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拾弐【8月10日・午後2時14分】


 ふと不可解なことを思い出す。

 確か前の世界では、正樹は確かに姉妹の中に妹がいるといっていたが、それが誰なのかは云っていなかった。

 それに春那は二十四で、正樹は二十一くらいだから、やっぱり、姉妹の中に特定して“妹”というのは可笑しい。

 もしくは今までのキチガイ染みていた世界を作っていた人間が書き換えたのか。だとしたら、前回如月巡査の代わりに植木警視が来ていたことも説明出来るかもしれない。

 襖一枚を隔てた廊下に立っている私は、正樹に訊こうと思ったが……


「お待たせしました」


 そう云って、正樹が襖を開け、私とぶつかりそうになる。


「気をつけてくださいよ」


 私はそう云いながら、正樹に場所の案内をしようと思ったが、


「どうして、ここに始めてきた貴方が農園の事を知ってたんですか?」


 そう今までの記憶があって、それで場所を知っていたとしても可笑しくない。


「いや、でも、こういう場所って自家栽培とかしてるんじゃないかなと思って」


 まぁ、確かにそうなのだけど、元々は前に住んでいたあるじが趣味で始めた農園をそのまま使っているだけだ。

 そもそもこの屋敷がある土地殆どは、集落があった場所を使っているし、農園がある場所も、私が生きていた頃と変わっていない。

 “それじゃ他の場所の説明を”と云おうとしたが、例によって殆どの場所を覚えていた。

 勿論其々の部屋は一つしかなく、その部屋の鍵は部屋の主しか持っていない事。そして、その全てを開けることが出切るマスターキーを持っているのは春那だけと云うことも含めて……


「あ、瀬川さん。すみませんけど、農園に行って西瓜採ってきてくれませんか?」


 廊下の奥から深夏がそう正樹に伝える。

 “わかりました”と正樹は頷いた。


「あれ、深夏お嬢様? 確か西瓜は半分残ってるはずですけど?」

「半分でる訳ないでしょ? あ、大きすぎず、小さすぎないのお願いしますね」


 深夏はそう伝えると、広間へと戻っていった。

 場所の説明ははぶくとして、農園の中は色取り取りの夏野菜で溢れている。

 勿論、これら野菜は殆どが屋敷で食われるのだが、量が多い為か、旅館に持って行く事もある。

 まぁ、それは“形がいいもの”に限られてくるわけだけど……。

 生っている茄子や胡瓜は正直云って形が悪い。

 普通はこれじゃ売れない訳なのだが、味は殆ど変わらない。

 それなのに売れないのだから困りものだ。

 ――と云うのが渡辺の愚痴だった。

 農園の中を見渡していると、少し寒い空気が流れ、私は身震いを覚える。


「鹿波さん。ちょっと来てください」


 正樹に呼ばれ、其方へと行く。

 足元には大凡おおよそ二十センチの大きい西瓜が転がっていた。


「これくらいならいいですかね?」


 そう云いながら、正樹は西瓜の表面を指で叩く。

 ポンポンと、まるで水風船のような音が鳴る。


「大きさも問題ないですし、それに皆さん結構食べますからね」


 私がそう云うと、持ってきていたたナイフでつたを切る。


「っと」


 フラフラと西瓜を持ちながら、正樹は農園を出て行こうとしていた。


「あ、瀬川さん? さっき云ってた老人の話ですけど」

「え? どうかしたんですか?」


 正樹は意外にも重たかった西瓜の重みでふらふらになりながら、私の方を振り向く。


「確か瀬川さんの話だと、老人は山から下りてきていたって事ですよね?」

「ええ。そうですけど」

「その老人、何か持ってました?」


 そう問いかけると、正樹は少しばかり思い出す仕草を見せる。


「えっと、特に何も持ってはいませんでしたね」

「何も持ってなかった――手拭いですら?」

「はい。僕は結構汗をかいてたんですけど、その人だけ妙に汗をかいていなかったんですよ。仮に下りてくる間にハンカチか何かで拭いたとしても、その間に汗が出ても可笑しくなかったですしね。そもそも、少し話してる間も、僕は汗をかいてましたし」


 それじゃ、深夏が云う通り、その老人は汗をかき難い体質なのだろうか……。


「手か腕で額の汗を拭った……」

「いえ、よく見なかったですけど、恐らく腕は濡れてませんでしたね」


 となると、いよいよ汗をかかないか、元々から汗をかかないか……

 人間が汗をかくのは、体温調整をしているからとされている。

 その火照った身体を平熱に保つ為、人間は汗をかくようになっている。

 だからこそ、人間が汗をかかないという事はない。

 勿論汗をかき難い人もいるかもしれないが、決して汗をかかないというわけではない。


「それに霧絵さんによろしくと云ってましたから、知り合いと思ったんですよ。多分霧絵さんに会ってから、帰る途中だったんじゃないかって」


 山を登ってきた正樹にしてみたらそうなのかもしれないけど、今現在屋敷に訪れているのは正樹だけだ。


「若しかしたら、途中まで登って急な用事を思い出したんでしょうね」


 そう云うと、正樹はドアを開けようとするが、両手がふさがっているため、開ける事が出来ない。

 そうなることは重々わかっていたと思ったが、どこか抜けてるところがある。


「片手で持てないんですか?」


 私がそう尋ねると、正樹は苦笑いを浮かべながら「これ結構重いんですよ?」

 と、西瓜が重たい事を愚痴にする。

 私はそれを見るや、溜め息をひとつ吐き、「わかりました。それにしても、どうして閉め……」


 ちょっと待って! 戸は開けっ放しになってたはずじゃ……。

 それに農園には私と正樹しかいないし、誰かがいたという気配もなかった。

 風の悪戯と思ったけど、戸が動くほど強い風は吹いていない。


「えっと、農園に入った時、戸を閉めました?」

「いいえ、僕より後に入ってきた鹿波さんが閉めたんじゃないんですか?」


 そう訊かれ、私は首を横に振る。

 戸は閉じられていたが、鍵は掛けられていなかった。

 というよりか、元々からこの農園には鍵はない。

 上は鴉が入ってこないように屋根が取り付けられているし、盗んだところでタロウ達に見付かる。

 つまりは逃げようと思っても、屋敷の周りは二メートルほどの石垣で囲まれていて、入り口はあの門以外にはない。それにタロウ達が感付いて吠えるだろうから、屋敷にいる人間が気付かない事はない。

 タロウ達は訓練で大きな声と云うよりかは、劈くような高い声で危険をしらせている。

 タロウ達が吠えない事から、本当に風の仕業なのだろうかと考えてしまう。


 戸を開けながら、周りを警戒する。

 自分の体全体が外に出ると、より一層警戒心を強めてしまう。

 場所自体はそれほど難しくもないし、隠れる場所も多いが、逃げれる場所が殆どない。

 勿論、防空壕に入る場所があればの話なのだが、その場所を、当時生きていた私が殆ど覚えていないから、何処にあるのかが皆目見当がつかない。

 今までのことを考えると、地下通路と云うよりかは、防空壕を使って潜んでいたと考えても、別に可笑しくはない。

 あらかじめ其処に死体を準備しておけば、今までの事は考えられ……。


 だとしたら、鶏小屋で渡辺と思われる死体が発見されたことも説明がつくが、それをどうやってあの高い骨組みに短時間でかける事が出来たのか。

 若しかしたら、最初からあった……とキチガイなことも考えられる。


 そうなると前々からあったとして、それを今の今まで気付かなかったか、それとも夜中に準備をして、そしてそれを発見させる。

 渡辺の着ている作業服は、正樹の着ているのと対して変わらないし、作業服を売っている店等にある可能性もある。

 死体にそれを着させ、天井に吊るせば、それはもう渡辺が首吊り死体となって発見されても可笑しくはない。


 そもそも正樹が発見した時は顔はグチャグチャになっていて、顔の識別が出来なかった。

 ただ渡辺と思えたのは、彼の作業服だったからと云うだけだった。

 つまり精神が不安定の状態で、冷静な判断が出切るかどうかといわれると、出来ないと言った方がいい。

 早瀬警部は職業柄、死体を見ることは多いから、言い方は悪いけど、それには慣れている。


 だけど、一般人で人間の死体を見る事が一生にあるかないかの正樹や澪たちにとっては、溜まったものじゃないし、冷静な判断が出切るとは思えない。


「どうしたんですか? 怖い顔をして」


 そう正樹に云われ、私は首を降り、頭を落ち着かせていた。

 気がつくと、ポツポツと雨音が聞こえ出した。

 どうせ通り雨だろうとそんなに慌てるものではなかったが、嫌に悪寒を感じる。


「気のせい…… だよな」


 正樹が不安そうに呟く。


「濡れると困りますから、早く屋敷に戻りましょう」


 そう云って、私と正樹は裏口から屋敷に入った。


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