闇鍋の話
「これより、第九千九百八七回。暗室鍋を開始致します」
部長の瀬戸が部員達に向けて開会宣言をした。
「「「……」」」
聞いた一年生3人が言葉を無くしてぽかん顔になった。
「よし、予想通りの反応をありがとう」
誇らしげに瀬戸は頷いた。
「あ、あのー部長?」
一年生を代表して称名が挙手、一番の疑問をぶつけた。
「どうした?」
「暗室鍋って何ですか?」
「細かい説明は洲崎に聞いてくれ、俺は準備してる2人を見てくるから」
だが瀬戸は隣に並ぶ洲崎にそれを任せて一人部室を出ていってしまった。
「…こうなるだろうとは思ってたわよ」
出ていった瀬戸の背中を見がら洲崎は呟く、そしてはぁ、とため息をついてから一年生達に向き合う。
「暗室鍋ってのは要は闇鍋。それを暗室でやるから暗室鍋なんて名前になったのよ。ちなみに手前に言った回数も本当よ、代々写真部に受け継がれてるらしいわ」
「はあ」
「まずは暗室に向かうわ」
洲崎の後に続いて一年生3人が部室を出て暗室へと向かった。
「楽しみですねー」
「そう? わたし闇鍋にはあまり良い思い出がないからな…」
キハンと小泉が真逆な感覚を持つ中、暗室の前へとたどり着いた。洲崎が扉を開けて4人は中へ入る。
入ったところは八畳くらいの普通の部屋で、左側に本当の暗室へ入る入口がある。
「来たな、さっそく一人ずつ食料調達に行ってもらう、順番は3人で決めてくれ」
言いつつ3人に割り箸とお椀を渡した。3人は話し合いの結果、小泉、キハン、称名の順番となった。
順番の通り、小泉が一人先陣を切る。
「頑張って下さいねー」
何をどう頑張れば良いんだろう? と疑問を持ちながらキハンに手を振って小泉は暗室の中へ、とたんに視界の大部分を黒が支配した。本来光を当ててはいけないフィルムネガの為に用意された場所で、その際には完全な暗闇にする事が出来る。今回はネガを扱っていないが闇鍋の為、薄いオレンジの光だけを照らしていた。
「いらっしゃ〜い」
中には平潟が一人、机の前に立っていた。机の上には、蓋の閉まった土鍋が一つ鎮座している。
「どうすれば良いですか?」
小泉が平潟に訊ねる。
「私が蓋を開けたら、箸で何か一つ取ってお椀に入れてくれればいいよ〜」
平潟がミトンをはめた手で土鍋の蓋を掴む。
「用意は良〜い?」
「はい」
割り箸を割った小泉の返事に「お〜ぷ〜ん」声と共に蓋を上へ挙げた。
小泉は手探りで前にある鍋を探し、最初に箸が触れたものを掴んでお椀に入れた。
「取りました」
「なるべく見ないように部屋に行ってね〜」
「おかえりですよ、ヤウ」
「ただいま」
キハンに返事をする。
「ちょっ、それ何だよ?」
称名が小泉の持つお椀を指さしていた。中身は先ほど鍋から取ってきた…
「うわ……」
ちゃんとそれを見た小泉は唖然とした。お椀の中に入っていたのは、
「わたし海藻嫌いなのに…」
出汁用だと思われる昆布だった。
「いやそこじゃないだろ。」
「犖華の事だからね……百パーセント取り忘れよ」
「かもですね」
「ですよね」
一年生2人に納得されてしまった平潟だった。
「ヤウ、海藻ダメなのですか?」
「あぁ、うん。ちょっと苦手でね」
「ではワタシが取ってきたものとトレードしましょう!」
意気揚々とキハンは暗室へと入っていった。
「…楽しんでますね」
見送って小泉が呟く。
「だな」
「そうね」
「楽しんでもらえて何よりだよ」
こうして第九千九百八七回暗室鍋は終了した。
作った鍋は、部員全員でおいしくいただきました。




