脱出開始
「えっ!? 殿下っ!?」
「眠らせただけだから大丈夫だよ」
慌てるリアンの前で、俺とオリバーは霊体化を解いた。
一応支えながら寝かせたんだけど……俺の姿が視えていなかった彼にとっては、殿下が突然気を失って倒れたように見えたのだろう。
「あっ、ああ……カノア様ぁ……! って、後ろにオリバーが居ますっ! 貴様ァァ!」
激昂したリアンは俺を背に隠し、オリバーに聖剣を向けた。
うわ、ヤバっ……マジギレしてる……。
「あっ……ちょっ! ちょっと待ってくれ、リアン! オリバーは何も変わってないんだ。今も変わらず、俺達の仲間なんだっ!」
「貴方様がそこまで仰るなら……」
そう言って何とか剣を下ろしてくれたリアンだけど……めちゃくちゃ鋭い目でオリバーを睨み続けてるよ……。
ていうか、前世からの魂の繋がりだなんて、説明した所で理解してもらえるんだろうか……。
「オリバーと何があったのかは後で詳しく話すから。まずは早くここを出たい」
「そうだね。ここを創ったのは僕だ。出口までの行き方なら教えられるよ。地図を書くね」
「ありがとう、オリバー」
「地図って……お前は一緒に帰らないのか?」
睨んでいた目を逸らしながら尋ねたリアン。
まだムスッとしているけど、何だかんだオリバーのことを気に掛けている。そんな彼を見て、俺は少し安堵した。
そりゃ本当はオリバーに色々聞きながら脱出したいけど、神力を持っている彼は結界に弾かれてしまう。
オリバーが神妙な顔をして言う。
「ごめんね。ここの魔術システムそのものを解除できたら良かったんだけど……僕が構築したものに、他の人が 最終署名をしててさ……」
それを聞いて、俺は思わず息を呑んだ。
宮廷魔導師団の副団長であるオリバーが作ったシステムに最終署名できる人物なんて1人しか居ない。
――団長のユーべ・ペリフだ。
戦闘と研究の両分野に秀でている天才中の天才と聞く。温厚な人柄と確かな実績で人気者の彼が――
「敵、なのか……?」
「そうなるね」
「今普通に話してるってことは、見られてはいないみたいだな」
「うん。一応僕、右腕だからね」
敵も味方も欺いて――コイツ、凄ぇな……。
オリバーは書き上げた地図を差し出すと、炎馬と 風鳥に目を遣った。
「ねえ、カノア。彼らとも契約してあげてもらえないかな?」
「あ、そっか……出られないよな」
一応契約の意思を問うと、2体は深々と頷いた。
「……」
霊獣ばっかり増え過ぎだよー!
亜空間の維持にはそれなりに魔力を使う。中でキープしておく従魔が大物だったり数が多ければ尚更だ。
さっきイリス様の御力がオーバーフローしたお陰か、午後にしては減って無いけど。
「魔力残量は65%か。うん、まあ大丈夫かな。ハァ……」
『すまない』
『悪いな、少年』
思わずため息をついた俺に、申し訳なさそうに謝る炎馬達。
「まあ……他に方法が無いから仕方ないです。名前はこっちで決めちゃいますよ」
『構わぬ』
『承知した』
炎馬に『フラム』、風鳥には『ゲイル』の名を与えて従魔契約を終えると、のどかな風景が脳内に流れ込んできた。
「また何かこういうの……」
一体何なんだよと思いながらも、今日はこんなことばかりで、正直慣れてしまった自分が居る。
「カノア。2体のことは後で説明するから、今は一刻も早く脱出して。……今夜、王都が魔物であふれる」
「「……!?」」
オリバーの言葉に俺とリアンは顔を見合わせた。王都は教会による神聖結界で護られていて、外からの魔物侵入はあり得ない。
「ユーべか?」
「そう。今夜 魔の刻に、魔物を召喚するんだ。アンク様の為の舞台としてね」
「ハァ、成程……。手に入れたばかりの神力を披露する予定だったって訳か」
そんな自作自演のヒーローごっこ――
「ふざけんなよ……」
王としての自覚が芽生えたと言ったらオーバーだけど、今までよりももっと強く――人々を、国を守らなければならないと感じている。
「《寸法操作――『縮小』》!」
オリバーがアンク様とトーマス達に向けて魔法を詠唱すると、彼らはぬいぐるみのように小さくなった。
「小さくしておいたよ。連れてくんでしょ?」
「ああ。可愛いな……」
彼らをリュックにしまった俺は、マカナ・フラム・ゲイルの召喚を解除して、最後にオリバーの目を見つめた。
「じゃあ……お前も解除するよ。中に京香も居るからよろしく」
「うん! また後でね、ご主人様っ!」
「……くっ」
いきなり飼い犬ワンコ感満載の『ワンッ♪』みたいな顔で見てくるんじゃねえよ!
これまでも……年上なのに可愛いと感じていたのは、もしかしてコイツにずっとアピールされてたのかっ!?
麦……恐ろしい奴だ……。
「いっ、いくぞ……。ムギ、『召喚解除』!!」
詠唱と共にオリバーが一瞬で消え去ったのを見て、リアンが唖然としている。
「あの……今のって……」
「俺とオリバーの関係性は見ての通り。だから彼は決して敵じゃないんだ」
「従魔契約には絆が必要だと仰ってましたもんね。ですが……人間同士でどうやって……」
「彼は……死んでいるとのことだ……」
「……!?」
リアンがまばたきすら忘れて絶句している。
俺だって、意味分かんねえよ。オリバー、お前の身に一体何があったんだよ!!
――けど、今は……それどころじゃない。
俺は必死に涙を堪えた。
「……行こう」
「はい」
◆◆
扉を開けると、何事も無く部屋を出ることができた。
オリバーが書いてくれた地図を頼りに、ひとまず真っ直ぐ走る。
少し進んだ俺達は、鼻をつく異臭を感じた。
「うえぇー……」
「大丈夫ですか? カノア様」
「気持ち悪い……」
「死体でもあるんでしょうか……」
魔物は死んだら魔核のみを残して肉体は消滅するから、死臭なんてしない。これは――動物や亜人、もしくは人間だ。
「やばい実験とかしてなきゃいいけど……」
――って、魔物の群れ!! ……この先、侵入禁止ってか?
「やっぱ何かあるなぁ、これ……」
「ですね……。では、行きます!」
「援護する! 《強化》! 《麻痺》!」
弱体化させた魔物達をリアンが聖剣で切り裂き、取りこぼしを俺が倒していく。
「《氷槍》!」
◆◆
「ハァ……ハァ……。多かったな……」
全ての魔物を倒し終えて座り込んだ俺を、リアンが心配そうに覗き込む。
「だいぶお疲れのようです。お薬は?」
その問いに俺は思わず顔を背けた。
「……そんなことまで知ってんだな」
「ラウア様から伺っております」
「父上から……? マジか……」
薬のこと、俺的には周囲に隠していたつもりだったのに……。いちいち心配されたく無いから。
まあ、俺の命に関わる事項だもんな。リアンが俺の護衛だっていうなら、知らされていて当然か。
「ハァ……。薬は昼にちゃんと飲んでるし、魔力はまだ60%以上残ってるから心配するな」
ルフェ家の人間は代々、遺伝性の病気を患っている。魔力を使い過ぎた時に体内で毒素が生成されて気を失う病だ。俺の場合は残量が3割を切った時。
そして毒が蓄積すると――死に至る。
俺がいつも持ち歩いている薬は、毒素の生成を阻害する特別な薬だ。薬師である父上が自分達の血を分析して作り上げた。
父上は今35歳だけど、この薬が出来る前、つまり祖父の代までは全員が短命で、遅くても20代後半で亡くなっている。イリス様の見た目だって相当若い。
そして、それこそがブランツ家に王位を譲った理由だ。
だけど、目覚めた今なら分かる。これは病気なんかじゃない。
――“呪い”だ。