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2030→2024 渋谷スクランブル交差点で二人が出会うまでの物語  作者: Haruno
第三章 LYNXは語る 2030年8月

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美咲(8)【STEP2:因果の可視化】


「さて、君とぶつかった方をC、一ノ瀬君とぶつかった方をDとしよう。君の提出したシミュレーションに合わせてね」


「表示するよう設定してもいいですか?」


社長の頼むよという返事を待ってから視覚補助コードを加えた。

私の赤い矢印をA、一ノ瀬さんの青い矢印にBに変え、2人にCと D、4人の頭上に記号を割り振った。


「STEP2は証明しないといけない。個人を特定する情報のマスキングを外す必要がある、ということを」


ホログラムの光が天井を淡く照らしていた。

LYNXの中枢モジュール──CausalLink Analyzer(因果連関解析モジュール)を起動する。人の行動イベントが未来予測値に与える影響を可視化する。


CausalLink Analyzer:初期解析開始

対象:匿名ID-C/匿名ID-D

参照指標:感染症拡散予測値(2025.8.15)

解析モード:分岐シミュレーション(If-contact / No-contact)

進行中……


LYNXが答えを出す間、私は疑問を口にした。


「シミュレーションした時、不思議だったんです。私がぶつかってパンデミックの期間に影響があるって、きっと女性が…Cが持っていた研究データやサンプルを破壊してしまったのかと」


「うん、私もそう思ったよ。というか、それくらいしか想像できないよねぇ」


社長は顎に手をあて、考えを巡らせているようだった。


「ただ、シミュレーションではCとDが衝突すると未来線が安定したけど、これだって衝突したならデータやサンプルが壊れる可能性があったわけだ…」


私は頷いた。


「私の改造コードにバグがあったと言われた方が結果に納得いく気がしています」


「きみの改造コードは品質保障部が検証にあたっている。

でも私はLYNXは明らかに明確に違う未来を見たんだと思ってる。ここでその答え合わせといこう」


画面が変わりLYNXが答えを表示した。


ホログラムの球体が静かに回転し、

青と赤、ふたつのグラフが並行して浮かぶ。


「この青が実際のデータ、つまりAとBが出会わなかった現実。

 赤はもし出会っていたらの再構成シナリオだね。」


ホログラム上で、2人──匿名ID-Cと匿名ID-D──が淡く光を放ちながら交差し、衝突。感染症予測値の赤い曲線がなだらかに下降していく。


一方、再現となる2人が出会わなかった場合、青いグラフは暴れるように上下を繰り返し、ついには10年を超えても収束しなかった。


社長がつぶやいた。

「……ここまで明確に出るとはね」


感染症拡散予測値:

青線(No-contact)→ 収束予測:2078年

赤線(Contact)→ 収束予測:2068年


「やっぱり10年の差……」

私は小さく息を呑んだ。


「収束が10年先送りされた場合の感染者数、失われる人命、経済損失、文化的損失、考えうる損失を計算させてみてくれないか」


私は社長が言い終わる前に私は画面に指示を打ち込んだ。


『解析中……』


数秒の沈黙のあと、LYNXが答えた。


感染者数差:約4億2,000万人

直接的死亡者差:約6,800万人

世界経済損失:約1,200兆円相当

教育・文化活動への影響:120年以上の遅延推定

医療・研究成果損失:解析不能(基盤データに存在しない技術群を検出)


不気味なほどあっさりと、途方もない数値を叩き出した。

10年の差だけの推定数値だから、感染症が広がり始める2065年からならもっと多くなる。


私と社長は言葉もなく画面を見つめた。


ホログラムの数値群が浮かび上がる。未来は冷え冷えとして希望もないかのような、絶望感が数字に満ちていた。


「当時…2025年8月15日に感染症の数値が跳ね上がった時にモニタリングチームはこの2人に辿り付かなかったのでしょうか」


社長は言葉を選ぶようにゆっくりと私に説明した。


「例えば、イメージなんだけど、世界が進む道が一本、まっすぐあるとするよね。

未来予測値をリアルタイムでモニタリングしているとね、おかしな変動はたくさんあるんだ。それこそ、CとDの2人のように、一般の人の何気ない行動を由来としたゆらぎがね。

数値が変動するってことは一本の道が少し曲がるとか小さく分岐するわけなんだけど、またしばらくするとね、道はまっすぐに戻るんだ。

一般人の何気ない行動は一時的な水面下の影響はあっても世界に与える影響力は大きくない。

だから、一般人の些細な行動由来の変動は追求せずその数値は要観察としてるんだ」


「そのほとんどの変動は消滅するわけですね」


社長が、わずかに息を詰めた。


「それにしても、やっぱり君のコードのバグではないやね。LYNXがここまで明確な結果を出すとは……。この出会いが、未来の分岐点だと示してる。」


静かに、画面の端に追加メッセージが現れた。


《補足:モデル確度 99.93%

 注記:対象二名の接触による社会波及因果が特異的に高い》


美咲はホログラムを見つめたまま、

小さく首を傾げた。


「特異的、って……説明できないレベルの異常な連関ということですよね」


「説明できないかどうかは分からないな。ちょっとLYNXに聞いてみてくれないか。なにが見えているのか教えてくれるかもしれない」


社長が腕を組む。

私はホログラムに映る数列を見つめた。

画面に質問を打ち込む。


「LYNX、どうしてCとDの接触でこんなに予測値が変動するの?その因果構造を解析して。」


CausalLink Analyzer:解析開始。

対象:差分因子構造。

進行中……72%……84%……


──停止


『ERROR:因果構造の連結が不明。主要変数が定義不能です。』


「……定義不能?」


私は思わず社長を見た。

社長は画面を食い入るように見つめて言った。

冷房のせいだろうか、やけに肌寒くなる。


「AIが理解できない領域がある、そういうことか?」


「理解できないのに明らかに違う未来シナリオを描いていますよね、そんなことあるんでしょうか?」


ホログラムの光がわずかに脈打った。


『補足:匿名ID-C/匿名ID-D間の接触イベントはシミュレーション全体に統計的影響を与えています。ただし、影響因子の構文化に失敗しました。』


私は社長を見た。

「関係はあるが、その仕組みを構造モデルとして説明できない……そうLYNXが言っている。LYNXがこんなこと…」


──ありえない


社長がその言葉を飲み込んだのが分かった。


少しの間、沈黙が流れた。

私はホログラムに向き直り、もう一つ質問を入力した。


「あなたが出す未来予測値の中で、

2025年8月15日時点のパンデミック収束予測に関して、

匿名ID-Cと匿名ID-Dが関係していることは、間違いない?」


数秒の間。

ホログラムの光が一度だけ強く明滅した。


『確認結果:肯定

 匿名ID-C/匿名ID-Dの接触は

 感染症拡散予測値の主要因として統計的に有意です。』


社長が小さく息を吐いた。

「確定か……」


ホログラムが静かにフェードアウトする。

画面に浮かぶのは、次のステップを促すような淡い文字だった。


ホログラムが消え、社長室に静寂が落ちた。


「彼らが誰かを突き止める理由になったでしょうか…」


ホログラムが消えたあとも、数字の残像だけが網膜に焼きついていた。


「充分だ」


社長の声が、部屋の冷気に沈んでいった。

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