はこれ以上早瀬警部に物を言っても無駄だろうと感じた。


「それじゃ、早瀬庸一警部殿。現場捜索の指揮をお願いします。私の方からも援軍を呼びます。本当に信頼できる人だけを其方に送りますので、彼らにも指示をして下さい」

「わかりました」

「それと渚さんの件ですが、早瀬警部の家で保護という事は」

「あ、あぁ、はいはい。かみさんには云ってますから、大丈夫ですよ……」

「わかりました。それじゃ後ほど……」


 そう云うと、二人はほぼ同時に切った。


「いいんですか? そんな簡単なことで……もっと捜査指示があると思いましたけど」

「これが私たちのやり方なんですよ……」


 その言葉に園田は首を傾げた。


「私たち警察は疑うのが仕事です。でも、それじゃ駄目なんですよ。人を信じる事も大事なんですよ。信じているからそれを確認する。そして犯行が可能かを考える。そしてそれで犯人だと確定したとしても、猶信じる」

「何か矛盾してますね」

「それが……人なんですよ」


 そう早瀬警部が言うと、煙草を一つ咥え、それを園田にも渡した。


「煙草吸います?」

「あ、貰います……」



 早瀬警部の自宅に着くと、舞はインターホンを押した。


「はいはい」

「すみません。長野県警の植木と申します」

「あ、夫から聞いております。今開けますので暫くお待ち下さい」


 声からして落ち着いた淑女のような雰囲気だった。そして数秒してから、鍵が開く音がした。


「夜分失礼します……」

 と、舞は早瀬警部の……娘と思われる女性を見遣った。

 いや、確か早瀬警部に娘はいなかったはず……

 容姿はどう見ても二十代で、同年代の自分と対して変わらない。それなのに、この落ち着いた雰囲気は、何処そのお嬢様かと見間違える。


「どうかしましたか?」

 玄関先で女性が二組のスリッパを調える。

「いえ、失礼ですが、奥様は?」

 そう尋ねると、女性は小さく笑った。


「舞ちゃん? 若しかして、仕事で忙しくて、私の顔忘れた?」

「あっ……」


 舞は仰天するが、そもそも余り早瀬警部の自宅に行った事がない。

 キャリア組として警官となった彼女は、殆ど現場というより警視庁にいて、たまの実家帰りで、早瀬警部と飲みに行くだけ。

 実は自宅の場所を知っているだけで、訪れた事はあまりなかった。

 それでも女性……早瀬警部の妻は舞の事を覚えていたが、その本人が一瞥程度しか逢っていない為、殆ど覚えていなかった。

 それに早瀬警部の年齢からして、同年齢か年下とはいえ、少しくらいしか離れていないと思ったが、女性を見ると矢張り自分と同年齢と感じてしまう。


「失礼ですけど、お歳は?」

 女性にそう云うのは失礼極まりない事は、わかるのだけれど、「えっと、今年で52になります」

 意外にも女性は率直に答えたが、見た目と年齢が如何せんつりあわない。


「ふふふ。近所の奥様方にも云われるんですよ。始めて会った時から殆ど代わらないって……。大学時代の知り合いや、しゅうとしゅうとめにも……。でも紛れもなく私は早瀬庸一の妻です。それで…… 保護する方は」


 そう云われ、舞は車から渚を降ろし、連れて来た。

 その姿を見て、早瀬警部の妻は絶句した。

 自分よりも歳が若い筈だ。それなのに老婆と言えるほどの姿だった。

 よくショックで白髪になると云われているが、まさにその通りであり、食事もままならないためガリガリの姿だった。

 夫から少ながらず渚に関しての事は教えてもらっていた。

 しかしまさか此処まで酷いものだと想像できなかった。

 しかし、不審な部分があった。

 それは耶麻神旅館の前にある喫茶店のママも“鮫島渚”である。

 彼女もまた“鮫島渚”であり、今この場にいるのも“鮫島渚”である。

 奇妙にして偶然か、名前が同じなのは珍しいものではない。

 しかし、極端に言えば、どちらも“鮫島渚”である。

 極端に違うといえば、喫茶店の“鮫島渚”は四十年前の事件の被害者。

 そして、今この場にいるのは、四年前の事件以降行方不明になっていた“鮫島渚”であった。

 そして二人は当然だが双子ではない。

 そして、耶麻神邸に住み込みで春那の秘書をしていたのは、隣にいる“鮫島渚”である。


「どうぞ、おあがり下さい」


 早瀬警部の妻にそう促され、二人は家に上がりこんだ。

 早瀬警部に子供はいない。二人っきりで住むには如何せん広すぎるリビングだった。

 舞は職業柄、部屋の中を見渡してしまう。

 勿論可笑しな部分もなければ、不審なところもない。

 極一般的なところで、若干そう云う部分を期待していた自分が恥ずかしい。

 早瀬警部の妻がリビングに入ってくると同時に、舞は渚に一言二言耳打ちをする。渚は小さく頷いた。


「すみません。奥様、私少し急ぎの用がありますから」

「あら? そうですか……」

「くれぐれも宜しくお願いしますね」

「わかっています。こういうのには慣れてますから」


 そう云われ、舞は首を傾げるが、急いで本部に戻った。

 リビングには早瀬警部の妻と渚だけが残り、妻は渚と対面に座った。

 渚はまだ信用しておらず、頻りに女性を見遣っていた。


「そんなに怯える事ないですよ…… 貴女の事は聞いてますから」


 女性は静かに笑った。その笑みが妙に恐ろしかった。


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