第2話 依頼受注
「ほぇ~! ここがかの有名なブリテンのシンボル、時計塔すか~!」
レイヴは興奮した様子で目の前の大きな時計塔を見上げる。
「えへへっ、凄いでしょ?」
「お前が誇ってどうする……」
得意げに笑うルヴィンへ、ジト目を向けるアシェル。
ウィアード諸房を出て、アクロス最大の長さを誇る橋を渡ったルヴィンたちは、観光名所としても有名な時計塔に来ていた。
高さ約100メートルのゴシック建築の上部にはそれぞれの側面に文字盤が設置されており、その上から大きな2つの針が備え付けられている。
「さて、フレア捜査局はこの中だ。行くぞ」
イルマに続いて、ルヴィンたちも時計塔に付属する形で建てられた、豪奢な四階建ての施設の中へと入る。
ロビーに着いた一行は、受付を済ませてから1階の議事堂を通り過ぎ、エレベーターへ乗車。地下5階まで向かう。
しばらく廊下を進めば、フレア捜査局の受付が見えた。4人は手続きを済ませて、依頼者の待つ応接室まで歩く。
「げっ、ウィアードの連中だ。また何か問題でも起こすんじゃないだろうな」
「おいおいやめてくれよ。もうこっちは他の案件で手一杯なんだ。頼むからこれ以上面倒事を増やさないでくれ」
廊下を歩くルヴィンたちを見て、周囲にいた獣捜官たちから微かに声が聞こえてきた。そのどれもがルヴィンたちに向けられた嫌味や愚痴ばかりで、ルヴィンの横を歩いていたレイヴは眉を顰める。
「あのー、色々言われてるみたいっすけど、大丈夫なんすか?」
「別にいつものことだしね~」
「こういうのは言わせておくに限る」
ルヴィンとアシェルは気に留めていないかのように返した。レイヴは本人たちが気にしていないなら、特にツッコむようなことでもないかとスルーする。
その間にも応接室の前に着き、先頭にいたイルマが扉を開ける。
中には長方形の白テーブルを囲うように黒革製のソファが四脚並んでおり、うち一つのソファには金髪ロングに蒼眼の若い女性が座っていた。
イルマはテーブルの前まで行って、彼女を見ると口を開く。
「お前がセリア・オルディースで間違いないな?」
「はい、そうですけど……あなたがたは?」
セリアと呼ばれた女性は戸惑い気味に首を傾げる。
「今回、依頼を受領したウィアード班、班長のイルマだ。後ろの3人がメンバーのルヴィン、アシェル、レイヴ。以上、4名が本件を担当させてもらうことになる」
イルマが後ろを向きながら説明すれば、ルヴィンは手を振りながら女性に笑いかける。自己紹介を終え、4人がソファに腰掛けたところで、イルマは持っていたファイルを開いて視線を落とす。
「依頼書によれば、とある人物から命を狙われているので、身の安全を守ってほしいとのことだが、仕事は何を?」
「普段はトラスト銀行に勤めています」
それを聞いたイルマは一瞬、眉をひそめる。
「トラスト銀行と言えば、つい1週間前に強盗事件が起きたところだな。……もしやそれと関係が?」
「はい」
イルマが問えば、セリアは首を縦に振った。そして、出されていたお茶を一口含んでから彼女はこう続ける。
「実はわたしも件の銀行強盗に遭遇しまして。その時に、強盗犯の1人が2本のUSBメモリーの入ったケースを落としていったんです。それでわたし、何かの証拠になるかと思って拾いまして」
セリアから依頼に至るまでの経緯を聞く4人。話を要約するとこうだ。
彼女はUSBメモリーの入ったケースを翌日の事情聴取の際に警察へ引き渡そうとしたらしいのだが、その前に強盗犯と繋がっていると思われる殺し屋から、『拾ったUSBメモリーをこちらに渡せ。さもないとお前を殺す』という脅迫メールが届いたそう。
怖くなったセリアは、結局ケースを警察には届けずに保管。メールの方もどうしていいか分からず、返信せずに放置していたらしい。
だが、数日経ったある日、銀行から帰って家に入ろうとした途端、顔の真横を毒の塗られた針が通過。どうせ直に渡しに行ってもこの分じゃ殺されるだろうと身の危険を感じ、フレア捜査局に依頼したという。
「つまり、セリアさんは強盗犯の落としたUSBを拾ってしまったから、その殺し屋に狙われているという訳ですね?」
「えぇ。そうなりますね」
そう尋ねるルヴィンへ、セリアは首を縦に振って頷いた。
「ちなみにUSBの中身って見たりしましたか?」
アシェルがセリアに向かってそう投げかける。すると、彼女は申し訳なさそうに眉を下げた。
「脅迫メールが届く前にどんなものか気になって少しだけ……。でも、すぐにこれは見ちゃいけないものだって思って閉じました」
「内容は?」
「えっと、1つには何かの名簿のようなもの、もう1つには暗号のような文字列が記されていました」
アシェルはすらすらと流れるようにボールペンで、手元のメモに聞いたことを書き記していく。
と、アシェルの書いたメモを眺めていたレイヴがふとセリアへ顔を向けた。
「セリアさん、メール文とUSB、針ってちなみに今持ってたりしないすか?」
「はい。USBはケースごと。針の方は手がかりになるかと思って、この中に」
セリアは下に置いていた鞄の中からUSBの入ったケースと針の入った透明なチャック付きの袋を取り出し、机の上へ置いた。
今後の捜査に役立つかもしれないので、一旦こちらで預かることに。レイヴがUSB、イルマが針の入った袋を収集する。
レイヴはUSBをスーツケースの中に入れると同時にパソコンを取り出し、セリアの携帯端末からメール文を転送するよう頼む。
メールが転送されたところで、内容を見てみると、メール文の末尾に殺し屋モルドーという文字が載っているのを発見した。
「うお、マジすか……」
「おい、殺し屋モルドーって……」
「レイヴとイルマさんは、この人のこと知ってるんですか?」
唖然とした表情の2人に向かってルヴィンが問う。
「知ってるも何も、ここ何年もフレア捜査局が追っているやつだ」
「裏社会でもかなりの著名人で恐れられてるっすよ。モルドーという名と大柄な男ということ以外、正体不明の殺し屋っす」
「なるほど。これはまた厄介なやつに狙われたな……」
イルマとレイヴの返答にアシェルが小難しい顔を浮かべる。
更に2人からモルドーの情報を聞いたところによると、どうやら彼は神出鬼没のようで、その顔を見たものは誰1人として生存していないことから『沈黙のモルドー』という異名があるらしい。
そんな奴相手にどうセリアを守ろうかと皆が思案していると、不意にルヴィンが立ち上がった。
「どうせなら、護衛ついでにそのモルドーって殺し屋、捕まえちゃおうよ!」
「おい、ちゃんと話聞いてたのか? フレア捜査局でもここ数年足取りをつかめていないんだぞ。一介のインベスターである俺たちが捕まえられるわけ……」
ルヴィンの突拍子もない発言に、アシェルは反射的に立ち上がって抗議する。だが、それに臆することなくルヴィンはニヤリと笑みを浮かべてこう告げた。
「ただ守るってだけじゃ何の解決にもなんないし、やってみないことには分からないでしょ?」
ルヴィンの言い分にアシェルは押し黙り、視線を下げて考え込む。
「確かに一理ある。モルドーを捕まえれば必然的に多くの人が救われることになるだろう」
「それに捕まえる分、捜査局からの報酬も貰えるでしょうしね」
どうするべきかアシェルが悩む中、イルマとレイヴがルヴィンの意見に同意する。
「アシェルはどうする?」
ルヴィンに問われ、アシェルは視線を落として考える。
確かにルヴィンの言う通り、今回、仮にセリアさんを守れたとして、今後襲われることが無いとも限らない。それならば捕まえて牢にぶち込む方がより安全だろう。
「はぁ……分かったよ。但し、最優先はセリアさんの身の安全だ」
「分かってるよ!」
アシェルの了承を得たルヴィンは嬉しそうな声で返事をする。
ひとまず現状の把握と今後の方針も決まったところで、セリアをウィアード諸房で匿うことになった。
あそこであれば、魔法師として名高いイルマの強力な結界が貼られているため、早々奇襲がかかることはない。
ルヴィンたちは応接室を後にし、セリアを連れてウィアード諸房へと戻るのだった。




