魔晶石の子供達
「なあ、リアン……」
「何でしょうか」
「記憶を……消さないで欲しい」
少しの沈黙の後、リアンは微笑んで答えた。
「流石にもう消しませんよ」
「ふぅーん……そっか……」
俺は安堵して立ち上がり、リアンと共に前方のドアへと歩を進めた。
ついさっきまで、群がる魔物で隠されていたドアだ。死臭は確実にこの中から漏れ出ている。
「では、開けますね」
リアンが蛇を模したドアノブに触れた途端――
「……ぐあああッ!!」
「リアンっ!?」
「……っああ! ま、魔法錠です!」
蛇がリアンの右手を咥えて放さない。
「蛇ならっ……水に溺れろ! 《水生成》!!」
俺はリアンの手元に水の塊を生成し、しばらく固定したまま待っていると、蛇は呼吸をしようとしてリアンの手を放した。
「ありがとうございます、カノア様! 後は自分で! 《回復》!」
リアンは冷静に自ら回復を掛け、事無きを得た。
魔法錠か……。開けるには解錠スキルが必要だけど、今ここにはシーフ系が居ない。オリバーが何か知っているかもしれないけど……今は先を急ぎたい。
何にせよ、こんな臭いではもう生きていないだろうし、この部屋は今度また改めて調べに来るか……と考えたその時――
『深淵の囁き』
幼い子供の声が俺を引き止めた。
『そのドアが開く時……いつも聞こえる言葉なんだ……』
――まさか、解錠の呪文か!?
『君は今、ドアの中に居るの?』
『うん……』
生存者が居るなんて……。あのまま立ち去らなくて良かった。
俺はドアの前に立ち、一か八か、彼を信じて懸ける。
「深淵の囁き……」
ガチャン――
錠前は俺の言葉に反応し、ドアノブからは蛇が消えた。
「あっ、開けるのは私が」
俺を守るように素早く手を伸ばしたリアンがドアを引く。同時に強烈な臭いが押し寄せて、俺達は思わず嘔吐した。
鼻と口を押さえながら恐る恐る中を覗くと、手を握り合った幼い少年少女が壁に寄り掛かって座っている。
――いくつもの死体が転がる血の海の中で。
何だよ……これ……
呆然と立ち尽くす俺を少年が見上げた。
「銀色の髪の毛と、紫の目……」
ボソリと口を開いた少年の声を聞き、さっきの念話の主だと分かった。
彼は言葉を続ける。
「オリバー兄ちゃんが言ってた人……?」
オリバーが俺のことを? 彼が何を言っていたのかは分からないけど――
「俺達はオリバーの仲間だから安心して欲しい」
彼らの目線に合わせて屈んで伝えると、少年は無言で頷いた。
少女の方は顔色が悪く憔悴していて、少年に支えられている。呼吸をするのもやっとの状態の彼女が、必死に顔を動かして俺を見る。
まるで生気が感じられない目を向けられた俺は言葉を失った。
ボロボロの服を着たそっくりな2人。双子だろうか。少女を支える少年の姿に、親近感……いや、何とも言えない複雑な感情が湧いて、助けたい気持ちがより強まっていく。
彼らは人間では無い。狐の耳と尻尾を持つ亜人だ。
周りで死んでいる者達も同種族のようだが、皆あるはずの尻尾が無い。一面に流れた血は既に乾いているけれど、尾を切られたことが死因だろう。
宝玉狐か――
彼らは魔石の希少種である『魔晶石』を尾に持つ狐の獣人で、その特徴ゆえに狙われることが多い。生きたまま奴隷として取引されればマシな方で、尾を強引に奪われれば命に関わる。
幸い2人は無傷みたいだけど、こんなに沢山の仲間を目の前で喪ったんだ。心が死んでしまっていてもおかしくない。
もはや死臭なんて気にならないくらいに胸をえぐられ、俺とリアンは息を荒げた。
動物の心も持ち合わせるオリバーは、この凄惨な光景をどんな気持ちで見たのだろう。
「カノア様……」
リアンが声を震わせながら俺に耳打ちする。
「か、彼ら……似ていませんか……」
「……?」
「ユーべに……」
「んな、まさか……」
それって――宝玉狐の女性に子を産ませたってこと? 嘘だろ…………
そうまでして魔晶石を手に入れて、一体何をする気なんだよ……。
俺は子供達2人の目を見て尋ねる。
「ねえ、君達。今すぐ一緒にここを出ないか? 皆は連れて行けないけど……後で一緒にお墓を作ろう。約束する」
俺の提案に少年は「うん」と答え、少女はゆっくりと頷いた。