表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
0.1秒の求婚から逃げ出したのに、婚約者の私を「待つから」と溺愛されました  作者: ましろゆきな
第一部: 0.1秒の求婚と、涙の逃亡編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/7

第四話:偽りの真実と、女神の涙。――愛する人がいるのなら、私は身を引くべきでした

 幸せな時間というものは、なぜこうも脆く、手の中からこぼれ落ちてしまうのだろうか。

 あのお茶会から数日後。ギルベルト様は隣国境に現れた強力な魔物討伐のため、急遽、精鋭騎士団を率いて王都を離れることになった。


「三日。……いえ、不眠不休で二日で終わらせて戻ります。私が離れている間、どうか健やかでいてください」


 出立の朝。彼は鎧姿のまま私をきつく抱きしめ、まるで自分自身の魂の一部を置いていくかのように、私の額に切ないほどの口付けを残して旅立っていった。

 彼がいなくなった途端、離宮は驚くほど静かで、ひどく広々として、少しだけ……いや、とても寂しく感じられた。


(私、いつの間にか……あの方と一緒にいるのが、すっかり当たり前になっていたんだわ)


 自分がどれほど彼に惹かれているか、その輪郭をはっきりと自覚して、胸の奥がくすぐったいような、少しだけ浮足立った気持ちになっていた午後のことだった。


 離宮の庭で一人、彼が贈ってくれた最新の農具を手に、花壇の手入れをしていた私に、背後から鋭い声が投げかけられた。


「――あら。王女殿下ともあろうお方が、相変わらず泥遊びに精を出していらっしゃること」


 振り返ると、そこには見事な縦ロールの髪を揺らし、扇を片手に傲慢な笑みを浮かべる令嬢が立っていた。高位貴族の娘であり、王宮の行事手伝いとして頻繁に出入りしているマリアンヌ様だ。


「マリアンヌ様。……何かご用かしら?」

「ええ。あまりに殿下がお可哀想で、真実を告げに参りましたの。……あの完璧なギルベルト様が、なぜ貴女のような方に、そこまで献身的に尽くしていらっしゃるのかを」


 真実。

 その冷たい響きに、私の胸がドクンと嫌な音を立てた。


「彼は責任感の塊ですもの。不可抗力の事故であっても、王女殿下の唇を奪ってしまったとなれば、愛していなくとも『一生を懸けて贖う』とお決めになるのは、清廉な騎士として当然の振る舞いですわ。……たとえ、他に真に愛し合う婚約者がいたとしても」

「……えっ? 真に、愛し合う……?」

「ええ。私とギルベルト様は、家同士で将来を誓い合っていたのです。あの忌まわしい夜会の事故さえなければ、今頃私たちは正式に結ばれていたはず。……彼は今、愛する人を捨て、己の騎士道と王家への忠誠を守るために、心を殺して貴女に傅いているのですよ」


(嘘……。でも、あの方は確かにあの時『責任をとる』と最初に言ったわ)


 血の気が引いていく私を見て、マリアンヌ様は追い打ちをかけるように歪な笑みを深めた。


「彼が馬車五台分も運ばせたというドレスも、宝石も。……あれは全て、本来なら私に贈るはずだったもの。彼は貴女に贈り物をするたびに、私を思い出して胸を痛めていらっしゃる。ユーフェミア殿下、貴女は『責任』という呪われた鎖で、国の英雄の心を殺しているのだと……どうかご自覚なさいませ」


 マリアンヌ様が扇を翻して立ち去った後も、私は冷たい石畳の上に立ち尽くしていた。

 頭の中を、彼が温室で見せてくれたあの『天使のような笑顔』がよぎる。


(あの笑顔も……私に「大好きだ」と言ってくれたあの声も。全部、私を傷つけないための『完璧な演技』だったの……?)


 私の胸の中で、最悪の辻褄が合ってしまった。

 一晩で馬車五台分もの品物を用意できた理由。それは、彼が心から愛する女性のために、何年も前から少しずつ買い集めていたものだったからだ。


 あんなに優秀で優しい彼が、自分の人生を犠牲にして、責任感ゆえに愛のない結婚をしようとしている。私を喜ばせるために、無理をして美辞麗句を並べて、心の中では血の涙を流しているのだとしたら。


(……駄目だわ。そんなの、あんまりだわ)


 彼を、自由にしてあげなきゃ。

 私がここにいて、彼からの施しを受け入れ続けていたら、彼は一生、自分自身に嘘をつき続けなければならない。私の存在そのものが、愛する人を苦しめる檻になってしまう。


 カラン、と。

 私は震える手から、泥に汚れたシャベルを落とした。

 視界が、ポロポロと溢れ出す涙で歪んでいく。


(ギルベルト様……。ごめんなさい。私、貴方のことが大好きだから。……だから、もう貴方を縛りたくないの)


 身を切られるような絶望と、彼への深すぎる愛情。

 私は、彼がいないこの二日の間に、すべてを終わらせる決意を固めた。

 本当の愛する人の元へ、彼を返すために。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ