第6話「操られた季節」
記憶を辿る作業は、他人の日記を読むのに似ている。
自室の机に向かい白紙の便箋を広げた。インクの匂いが鼻先をかすめる。羽根ペンの柄に染みついた汗の跡が指に馴染んだ。この羽根ペンだけは確かに「私の」もの。
操られていた日々を書き出していく。
十二歳の春——刺繍枠を折った。十三歳の夏——薔薇の花壇を踏み荒らし、十四歳の秋には舞踏会で赤葡萄酒をかける。十五歳の冬——招待状を破り捨てた。
書き出すたびに、奇妙な二重性に襲われる。「した」のだ。薔薇の棘が靴底を通して足裏を刺した痛みも、葡萄酒の冷たい飛沫が手の甲に跳ねた感触も覚えている。なのに「私がした」という実感がない。
一人称視点のゲームに似ている。画面の向こうで手が動き、声が出る。操作しているのは別の誰か。
整理すると奇妙な規則性が見えてくる。
春に操られる頻度が高い。社交シーズンの始まる三月から五月にかけて。舞踏会、茶会、園遊会——人前に出る機会が多い季節に「悪役令嬢」の行動が集中している。冬は少ない。
つまりクロードは「観客のいる場所」で私を操っていた。悪役令嬢の振る舞いを、誰かに見せるために。
書き出した出来事を眺める。どれも「セシリア嬢への加害」。一つひとつは些細でも、積み重なれば確実に追い詰める行為。
セシリア嬢を虐げる悪役令嬢。その構図を——物語のように。
ぞわり、と鳥肌が立つ。肘の裏、膝の裏、首筋。関節の内側から冷たいものが這い上がってくる。
あの男にとって私は登場人物なのか。
窓の外に目を向ける。十三歳の夏に踏み荒らした花壇には新しい苗が植えられ、小さな蕾をつけていた。踏んだ靴底の感触が蘇ると同時に——踏みたくなかった、という感情の残滓が胸の奥で鳴る。
操られていても、感情は残る。
薔薇を踏みたくなかった。刺繍枠を折りたくなかった。「したくなかった」が硝子の膜の向こうで声にならない声で叫んでいた。
便箋を折り畳み、引き出しにしまう。木の抽斗が古い蜜蝋の匂いを吐き出して閉じた。
自分がやったのに自分ではない行為の記録。これを証拠と呼ぶのか、言い訳と呼ぶのか。
その問いに答えてくれる人は、まだいない。




