第5話 沈黙のモルドー
「うわあああぁぁああ!?」
セリアの悲鳴がショッピングモール内に響き渡る中、アシェルは重力に従って落下。正面に見えた3階の床へと着地し、セリアを地面へと下ろす。
続いて獣化スキルの1つである翼を用い、宙を飛んでいたレイヴも降り立つ。
すると、5階でルヴィンの炎魔法による爆発が発生。上を見上げれば、黒煙の中からルヴィンがこちらへ降りてくる姿が映った。
「っと」
「そっちはどうだ?」
地面に着地したルヴィンへアシェルが問いかける。
「ひとまず、巻いたからそう簡単にはこっちに降りてこられない――2人とも後ろっ!」
ルヴィンの声で振り返ると、真後ろで大柄な褐色肌の坊主男がセリアに向かって、ナイフを振りかざしていた。
「っ……!」
アシェルは咄嗟にセリアを突き飛ばし、背中にナイフを受けた。一瞬、顔を歪めるもすぐさま獣化で頑丈になった腕を振り上げ、男を殴り飛ばす。
男は、まっすぐ商品棚へと吹っ飛んでいき、棚に乗っていたものが破損した。その異様な光景にショッピングモール内にいた人々が急いで外へ逃げ出す。
「アシェルさん、その傷……」
「大丈夫だ。このぐらい問題ない」
セリアが心配そうな目で見つめていると、アシェルは背中に刺さったナイフを抜き、床へ投げ捨てた。
べスティアには獣化に際し、固有のスキルが与えられる。アシェルの獣化スキルは動体視力や腕力、速度、身体の強度が上がり、四足で走ることが可能になるというもの。
獣化の影響で多少の傷には耐えられるようになっているので、このぐらいの傷で死ぬようなことにはならない。
と、男が商品棚から起き上がり、穂先に刃のついた鎖を両手に持つと、アシェルたちの方を見た。
「大人しく彼女をこっちに引き渡してもらおうか」
「やだね。どうせ引き渡してもセリアさんを殺す気でしょ? 絶対に渡さないよ」
ルヴィンが断固拒否。と同時に、モルドーの手から鎖が放たれる。
アシェルたちの前に出たルヴィンは持っていたダガーで鎖をいなし、手榴弾をモルドーに向かって投げた。直後、周囲に黒煙が発生する。
物陰の多い、ここで戦うのは俺たちにとっては不利。
そう判断したアシェルは傍にいたセリアへ顔を向ける。
「こっちだ!」
「は、はい!」
アシェルはセリアの腕を引っ張って、ショッピングモール内を走る。レイヴもアシェルの後ろに続く。逃げる人と逆走する形で駆ける3人。
その先には、ガラス張りの外壁が行く手を阻むようにして立ちふさがっていた。
「レイヴ! あの壁破壊できるか!?」
「お安い御用っすよ!」
レイヴは走る速度を上げると同時に、宝物庫からマシンガンを出現させ、容赦なくガラスの壁に向かって撃ちまくる。
瞬く間に雷魔法の付与された銃弾が貫通し、壁にヒビが入る中、アシェルはセリアの手を離し、床を蹴って壁へ接近。
「はああっ!」
獣化させた拳をヒビ割れたガラス壁に叩きつける。次の瞬間、周囲のガラスが全て割れ、外から風が舞い込んで来た。
と、アシェルは追いついたレイヴとセリアへ顔を向ける。
「すまんが、セリアさんを頼んだ!」
「任せるっす!」
今度はレイヴがセリアを抱え、仕舞っていた翼を広げて空いた穴から空へと飛んでいった。
それを見届けたアシェルは3階から外の道路へ降下。コンクリートの地面に着地してショッピングモールの方を見た瞬間、中で爆発が発生した。恐らくルヴィンの魔法によるものだろう。
近くを歩いていた人たちが慌てて逃げていると、ルヴィンが穴から飛び降り、アシェルの傍に着地する。
「ルヴィン! 無事か!?」
「いや~、これはなかなか手強いね。『沈黙のモルドー』って異名がつくだけはあるよ」
ショッピングモールへ振り向きながら話すルヴィン。と、モルドーも穴から出てきたようで、真下の歩道へ降り立った。ルヴィンはをダガーを出現させる。
「モルドーさん、あなたを捕まえて牢に入れてやる」
「やれるもんならやってみな」
ルヴィンとモルドーが言葉を交わした直後、モルドーが獣化し、首筋や手足の先が蛇の鱗に覆われる。
と、モルドーの背後から獣化スキルである毒の付いた数本の鎖が現れ、ルヴィンやアシェルに向けて飛ばされた。
次々と飛んでくる鎖を走って避け、ルヴィンはモルドーへ接近していく。その合間を縫ってアシェルが魔法で数本の氷剣を出現させ、モルドーに向けて発射。
うち1本がモルドーの脇腹にヒットするが、残りは全て鎖で弾かれ、接近していたルヴィンに向けて鎖が放たれる。
ルヴィンはダガーで弾いて攻撃を躱していると、弾かれた鎖の軌道範囲に、逃げるに逃げられなかったのか小さい子供がいた。子供は咄嗟にその場でうずくまる。
「危ない!」
ルヴィンが駆け寄ろうとするが、間に合いそうにない。
と、鎖が小さい子供に衝突する寸前、軌道が変わってアシェルを狙い出した。アシェルは手に1本の氷剣を持ち、瞬時に鎖をいなす。
(今のは一体……)
呆然としていたら、アシェルに向かって再び、鎖が放たれた。アシェルは氷剣で迎撃。その隙にルヴィンが子供を避難させる。
モルドーが立て続けに鎖を放つ中、アシェルは氷剣で撃ち落とし、距離を詰めていく。と、1本の鎖がアシェルの腕に絡みついた。
次の瞬間、手前にぐんっと引っ張られたかと思えば、アシェルの身体が宙に浮き、猛スピードで壁へと打ち付けられる。
「アシェル!」
子どもを逃がし終えたルヴィンは破裂音に振り向き、叫ぶ。だが、すぐさま鎖の攻撃が迫り、ルヴィンがダガーで受けとめる。
「痛ぇ……。なっ!?」
アシェルが痛みを歪めている間にも、鎖が目の前に迫る。
どうやっても避けられない。
そう身構えた直後、雷を纏った銃弾が通過。鎖の軌道がズレて、アシェルの横へ突き刺さる。横を見てみると、穂先に塗られていた毒は強力で、壁をも溶かしていた。
(今のって……)
アシェルは銃弾の飛んできた方向――はるか遠くの時計塔の方を見上げる。視界の端では1羽の烏が信号機の上で佇み、こっちをじっと見ていた。