第三話:史上最高に甘い「大好き」の破壊力。――完敗です、私はこの人を一生縛り付けてしまう
あの命がけ(物理)の引き留め騒動から数日後。
私はギルベルト様のエスコートで、王宮の奥にある美しいガラス張りの温室に招かれていた。
「さあ、どうぞ。ユーフェミア殿下」
彼に優しく椅子を引かれ、テーブルについた私の目の前には、信じられない光景が広がっていた。
「これ……っ」
用意されていたのは、見た目も鮮やかな三段のケーキスタンド。
だが、驚くべきはそのラインナップだ。私が幼い頃から密かに一番好きだった(しかし、王女の好みとしては地味な果実ゆえに誰にも言っていなかった)木苺のタルトに、少し固めに焼かれた素朴なクッキー。そして、ティーカップに注がれたのは、絶妙な温度で淹れられた蜂蜜入りのカモミールティー。
(どうして!? 私の好みを完璧に把握しているどころか、紅茶の温度まで私のドンピシャなのは何故なの!?)
背筋にうすら寒いものを感じたものの、ギルベルト様はそんな私の内心の戦慄など知る由もないかのように、完璧な所作で私の皿にタルトを取り分けてくれた。
「殿下のお口に合えば良いのですが。……さあ、どうぞ」
スッ、と。
当然のように彼の手によって差し出された銀のフォーク。そこには、一口大に切られた真っ赤な木苺のタルトが乗っている。
「えっ……あの、ギルベルト様? 自分で、いただけますけれど……」
「駄目ですよ。私の愛しい婚約者を、甘やかす特権くらいは頂けませんか?」
とろけるような甘い声と、少しだけ小首を傾げて私を見つめる、反則級に美しいターコイズグリーンの瞳。
あんな風に見つめられて、断れる令嬢がこの世にいるだろうか。いや、いない(反語)。
私は顔を真っ赤にしながら、恐る恐るそのフォークを咥えた。
「……んっ」
サクッとしたタルト生地に、甘酸っぱい木苺の風味が口いっぱいに広がる。完璧な味だ。それに加えて、温室内を満たすお日様の匂い、彼が細やかに調整してくれている心地よい温度の風、そして何より、私を慈しむように見つめる彼の優しい眼差し。
すべてが完璧で、私の心が最も安らぐ空間が、そこには出来上がっていた。
「……ふふっ、本当に美味しい。こういうの、すごく……好き……」
タルトの甘さと、彼が用意してくれた優しい空間にすっかり絆され、私の口からこぼれ落ちた無防備な本音。
その瞬間。
「――っ」
目の前で、ギルベルト様の動きがピタリと完全に止まった。
しまった、不用意すぎたわ、と私が口を押さえるよりも早く。
「……ああ」
彼から漏れたのは、深いため息のような、祈るような声だった。
これまで彼が見せていたどんな貴族的な微笑とも、冷徹な騎士の表情とも違う。
まるで、ずっと暗闇にいた子供が初めて光を見つけたような、混じりけのない……蕩けるように甘く、それでいてあまりにも清らかな、『天使のような全開の笑顔』がそこにあった。
「ええ。私も、大好きですよ。ユフィ」
「――っっっ!!?」
あまりの眩しさに、視界が真っ白に染まりそうになる。
(な、ななな……っ! 今、この人、『大好き』って言った!? しかも、あんな……あんな、子供みたいに無垢で綺麗な顔で……っ!)
そんなつもりじゃなかった。ただ、このお茶会の空間やケーキへの感想だったのに。
けれど、計算も裏も何もない、ただ純粋な「好き」を真正面から全力で投げ返されて、私の思考回路は完全に焼き切れた。
「ユフィ、貴女が……ああ、貴女が笑ってくれるだけで、私は他に何もいらない。愛しています」
「ふ、ふえっ……!? あ、う、ううう……っ」
あまりの甘さに耐えきれず、私は顔を限界まで赤くして、逃げるようにガバッとテーブルに俯いた。
心臓がうるさい。耳の裏まで熱い。
(だ、駄目だわ……。この人のこういう顔、一番反則だわ……っ!)
俯いた私の頭を、彼は壊れ物を扱うような手つきで、そっと優しく撫でる。
その手のひらの温もりさえもがひどく愛おしくて、私はしばらくの間、どうしても顔を上げることができなかった。




