2025/8/15 思えば始まりの瞬間
2025年8月15日 午前9時30分
渋谷スクランブル交差点
駅前のスクランブル交差点には、真夏の日差しを照り返すビル群が建ち並ぶ。
目を引く4面連動の巨大モニターには、今朝から放送が始まった新しいCMが流れ始めた。
見える限りの広告掲示板もそのCMの看板やポスターが掲示されていた。
ハイブランドÉtoilée から新たに誕生するジュエリーブランドÉtoilée ÉclatのブランドイメージCMで、世界的な活躍で人気を博している日本人モデルのKAIを起用して制作時から話題だった。
しなやかに風を切って歩くKAIの姿が、街の喧騒を静めるような不思議な存在感を放っていた。
信号の前で立ち止まった美咲は、画面を見上げた。
「はぁ……すっごく素敵なCM」
思わず小さく漏らす。
美咲はKAIのファンだった。今は繁忙期でもないためCMも観たいしということで今朝はフレックスで10時出社にしていた。
Étoilée Éclatのキャッチコピー、
「世界中の働く女性の全てが、星の様に煌めいている」がKAIの声で最後に流れる。
会社に向かう自分の背中を押してくれるようだった。
一方、反対側の歩道にいた悠真は、少し離れた場所から同じCMを眺めていた。
「悪くない、いいね」と、これは心の中の声だったがガッツポーズしたい気持ちを抑えて拳をそっと握った。
彼にとってÉtoilée ÉclatのCMは、ただの広告ではなかった。
企画から構成、演出まで、すべてを手がけた自信作だ。KAIの起用が完璧にブランドイメージに合っていた。
世界に通用するものを作れた――
そんな手応えを胸に、彼は満足げにうなずいた。
信号を待つ人の反応を見ても手応えがあった。
信号が青に変わる。
人々が一斉に横断歩道へと流れ出す。
交差点の中で美咲と悠真はすれ違った。
互いに名前も知らない、けれど時々朝に見かける「結構好み」な人。
目が合ったわけでも、声を交わしたわけでもない。
でもすれ違った朝はちょっと得した気分。
今朝はいつもと違う時間なのにと思うと尚更得した気分になる。
直後――
「……あっ」
美咲は前方から来た人と不意にぶつかり、思わずよろめいた。
相手の女性に「ごめんなさい!」と声をかけ、バッグを拾って渡した。
ほぼ同時に、悠真も前方から来た誰かにぶつかった。
「すいません!大丈夫ですか…」
相手は走っていたのか強くぶつかりバッグが飛んだ。
悠真はそれを拾って渡した。
そして次の瞬間、
美咲と悠真の世界は、突然――視界が揺れて暗転した。