第12話「魂に結ぶ糸」
リュシアンが古い修繕記録を持ってきた。
修繕室の作業台に広げられた羊皮紙は端が焼け焦げて、文字の半分が煤で潰れている。解読に三日かかったという。
「師匠の師匠が残した記録です。人形師について書かれた文書がわずかに伝わっています」
膠と木屑の染みついた指が、煤を避けるように文字を辿る。
「フィル家の糸は物理的な存在ではありません。糸は——魂に結びついているのです」
「魂に」
「人形師が糸を通す場所は関節ではなく、魂の結節点です。身体の関節に重なるように、けれど完全には一致しない位置にある」
魂の関節。身体を操っているのではなく魂を操っている。魂が動けば身体が従う。外から糸が見えないのは、魂の内側に結ばれているからだ。
あの日見つけた球体関節の穴——あれは魂の結節点の入口だった。身体の関節に重なっているから球体関節として感じ取れたが、本当に糸が通っているのは身体ではなく魂のほう。
前世の知識が組み替わっていく。球体は魂の結節点。受けは周囲の魂の組織。穴は糸が通る経路。比喩ではなく構造の一致。
「切れないのは、そういうことか」
物理的な糸なら鋏で切れる。魂に結ばれた糸を切るには魂に触れなければならない。
「ただ——」リュシアンが羊皮紙の別の箇所を指す。「こうも書かれています。『結ばれた糸を解くことは結んだ者にしかできない。あるいは——結ばれた者自身の魂が結び目の構造を理解したとき』」
人形師が結んだ糸を、人形自身が魂の内側から解く。
「魂の結節点の構造が分かれば結び目の形が見える。見えれば解き方が分かる——理論上は」
「理論上」
「成功例がありません。魂の結節点に直接触れるということは、自分の魂を自分で解剖するということです。その苦痛に耐えられた人形は——記録にはない」
壁に並ぶ壊れた人形たちが、沈黙の中で微かに軋んだ。気温の変化で木が収縮する音。けれど今はそれが呻き声のように聞こえる。
魂を解剖する。人形の解体で一番難しいのは最初の一本を外すこと。最初さえ外れれば構造が見えて次の手順が分かる。
「あなたの修繕師の目は、魂の結節点を見ることができる?」
「見たことはありません。でも——見ようとすれば、見えるかもしれない」
確約はない。けれどこの膠の匂いと、壊れた人形を直すこの青年の手と、煤に汚れた先人の言葉。それだけが今、かすかに道を示している。
壊れた人形たちに囲まれながら——私は自分の魂を解体する方法を探し始めている。




