第38話「器を拒む」
マリオネット家の地下書庫は、埃と古い紙の匂いに満ちている。
アメリアが案内してくれた。「この先は当主以外の立ち入りが禁じられていた場所です」
「当主はもういません。追放された悪役令嬢が一人いるだけです」
鉄の扉を開けると、階段が闇の奥へ続いていた。燭台の灯りが壁の水滴を照らし、石段が湿って黒光りしている。
地下書庫の奥に、マリオネット家の系譜書が保管されていた。革装丁の分厚い書物。表紙に刻まれた紋章——二本の糸に吊られた人形の意匠。
頁をめくる。紙が端から粉のように崩れる。
初代マリオネット伯爵。人形師の一族に見出された「器」の血統。魔力を蓄える体質を持ち、人形師と「契約」を結んだ最初の人間。
けれど行間から読み取れるのは、対等な契約ではなかったという事実。器がなければ人形師の力は発揮できない。だから「保護」された。保護という名の飼育。
二代目、三代目と同じ構造が繰り返される。器として生まれた子供は人形師に預けられ、糸で繋がれ、操られて一生を終える。
五代目の頁に震える筆跡の書き込み。『なぜ私は器に生まれたのか』
六代目。『逃げられない。糸がある限り。血がある限り』
そして母の頁。エリアーナ・マリオネット。赤い墨で一行。
『拒絶。不成功』
母は器であることを拒み、失敗した。
「お嬢様。お母様のことは——」
「知っています。母は逃げようとして失敗した」
系譜書を閉じる。革の表紙が冷たい。
九代にわたる鎖。母は拒み、失敗した。私は十代目。
「アメリア。私は器を拒みます」
「お嬢様——」
「母は糸の構造を知らなかった。人形の解体方法も。けれど私は違います」
器として生まれたとしても、器のまま死ぬ必要はない。
声にした瞬間、自分の中で何かが定まるのを感じる。九代にわたって続いた鎖を、ここで断つ。
「お母様も——きっと同じことを仰ったのだと思います」
アメリアの瞳が潤む。けれど涙は流さず、深く頷く。
「同じでも構いません。母が届かなかった場所に、私が届けばいい」
地下書庫の階段を上る。一段ごとに空気が暖かくなり、埃の匂いが薄れる。
最後の段を上りきった時、夕陽が廊下の窓から差し込んでいた。橙色の光が、私の右手を照らしている。
この手で、十代分の鎖を断つ。




