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0.1秒の求婚から逃げ出したのに、婚約者の私を「待つから」と溺愛されました  作者: ましろゆきな
第一部: 0.1秒の求婚と、涙の逃亡編

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第一話:事故キスから0.1秒の超高速求婚!? ――責任をとると言った英雄の目が、全然笑っていません

 華やかな音楽と、色とりどりのドレスが揺れる王宮の舞踏会。

 シャンデリアの眩い光の下で、私の優秀で美しい姉兄たちは、今日も社交界の中心で光り輝いている。


(ふぅ……やっぱり、私にはこういう場所は息が詰まるわ)


 私はルミナリア王家第三王女、ユーフェミア。

『戦いの加護』を持つ勇ましい兄ヴィンセントや、『癒やし手』として奇跡を起こす姉たちとは違い、私にあるのは『緑の手』――植物を枯らさず、少しだけ育ちを良くするという、地味で役に立たない能力だけ。

 透き通るようなプラチナブロンドの姉たちの中で、私だけが少し野暮ったいハニーブロンドなのもコンプレックスだった。


 壁の花としてひっそり息を潜め、早く夜会が終わらないかと足を踏み出した、その時。


「あっ――」


 不運にも、誰かのドレスの裾を踏んでしまい、私は大きく体勢を崩した。


(お姉様たちの顔に泥を塗ってしまう!)


 ギュッと目を瞑り、大理石の冷たい床に叩きつけられる覚悟をした瞬間。


 ドンッ、と。

 硬く、けれど温かい何かにすっぽりと包み込まれた。


「――おっと。お怪我はありませんか、ユーフェミア殿下」


 頭上から降ってきたのは、鼓膜を甘く震わせるような低い声。

 恐る恐る目を開けると、そこには、夜会の警護のために銀の儀礼用甲冑に青いマントを纏った、見惚れるほどに整った顔立ちの男性がいた。


 獅子の紋章。国の英雄であり、若くして辺境伯を継いだ凄腕の騎士、ギルベルト・フォン・レオンハルト様だ。

 他人に一線を引く冷涼な彼が、なぜか私を抱きとめている。それも、お互いの吐息が掛かるほど至近距離で。


「あ、ありがとう、ございま……っ!?」


 お礼を言おうと見上げた私の唇が、彼の薄い唇に、ほんの少しだけ触れてしまった。


(や、やってしまったわ!? 国の英雄様になんて無礼を!!)


 サァッ、と血の気が引く。

 完全な事故だ。しかし、冷徹で知られる彼を不快にさせてしまったのは間違いない。私は慌てて飛び退こうとした。

 けれど、私の腰に添えられた彼の手は、ビクとも動かない。


 彼はこちらを見下ろしたまま、瞬き一つしなかった。

 その端正な顔からは感情が読み取れないが、……なんだか一瞬、彼の瞳の奥で、凄まじい速度で何かの計算が弾き出されたような気がしたのは気のせいだろうか?


 やがてギルベルト様は、ふわりと優しげな、けれどどこか有無を言わせぬ絶対的な笑みを浮かべた。


「……ユーフェミア殿下。どうかご安心を」


「え?」


「王族である貴女様にこのような無礼を働いたこと、万死に値する所業。このギルベルト、我が騎士の誓いと領地のすべてを懸けて、必ずや一生を添い遂げるという『責任』をとらせていただきます」


「……はい?」


 え? 何の責任?

 ――私、ただつまずいて、この方と少し唇が触れちゃっただけよね!?


「いいえ、女神の純潔を光栄にも奪ってしまった私に出来ることは、これしかありません。……我が命を賭して、必ずや幸せにいたします」


 床に片膝をつき、私の両手を恭しく握りしめる英雄騎士様。

 その背後で、なぜか幻聴のウェディングベル(リンゴーン)まで聞こえてきそうな堂々たる宣言に、会場中の視線が私たちに釘付けになっていた。


(こ、これ、断る方が悪いみたいになってきてしまったわ!?)


 ただの事故キスから0.1秒。

 まさかこれが、逃げ場のない溺愛包囲網の始まりだなんて、この時の私は知る由もなかったのだ。


「い、いえ……そんな、完全な事故ですし、そこまで責任をとっていただかなくても……!」


 私は真っ赤になって両手を振った。

 いくらなんでも、ただつまずいて唇がかすっただけで一生の責任だなんて、彼ほどの英雄にとって不利益すぎる。


 しかし、ギルベルト様は私の両手をきつく握りしめたまま、少し眉を下げて……まるで、捨てられた子犬のような、酷くしょんぼりとした顔を作った。


「いいえ。……女神の純潔を光栄にも奪ってしまった私に出来ることは、これしかありません。私では、不服でしょうか?」


(あれ? さらに、断る方が、悪いみたいになってしまったわね!?)


 私が完全に言葉に詰まった、その時だった。


「――よいではないか! 国の英雄であるレオンハルト辺境伯からの、これほど熱烈な申し出。無碍にするわけにはいかんな!」


「お、お父様!?」


 人垣が割れ、豪快に笑いながら進み出てきたのは、なんと父である国王陛下だった。さらにその後ろからは、私の優秀な兄姉たちまでが、なぜかとても満足げな(そして生温かい)微笑みを浮かべて続いている。


「父上の仰る通りだ。ギルベルト、戦友であるお前の誠実さは俺が一番よく知っている。可愛い妹を託す相手として、お前以上にふさわしい男はいない」

「ヴィンセントお兄様!? ちょっと待って、これはただの事故で――」

「まあ、ユフィったら。あんなに素敵な騎士様に愛を誓われるなんて、ロマンチックだわ」

「ええ、お姉様。唇を奪った責任を一生で贖うだなんて……辺境伯は本当に情熱的ですこと」


 第一王女のセレスティア姉様と、第二王女のアナスタシア姉様までが、口元を扇で隠しながらウキウキと囃し立てる。


(えっ!? なにこの空気! 嘘でしょ、身内が全員、秒で私を売り飛ばした……!?)


「陛下、ヴィンセント殿下。このギルベルト、必ずやユーフェミア殿下を命に代えてもお守りし、世界で一番の幸せにいたします」

「うむ! 皆の者、今日は我が娘と英雄のめでたき婚約の夜だ! 存分に祝ってくれ!」


 ワァァァァッ!! と、会場中から割れんばかりの拍手と祝福の声が巻き起こる。


「あ、あの……! 私、まだ何も返事を……!」


 パクパクと口を開閉する私になど誰も耳を貸さず、頭の上ではあっという間に【辺境伯と第三王女の婚約】が既成事実として決定してしまった。

 ギルベルト様が、私の耳元に顔を寄せ、極上の甘い声で囁く。


「……よろしくお願いいたしますね、私の『婚約者』殿」


 その涼やかな瞳の奥に、獲物を完全に捕らえた捕食者のような、ひどく重たい光が宿っていたことに、混乱の極みにあった私は全く気づけなかった。


 ――そして翌日。

 お父様とお兄様の恐ろしいほどの手回しにより、私とギルベルト様の婚約書類は、私が口を挟む間もなく王家の正式な承認を得て、完全なる決定事項となってしまったのだった。

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