目覚め
また、オリバーの声……!?
『こうやって僕に話し掛けられて驚いてる?』
そう尋ねるオリバーに、俺は頷きながら質問を返す。
『念話、使えなかったですよね?』
『まーね。けど、今はこっちの方が楽なんだよね~』
『……』
いやいや……。念話を使いこなすにはそれなりの魔力と集中力が必要だ。習得したばかりなら尚更消耗するはず。
『楽な訳が――』
『おっと……』
オリバーは目を逸らしながら俺の問いを遮り、物憂げに言う。
『ってかさ……何とか耐えてよ。頼むから』
彼は訳の分からない言葉達を残して念話を終えると、すぐに右手をこちらに向けて詠唱を始めた。
「地より湧き出でし無限の炎よ、立ち塞がるものを焼き尽くせ――」
高難度の獄炎は、宮廷魔導師の彼であってもフルで詠唱せねばならず、発動までに時間が掛かる。
その間に何かもっと……
考えろ……考えろ…………
頭をフル回転させている俺の意識に、再び誰かが入り込む。
今度は誰――
『ねえ、カノア。私。イリス』
『……いっ、イリス様っ!?』
驚く俺にイリス様は愛らしい声で淡々と話す。
『カノア、《アクア・キャッスル》って唱えて。私の力を送るから。思い浮かべるイメージは、“虹の神殿”。大丈夫、カノアなら出来る』
『え? あっ……はっ、はいっ』
えーと、虹の……神殿……? 日本のフリーイラストみたいな脳内イメージが出来上がってしまったけど……ええい、ままよ!
「――闇夜を這い、猛り狂う地獄の炎舞! 第9階梯魔法《獄炎》!!」
「《虹の神殿》!!」
僅かに先を越されたか――
俺の手から放たれたのはゴルフボール大くらいの光の玉だ。一方の獄炎は、マカナの魔力抵抗とレイラの水魔法のお陰で到達時の勢いは半減していたものの、それでも 聖盾に僅かにヒビが入った。
「熱っ……」
隙間から漏れ入る熱波に顔をしかめた直後、光の玉は大きく膨らんで、虹色半透明のドームとなった。
「シャボン玉の中に居るみたい……」
外では光の粒がキラキラと舞い、炎を消していく。
ああ……何て綺麗なんだ……。流石、女神様の力は凄いや。
信じられない程に美しく神秘的な光景を前にした俺の頭の中には、“聖域”という言葉が浮かんだ。
「良かった……これならきっと大丈夫――」
安堵した俺は全身の力が抜け、ふらついて膝をついた。
すると、次の瞬間――
「……ッ!!」
えぐられるような激痛が胸に走り、脳が揺れて視界がブレる。エネルギーのオーバーフローで全身が悲鳴を上げ、今にも張り裂けそうだ。
御力を借りた代償か――
「ガハッ……」
「カノア様っ!」
そのまま倒れ込んで血を吐く俺に、すぐさまリアンが女神の指輪をかざす。
「《極位回復》!!」
最高位の治癒により、発作のような症状は何とか治まったものの、身体の自由はまだ利かない。奴も魔力の使い過ぎで、すぐには動けないと思うけど……。
その時、何者かの足音と薄気味悪い拍手が響き渡り、オリバーが居るだろう辺りで止まった。
顔を上げて状況確認をしたリアンは、何故か絶句してフリーズしている。
「リアン……?」
そんなに青ざめた顔して、そこには一体誰が居る――
「いやいや、凄いね。オリバーくん」
…………!? この声って……まさか――
俺は必死に頭を動かし、声の方を向いた。
「殿下……」
アンク王弟殿下が……どうしてここに――
殿下は一瞬だけ俺を見たものの、無表情のままスルーすると、息を切らしているオリバーに向かって話を続けた。
「はぁーー、良くもまあ……元仲間達に向かって第9階梯魔法なんか放てるね。合格だよ」
その言葉を聞いたオリバーは片膝を突き、アンク様に頭を下げた。
――まさか……自分への忠誠心を試すためにオリバーに俺達を攻撃させた? それってまるで……江戸時代の絵踏じゃんか……。
俺の力を欲しているのはアンク様みたいだな。……あーもうっ……何か色々……勘弁してくれよ。たった1回イリス様の御力を降ろしたぐらいでこんなにボロボロになる身体だぞ。いくらアンタらが思い出させようとしたって、神懸かった力なんて俺は知らない。
困惑する俺の目に、信じ難い光景が映る。
「グハッ……」
殿下にナイフで背中を刺され、苦しむオリバー。毒の効果でもあるのか、その全身は急速に紫に染まり、泡を吹いて意識を失った。
「……何で?」
絵踏して、認められたんじゃないのかよ!!
「うっ…………うわあああああ!!!!! 何で! 何で!?」
目の前で起きた出来事に俺は狼狽した。泣き叫んで声を枯らし、過呼吸気味になった末のその詠唱は――ほぼ無意識だった。
「…………《神の呼吸――『祝福』》」
放たれた光は余りに眩しく、瞬時に回復したオリバーを見て、俺は今使った力こそが『神力』であると自ら悟った。
それに、前から思ってはいたんだ。どことなく俺に似ていると……。
銀髪 紫眼の女神――
『イリス様……もしかして、貴方はあの墓の王……』
『そう。私はルフェ家の最後の王・アクア。そして貴方が今使ったのは、この地の創造神・ユニル様の御力』
ユニル様――ランジェット大陸を創り、2人の“王”を創った神様か。
たった今目覚めた血が、俺に悠久の歴史を語り掛ける。アクア王がブランツ家のご先祖様と交わした約束も理解した。
黙り込む俺にアンク様が言う。
「どうやら思い出せたみたいだね。君は本当に、どこまでもお友達思いだ」
「……」
嵌めやがったな……。もしかして、リアンとトーマス達を巻き込んだのも、そういうことか? 外道すぎんだろ……。
まあ、でも、この力があれば――
「そうだ、大事なことを教えてあげよう。霊獣達と同じように、神力を宿した君も結界に弾かれる。つまり、言うことを聞いてくれないと永遠にここから出してあげられないのさ」
「……っ!」
「じゃ、早速戴こうか、その力! 頼んだよ、オリバーくん」
「かしこまりました」
させるか! 《霊体化》!
俺は神力で姿を隠すと、水の羽で飛翔して逃げた。
初めて使う霊体化――どれくらい持つのか全く分からない。王城も心配だし、さっさとここから脱出しないと……。
「《強奪》」
「……っ!?」
ハッとした時には既に遅く、何故か目の前に現れたオリバーに、俺の中の神力が吸い取られて行くのが分かった。
『驚いてるね。何で僕が君の姿を視認できるのか気になる? 簡単なことさ。霊体同士だからだよ』
『は……?』
『だって僕は死んでるから』
――!?
『もう僕のことなんて信じられないかもしれないけど……お願い、聞いて。僕が君の力を吸い終わると同時に……僕と従魔契約して欲しい! その力をアイツに渡さずに守るには、それしか無いんだ!』
『何……言って……』
『いい? 絶対だからね! 名前は――“麦”でよろしく』
『……は? えっ? ムギ!?』
…………京香の次は麦って――
『あー、ほんっと……今日さ……もう、何なんだよ……』
込み上げる感情に胸が震え、目頭が熱くなる。
星丘家の飼い犬だったお前と、話せる日が来るだなんて。
いや、知らなかっただけで……ずっと沢山の言葉を交わしてた。戦いの時、食事の時、野営した時――これまでオリバーと過ごした時を思い出し、涙が溢れる。
『行くぞ、麦』
『うん!』
「名を授けて契りを結び、我が従魔とする。その名は“ムギ”――《従魔契約》」
神力が抜け切ったのを感じた俺は、麦との従魔契約を完了させた。
よし、これで……麦と繋がれば神力がそのまま使えるし、召喚を解除すれば結界も通れる!
さて、あの人はどうするか……。
うーん。訊きたいことは山程あるから、とりあえず今は大人しくしていてくれ!
《神の呼吸――『眠』》
俺は神力でアンク様をそっと眠らせた。