オリバーの声
ルフェ…………ブラーヴ――
まるで領地名のように名字の後ろに付いた国名は、うちの家門が“本来の王家”だと言うことを示しているけど……王位を奪われたとか、そんなことは考えられない。
サヴァム国王陛下に筋トレを教えてもらったり(付き合わされたり)、王子殿下達とは年が近くて仲良いし、剣聖である王弟殿下には剣術の特訓をしてもらっている。
現王家であるブランツ家との関係は至って良好だ。きっと何か事情があって、王位を譲ったんじゃないかと思う。
ってか、それよりも……
“神から与えられた力”を継承してるのって……まさか――
困惑と興奮と恐怖で速くなった心臓の拍動がうるさいくらいに響く。明らかに事の中心に居るのに、俺は何も知らない。国や家族の歴史も、俺自身のことも……。
「さてさて、そういう訳で。そろそろ思い出してもらわないとね。『王の力』ってヤツをさ……」
オリバーは低い声と鋭い目で凄むと、右の手のひらに魔法の杖を喚び出した。今まで見たことの無い彼の表情に、思わず足がすくむ。
俺をガードするように立ち上がったリアンは、瞬時に聖剣を抜き、結界を発動した。
「《 勇者の盾》!」
俺を守らんとするその背中に、何だか複雑な気持ちになる。ため息をつきながら俯くと、今と良く似た情景がぼんやりと心に浮かんだ。
――こういうことが……以前にもあった?
細かいことを思い出そうとすると頭が割れそうで、どうやら俺の記憶は消されてるっぽいけど……多分あの水色の転移陣は、これまでも発動しているんじゃないかと思う。
「狙った獲物は逃さないよ」
挑発的なオリバーに、睨み返しながらリアンが言う。
「随分と強引だな」
「それが僕だろ?」
「……というか、どうしてお前が知っている?」
「極秘ルートなもんでね。ま、じきに分かるさ」
後方にはトーマス達がまだ倒れている。オリバーが本気の魔法を連発したら、爆風だけでアイツら死ぬぞ……。
「《氷壁》!」
トーマス達の周りに結界を張った俺を見て、オリバーは呆れたように言う。
「あんなクソみたいな奴ら、放っときゃいいのに」
「クソは……アンタもだろ……」
「それもそうだな~」
――『っていうか、次の“大火”。是が非でも防御してくれよ』
「はっ……?」
今の声――リアンには聞こえていない?
俺の思考にいきなり割り入って来た、オリバーの気配と声。俺の知る限り、奴は念話スキルを持っていないのに……。
自分の耳と脳を疑って頭を抱える俺を嘲笑うかのように嫌らしい表情をしながら、オリバーは地面に杖を突き立てた。
「あの構え……」
“大火”ってまさか――
いや、待て待て待て!! あんなの……人間に向かって放つもんじゃねえだろッ!!
こうなったら、背に腹は代えられない……
「《召喚》、マカナ!」
『にゃっ!?』
「奴は《獄炎》を撃つ気だ!」
『ニャニャッ!?』
「そんな……いくら何でも……」
マカナは目を丸くして驚き、リアンも愕然としているけれど、こうなったら今やれることをやるしか無い!!
「マカナ! 《全開放》!」
『にゃうん!』
俺はマカナの全てを解放して、小さな黒猫から本来の巨大な獣の姿に戻した。
『この姿、久方ぶりだのう。どうじゃ?』
ご立派な黒虎様は、漆黒の自分の姿にうっとりしている。ちなみに、毎回恒例だ。
デカくなったら声とキャラ変わって面倒なんだよなぁ……。
「あー、はいはい。カッコいい、カッコいい」
『今回も安定の雑さじゃなァ……』
「今さ、それどころじゃ無いから」
『そっ、そうだな。すまぬ……』
『とりあえず、地を掌握したいんだ』
オリバーが使う無数の攻撃魔法の中で、《獄炎》は最大火力。魔力の大量消費で術者もかなり消耗するし、辺り一面が焦土と化すから、滅多に使うことは無い。
手からの炎は空を舞い、杖からの炎は地を這う。上下からの立体攻撃で敵を囲み捕らえる、牢獄の如き巨炎だ。
土属性のマカナの力で地を制御出来れば、いくらか弱められるかもしれない。
『頼んだよ、マカナ!』
『了解じゃ』
それにしても、何でわざわざ『防御してくれ』なんて――
ああ、俺に死なれたら元も子もないからか。
それだったらもう少し弱い魔法で、死なない程度に痛めつければいいじゃないか。
いや、そもそも……俺はアンタが言うように、“下級の奴ら相手に油断して、置き去りにされる”ような奴だぞ。俺を捕らえる時間はいくらでもあった。リアンが来る前にどうとでも出来たはずなのに……訳が分からない……。
「《 聖盾》!」
「《強化》! 《水壁》!」
リアンは勇者スキル最強の結界を展開。俺はそれを支援魔法で強化して、更に水壁も張った。出来ることはやったけど、防げる気がしない……。
その時、再びオリバーが俺の意識に語り掛けてきた。
『さてと。現時点で可能な限りの準備は整ったかな?』