第8話 合流
「ふぅ、終わった終わった」
ルヴィンは息を吐きながら、氷漬けにされたモルドーへ目を向ける。
何故動けなくなったはずのルヴィンがピンピンしており、奇襲を仕掛けることができたのか。それは彼の獣化スキルによるものだ。
ルヴィンの獣化スキルは幻術。指定した対象に幻を見せることができるもので、ルヴィンは鎖で腹を貫かれる前に発動し、ずっと姿を消して隙を狙っていたのだ。
ルヴィンが戦線を離脱して以降、モルドーは勿論のこと、味方であるアシェルも幻術にかかっていたということになる。
「全く、毎度毎度ヒヤヒヤさせやがって……。お前のそのやり方だけは気に食わん」
アシェルはその場から立ち上がりながら、ルヴィンを睨む。
「ごめんごめん。でも上手くいったでしょ?」
「それはそうだが……」
味方をも騙して、油断を誘い、急所を突く。これがルヴィンのやり方なのだが、アシェルは納得がいっていないようで、不満そうな表情を浮かべる。
ルヴィンの元へ向かおうとするアシェルの足取りがふらついており、駆け寄ったルヴィンが肩を貸す。
「ふらふらじゃん。大丈夫?」
「……どうやら、セリアさんを庇ったときに毒を喰らったらしい。お前はどうなんだ?」
「多少は切られてるけど、諸に受けたわけじゃないから、アシェルよりはマシだよ」
覇気のない声でアシェルが問えば、ルヴィンはなんともないかのように笑みを浮かべる。
すると、時計塔の方からイルマを筆頭としたインベスターたちがやってくるのが見えた。
「また派手にやったな、2人とも」
「お、イルマさん!」
ルヴィンとアシェルの元まで来たイルマは、周囲を見回しながら呆れたような声で呟いた。ルヴィンとアシェルは改めてモルドーとの戦闘の余波で破壊された街を見て苦笑する。
「やはりそう上手くはいかなかったようだな。ほら、解毒剤だ」
「ありがとうございます」
アシェルとルヴィンはお礼を言いながら、それぞれ解毒剤の仕込まれた注射薬をイルマから受け取る。
大方、イルマがモルドーの放った針に塗られていた毒の成分を調べると同時に、解毒剤を作っておいたのだろう。2人はさっそく腕に注射薬を打ち込む。
「さて、毒の方はそれでどうにかなるだろうが、傷の方はそうもいかん。どれ、治してやろう」
イルマはそう言うと身につけていた金縁眼鏡を外した。彼女は手元に1本の大きな杖を出現させると同時に獣化。目が蛇のようになる。
「癒やせ」
イルマが杖を地面に叩きつけて唱えると、ルヴィンとアシェルの周囲が緑に発光し、2人の傷が癒える。元通りになったところで、光が消えた。
「蛇の毒は害となるが、同時に薬にもなる。これで一通り治ったはずだ」
「助かりました。ありがとうございます」
ルヴィンに支えられた状態のアシェルが頭を下げる。
「いや何、今回はほとんど静観していた立場だ。これぐらいのことはさせてくれ」
そう言うと、イルマは手に持っていた杖を消した。
イルマの獣化スキルは治癒。その眼であらゆる害を見抜き、治療することができる力を持つという非常に優れたものだ。
解毒剤の作成もこれの応用で行われている。少し経てば、アシェルとルヴィンの体内に入った毒も消滅できるだろう。
治療をしてもらったところで、一行は他のインベスターに後処理を任せ、時計塔にいるレイヴと合流するべく歩き出す。
◇◆◇◆
時計塔に着いた3人は、真っ先に目の前の惨状に顔を歪めた。
柱に縛り付けられた構成員は疎か、地面にはその他の構成員が意識を失った状態で倒れている。
ブリテンのシンボルともいえる時計塔の壁や柱には至る箇所に無数の弾痕の跡、壁の一部にはヒビが入っていたり、火薬で黒ずんでいる部分もあった。
「これは……」
アシェルはふと足元に転がった弾を拾い上げる。
よく見てみると、実弾ではなくゴム弾だ。床に散らばった弾丸は全てゴムでできており、意識を失った構成員たちの身体からは血が一滴も流れていない。
「おーい、レイヴ生きてる~?」
「あ、ルヴィンにアシェル! イルマさんも! こっちは無事、殲滅完了したっす!」
ルヴィンが声を張り上げてレイヴに呼びかければ、壁の一角に背を預けていたレイヴが歯を見せて笑いながらピースをした。