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拾参【8月10日・午後2時42分】


 各部屋には冷暖房が完備されている。

 三十年前に建てられた屋敷であるため、最新設備とは云い難いが、メンテナンスは欠かしていない為、いまだに現役である。

 広間にもあるのだが、デザートに西瓜を食べる為、つけていない。


 各自目の前には長辺三角形に切り並べられた西瓜が皿に盛られている。十人分は軽く超えている量なのだが、面白いことに姉妹達は結構食べるので、多いと云う訳ではなかった。


 「あっつ……」

 と、深夏がシャツの襟元をつまみ、パタパタとさせる。


「仕方ないでしょ? 昨日からクーラーが壊れて、暖房しか出ないんだから。それに、西瓜食べる時は冷房かけない方が美味しいのよ」


 そう云いながら、春那は西瓜をついばむ。


「まぁ、それは私も賛成かなぁ……」

 深夏は自分の西瓜に塩をまぶしながら言う。


「今日の西瓜はまた一段と甘みがあっていいですね」


 正樹がそう云うと、やはり私と霧絵以外が驚いた表情をする。


「あ、いや! 瀬川さんは前に耶麻神旅館で西瓜が出た時の事を云ってるんですよ」


 私が何とかフォローをする。

 春那たちは首を傾げるが、食べる事に夢中で、余り聞くことはしなかった。

 私は正樹の袖を摘んで、廊下に連れて行く。


「あ、鹿波さん?」


 澪が呼び止めるが、そのまま奥の方まで消えていった。


「あのね? 貴方は此処に今日始めて来た事になって……」


 言い攻めようと思ったが、自分で不思議な事に気付く。


「貴方…… 前の記憶があるの?」


 そう尋ねると、正樹は頷いた。

 いや、今までだって、前の記憶はあったが、それは断片的なもので、ハッキリとしたものではない。

 いや、正樹だけじゃない。姉妹達も正樹の事を覚えていた。

 と云うよりかは、如何して覚えていたのかという疑問点は残ってくる。

 正樹は首にかけたペンダントを私に見せる。

 姉妹達と同様、先には宝石がつけられており、色は深緑だった。


「“孔雀石マラカイト”っていうんです。この宝石がもつ言葉は“再会”」

「この宝石が貴方を今まで舞台に戻らせていたって事?」


 私がそう訊くと、正樹は小さく頷く。

 本人もまさか宝石の力で戻ってきていたとは思っていなかっただろう。


「僕は何回もみんなを助けたいと願った。けど出来なかった。それは僕の中に諦めがあったからかもしれない」

 正樹は握り拳を作る。


「でも、それでも貴方は諦めなかった。いいえ、諦める事をしなかった」


 気付けば霧絵が横に立っていた。


「正樹さん。その宝石は誰から?」

「えっと…… 確か僕が目を悪くしている時に……」


 そう聞くと霧絵は小さく微笑む。


「その宝石は大聖さんが正樹さんに与えたものなんです。いつか再会出来るようにと……大聖さん自身の願いは叶いませんでしたけど……」


 確かに宝石の力だったとしたら、大聖は何故死んだのだろうか……


「でもあの子達が正樹さんに逢いたいと云う願いがあったからかもしれません」

「そんな幻想的なことがあっていい訳じゃないけど、認めざるおえないのよね? そもそも私がそうなんだから……」


 私はそう云いながら、ある事を思いだした。


「それじゃ、若しもよ? 私がこの世界に来ないで、ずっと傍観していたら、この世界は既に終わっていた……」

「それも考えられます。この屋敷は別名“箱庭”と云われてますから、箱は外からは何も見えない。そして箱の中から外は見られない」

「そこで私が入ってきた事で、外との空間が出来た」

「ちょっと待ってください! それじゃ早瀬警部や如月巡査が来ていても、それは箱の中の出来事だったと云うことですか?」

「今までの殺人劇を仕向けていた“脚本家”が登場人物に警部たちを入れていたら、それは結局箱の中の出来事だと云うこと」


 そう私が断言すると、正樹は驚きながらも、「鹿波さんや植木警視がこの箱の中に入ってきた事で、支障が起きた」

 正樹は今までの記憶を辿っていく。


「それじゃ大和先生や睦さんが死ぬ事も……」

「いいえ、それは恐らく違うでしょうね」


 私がそう云うと、正樹は首を傾げる。


「前もって、大和先生と睦さんには福島の支店に泊まって貰っています」

 と、霧絵がこの世界での大和医師と睦の詳細を説明する。


「でもそれじゃ病院が」

「あそこは元々個人病棟だから、診断の予定がない以上好きに休めるのよ」


 そう云うものなのだろうか……と正樹は呟く。

 突然黒電話が鳴り、三人は肩をつぼめる。

 丁度近くにいた私が電話に出た。


「はい、もしもし……」

「あ、その声は鹿波さんですね? あの霧絵さんはいらっしゃいますか?」


 電話の主は早瀬警部で、私の事は既に知っている。


「はい。奥様は隣りに……」

 そう云うと私は受話器を霧絵に渡した。


「はい。お電話変わりました」

「霧絵さんですか? 大聖さんの件、まことに残念です」

「いえ、覚悟はしていました。先ほどあの子たちに伝えたところです」

「そうですか……」

「大聖さんも何時自分が死ぬかわからないから、それなりの覚悟はしておいてくれと、常日頃云っておりましたから……」


 霧絵が冷酷非情と云う訳ではない。

 こうなる事は覚悟していたけど、それでも大聖が亡くなった事を聞いて、精神が崩壊しそうになったのは云うまでもない。


「若し何もなかったら、こんなに早く報告が出来なかったかもしれませんね」

「というと……」

「まぁ大聖くん自身もそうなることを予想していた……としかいえませんが…… 胃の中にマイクロSDが入ってたんですよ」

「お腹の中にですか?」

「ええ。まさか奴らも大聖さんがそんな事をするとは思えなかったでしょうけど」


 実際胃の中に覚せい剤の袋を隠すことはあるが、それと同様である。

 大聖は山から半日以上連絡がなければ、刀鍛冶のところに尋ねてほしいと早瀬警部に前々から伝えており、そのため、今回に至っては発見が早かった。

 若し連絡をしていなかったら、胃の中もあらられていたかもしれない。


「でもそれをするのがあの人ですからね」


 大聖が常識外れな事をするのは、妻である霧絵だからこそ理解出来るのだろう。


「それで、何かあったんですか?」


 霧絵がそう云うと、早瀬警部はため息を吐く。その行動に霧絵は不思議に思った。


「裏金ですよ。大聖くんが四年前から独自に調べていたことのまとめがデータで入っていました。そしてその事故の実行犯も入ってました……」


 極めて冷静に霧絵は話を聞いていた。


「今の今までよくもまぁ、警察が捜査に乗り出さなかったのかがわかりましたよ。その裏金は長野県警長に入ってたんですから。道理で四年前の事件を早々に打ち切った訳だ」


 早瀬警部は怒りが混じった口調で言う。

 私は霧絵に電話を代わってほしいと伝える。


「すみません。鹿波さんが早瀬警部に訊きたい事があると」

「そうですか? 私も鹿波さんに訊きたい事があったので」


 霧絵は受話器を私に返した。


「早瀬警部? 四十年前、政治家が殺された事件は資料に残ってなかったと云ってましたね? それじゃ、その後に起きた榊山での事件も……」

「それもデータに入ってました。四十年前に榊山の集落を襲ったのは……“耶麻神乱世”ではない別の人物」

「耶麻神乱世じゃない……」

「霧絵さんの話だと、“耶麻神乱世”本人は既に死んでいる事は、霧絵さんを初めとする極一部の人間しかそれを知らないはずです」


 私は自分のした事を思い出し寒気を感じる。

 怒りに任せ、集落を襲った人間達を、力によって皆殺しにした事は紛れもない事実である。


「早瀬警部? 警部のお父さんは、私のおばあちゃん…… 先代の金鹿之神子を信じていたから、あえて連行しなかった」

「いなくなる先日に、親父から聞きましたよ。私たちは疑うことも仕事ですからね……」

「だからおばあちゃんは“信”じる事は“人の言葉”と思えと言ってました。口から出た言葉は譬え嘘であっても、その人の言葉だから、その人を信じることだと、幼い時から云われてました」


 早瀬警部はどうして自分の父親がお人好しだったのかがわかった。

 信じていたからこそ、敢えて連行しなかった。

 勿論その証拠はなかったが、あの惨殺死体を見て、いの一番にみなごろしの力を持っている鹿波怜を疑ったのも無理はなかった。

 条件を知っていたし、当時隔離されていた集落の長が態々一人で下りる事はなかった。

 白内障に掛かり、目は殆ど見えていなかったからである。

 晴眼でなければ、たとえ憎悪を持っていても、力は発動しない。

 それに身体をバラバラにしたり、はらわたをぶち撒ける事は出来ても、“骨だけにする事”は出来ない。


「若し四十年前の事件が、貴女のおばあさんの仕業だったとしても、既に白内障であるゆえ、行う事は出来ない。そして榊山を襲わせたのも耶麻神乱世ではない別の誰か……」


 まるで書き直されているような気もするが、どうやらこの部分だけは変わらない。


「私は四十年前の事件を捜査する権利はないです」


 確かに既に事件は時効を迎えている。

 私は態々終わった事を調べてほしいとは思っていない。


「其方に舞ちゃんを連れて行きますので……」

「いいえ、警部は今出切ることをお願いします。それに私たちには切り札がありますから……」


 そう、四十年前の生き残りが自分たちの近くにいた。

 それは私ではない。私は既に死んでいるから……。死んでいる人間は証人にはならない。


「確かに渚さんは四十年前の政治家一家の生き残りです。けど、既に死んだ事になっている」

「だからですよ。世間では渚さんが死んだ事になっている。でも、それは警部がした事じゃないんですか?」

「はは……。さすが“カミサマ”ですね。ええ、確かに渚さんが死んだ事にしたのは私ですし、実を云うと少し大聖くんにも一芝居うってもらったんですよ」


 私は呆れた表情を浮かべるが、真意を考えると攻める気にもならなかった。


「渚さんが死んだ事にすれば、奴らは焦ると思ったんでね」

「四十年前、既に死んでいる人間が現代で再び死体で発見される。だけど、それは翌日テレビで報道されなかった……。何故なら、テレビの放送は嘘の放送だったから。霧絵は余りテレビを見ないから、何の番組を遣ってるのか知らなかった。そこで予め用意してあったビデオで嘘の情報を霧絵に教えた」

「大聖くんから常に監視されている感じがすると云ってましたからね。案の定盗聴器が各部屋にありましたが、敢えてそれを外さなかった」

「盗聴は常にされていたはずだから、主犯格は“鮫島渚”が死んだと思い込む。が、それは“鮫島渚”が死んだのであって、本人は死んでいない」

「渚さんは現在私達が匿っているので、安心してください。若し、これを犯人が聞いていたとしたら、こっちとしては好都合ですけどね……」


 早瀬警部は含み笑いを浮かべる。


「それでは私は此方に専念します。あ、舞ちゃんには勝手に行ってもいいと言ってますから、宜しくお願いしますね。それじゃ巴さん、霧絵さんに十三日に来ますと云っておいて下さい」

「わかりました」


 そう告げると、電話は切れた。


「鹿波さん……」

 霧絵が心配そうに声をかけると、「四十年前の事件はこれでおしまい」

「でも、その真実を知りたいから、貴女は此処に来たんじゃ……」

「私は確かに集落が襲われた理由が知りたい。けど、失った命はかえって来る事はない。それがわかってるから、もう詮索はしない」


 そう云うが、霧絵は私の心此処にない表情が気になっていた。


「それにね? 前にも云ったけど、いくら十三日まで他の所に行って、無事に過ごしても、やつらは何時でも私達を殺す事が出切る。出切るからこそ、敢えて屋敷の中で捕まえないといけない」

「それが私たちの勝利条件……と云う事ですか?」


 霧絵がそう云うと、私は頷いた。


「お母さん? 西瓜生温くなるよ」


 冬歌が広間の方から顔を出して、霧絵にそう云う。


「わかったわ……」


 霧絵はそう云うと、冬歌のもとへと歩んでいった。


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