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魔の刻

 トフユナの森を出ると、既に空は赤くなり始めていた。 魔の刻(ヘレオラ)まで、もう30分も無いだろう。


 宝玉狐(ジェム・ルナ)のことを問われて時間を食う訳にはいかない。俺はシャオ達の姿を神力で偽装し、王都大門の検問を無事通過した。(俺の力を見たユリアが大パニックになっているけども……)


「第3広場までは、走って20分ぐらいか……」


「何とか間に合いそうですね」


 王城方向へ長く伸びる影を背に、王都第3広場を目指して急ぐ。


 走りながらシャオを見遣ると、速いでしょと言わんばかりのドヤ顔を返された。


 公的な集会が開かれる第1・第2広場とは違い、マルシェや祭りなどの民間催事に使われるのが第3広場だ。


 王城から離れているので市民が気兼ねなく使うことができ、催しの無い日でも憩いの場として昼夜問わず賑わっている。


 あんな人通りの多い場所で魔物を召喚されたら――!!


 刻々と変わる空のグラデーション。迫り来る 魔の刻(ヘレオラ)に気が急く中、半分ほど進んだ所で若い男女に取り囲まれた。


 全員オリバーと同じ制服を着ている。


 ――ということは、宮廷魔導師団だよな……?


 それなのに、この雰囲気はどう見ても足止めだ。俺達の邪魔をするってことは、王弟殿下派か? 複数の魔法杖を一斉に向けられると、さすがに恐怖を感じるな。


 俺とリアンは剣を抜き、オリバーはぐるりと全員を見回して肩を落とした。


「ハァ……。我が隊13人中、6人も来ちゃうなんてね。これは結構ショックだなぁ……」


 我が隊!? 彼らはオリバー直属の部下だということか!?


 苛立ちながらオリバーに詰め寄った眼鏡の男が口を開く。


「団長との真剣勝負に勇者様のお力を借りるなんて卑怯すぎんだろ!! しかも女子供に囲まれて、ヘラヘラチャラチャラしやがって……」


 えっ、この人……執事っぽいキリッとしたその見た目で、そんな口悪いの!? ヘラヘラに関しては激しく同意するけど、真剣勝負って何だよ?


「いやぁ~、チャラチャラキャラは彼一択でしょ~。ねえ、ジュールくん?」


 オリバーがヘラヘラしながら話し掛けたのは、不良みたいな見た目の男だ。


 オレンジ髪に銀メッシュのイケイケで、ピアスや指輪がめっちゃたくさん……。この格好でよく宮廷に入れてもらえてるな!?


「だーかーらー! チャラいと違うス! これはお洒落っス!!」


「相変わらず声が大きいねぇ、君は……」


 ジュールというチャラ男に呆れ気味のオリバーだが、彼に向ける目線や表情から、気心知れた仲なのだと分かった。


「てか隊長! 6人じゃなくて、5人っスからね……」


 そう言うとジュールは表情と纏う空気を一変させ、オリバーの隣についた。


 そんな2人を前にして、眼鏡男が愕然としながら言う。


「何……言ってんだ……ジュール……? お前が持ってきた話だろ? 今ペリフ団長側に付けば、良いポジションを用意してもらえるって! 団長の部隊から異動してきたお前が言うから信じたんだぞ!」


「何言ってんの。逆っスよ。そもそも、こっちからあっちに潜り込んだんスから」


 成程ね。ユーベ対オリバーの勝負ってネタ自体、オリバー側が流したもの……。


「クソッ! 嵌めやがって!」


「別に嵌めた訳じゃないっスよ。隊長を裏切る判断をしたのは皆さん自身じゃないですか」


 ジュールと眼鏡男は役職が上なのか、他の4人とは胸元の 徽章(きしょう)が異なる。まあ眼鏡男が多少強いとしても俺達には無意味だ。


「君達に時間を使ってる暇は無いんだよ」


 オリバーがそう言い終わった時には、既に5人は動きを封じられていた。


 何か視えないものが彼らを縛り上げて(ひざまず)かせる。


 結界を糸のように操る特殊な術《結糸(フィル)》――オリバーのレアスキルだ。


 単なる捕縛効果だけで無く、これに巻き付かれると、しばらく魔法の発動が出来なくなる。


「……っ!? 魔法が使えねえ……」


 焦る眼鏡男を横目に俺達はその場を後にした。


 走りながらオリバーが言う。


「僕のスキルってさぁ~、人間相手の方が役立つんだよねぇ~」


「それはそうかもしれないけど……。だからって無駄遣いするなよ」


「大丈夫だよ~。魔力補給は問題なくなったし」


 あ、そうか。シャオ達が居るから――


結糸(フィル)》は魔力の消費が尋常じゃないらしく、実はあまり使い道が無いんだとオリバーはよくぼやいている。


 魔物の巨体を縛れる程の糸を出すとヘトヘトになってしまうから、対魔物戦では手足を押さえたり尻尾を縛ったり……そういった使い方になる。


 うん。まあ、正直ショボい。


 しかも魔物が使う術の多くは人間の魔法とは体系が異なるから、『魔法停止』の方は効かなかったりもする。


 その点、人間ならサイズも丁度いいし、オリバーと敵対するような奴の大半は魔法使いだろうしな。


「けど、いざ魔物があふれたら、あの5人だって大事な戦力だろ?」


「んまぁ~10分後には回復するように調整してるから~」


「さっすが、隊長っス!」


「あー、そうそう。ジュールは僕の弟子なんだ。まあ……断っても断ってもしつこいから受け入れただけなんだけど……」


「ちょっ! “だけ”って何スか! 俺達の間には超絶素敵な絆があるじゃないっスかあああ!」


「うんうん、分かった、分かった! ほら、もう着くよ。気を引き締めて、ジュール」


 空はわずかな明るさを残して青みを帯び、この世界で『 魔の刻(ヘレオラ)』と呼ばれる闇への入り口はすぐそこだ。


 美しさと薄気味悪さが同居する昼と夜の境。日本でも昔は、夕暮れ時は魔物や妖怪が出て危ないとか言われてたんだっけ……。


 その時、第3広場から聞こえていた華やかな音楽が突然途切れた。


「……っ!!」


 急いで広場の中に駆け込むと、隅で演奏をしていたとみられる楽団の1人が、弦楽器の弓を高く掲げて叫んだ。


「ようこそ! 闇の世界へ!!」


 すると弓は魔法杖へと姿を変え、途端に周囲の空気がピリついて無数の火花が散った。


 既に空はダークブルー。辺りは薄暗くなり、人の顔も識別しづらくなってきた。いよいよ薄明(はくめい)も終わりに近付き、今がまさしく――『 魔の刻(ヘレオラ)』だ。


(すげ)え魔力……」


 空気を揺らす程の魔力の波動! あれがユーベか……。まさか楽団員に混ざって潜んでいたとは!


 ってか、アイツ……杖に魔力を込めただけで、今の所まだ何もしてないんだよな……。何て奴だ……。


 火花がゴミ箱の紙くずや花壇の草花に引火すると、広場はパニック状態になっていった。


 ジュールが率先して消火活動に当たり、京香とユリアは出口の案内をしながら、怪我人の手当てをしてくれている。


 ユーベはさっきから俺達に気付いていたに違いないのに、まるで今気付いたかのようにオリバーを見た。


「やっと来ましたか、ハリスくん」


「ペリフ団長……」


「殿下がいらっしゃいませんね。まあ、別に構いませんけど。……と言うか……お隣にいらっしゃるのは勇者様じゃないですか~」


 (あざけ)るような口調で呼び掛けてきたユーベに、リアンは苛立ちを隠せない。


「ユーべ・ペリフ! 何か(こと)を起こそうとしているなら今すぐやめろ!」


 あまりに有名なその名に、周囲の人々が騒つく。


「うーん……。そんな大声で名前をバラされては、これを被っている意味が皆無ですね」


 ユーベは顔を隠していたフードを取ると、リアンの構える聖剣を凝視して呟く。


「いいですね、レアスキル。羨ましいなぁ……。私のスキルはこんなちっぽけなものですが、今日あなた方の前で披露できたことは大変光栄に思います」


 ――え? いつの間にスキルを発動した!?


 あの火花は、魔力が強すぎることによる単なる空気抵抗であって、スキルとは違うし……


『人形をまるで生きているように魅せる。それが彼の固有スキルだよ』


 オリバーが念話で説明してくれて理解した。


 ――他の楽団員は人形ってことか。


 だけど……


 “生きているように魅せる”? 本当にそれだけ……?


「オリバー!!」


 エミリー達が駆け寄ってくる。


『あっ! ほらほら、カノア。やーっと、パープル大集合だよ~』


『集まれなかったのは誰のせいだと……』


「……うっ。……あっ、あぁ~エミリー! みんなぁ~! 来てくれてありがとうぅ!」


「そんなの当然でしょー! ……ってか、何? まさかアイツが敵なの? あんたんとこの団長じゃない」


「そうなんだよね……」


 ようやく7人全員揃った。俺達が『第2特務隊シークレットパーティー』――『パープル』だ。


 シュルツ・ワーグナー(32)剣士【リーダー】

 エミリー・デュマ(28)弓使い【副リーダー】

 オリバー・ハリス(26)魔法使い

 リアン・メナール(20)勇者

 ラミィ・マルティネス(20)アサシン・錬金術師

 ジェシカ・ウォーカー(18)呪術師

 カノア・ルフェ・ブラーヴ(16)召喚師


「ふむ……。そちらの方々がブラーヴ王国最強の極秘パーティー、『パープル』の皆さんですか。……これまで幾度もお会いしているのかもしれませんが、毎回記憶が消されるらしいですしねえ」


「アイツ……何で色々知ってるんだ?」


 シュルツが怪訝な顔で尋ねると、オリバーは「詳しい話は後で」と冷静に答えた。


「あー、今更私を捕縛したって無駄ですよ。召喚魔法はもう発動済みですから」


 そう言ってほくそ笑んだユーベは、人形に指示を出してオリバーと握手させた。


「では、ハリスくん。共に楽しみましょう」


 試合前の挨拶みたいな異様な光景に、俺は思わず身震いした。


 その直後、広場一面に無数の魔法陣が現れて、地面から魔物が続々と湧いて出てきた。


「隊長! これは一体!?」


 続々と駆け付けるオリバー隊の魔導師達。更にさっきの反逆眼鏡男達もやってきて、この状況に唖然としている。


「いいか、君達! 詳しい説明は後でする! まずは魔物の殲滅だ!」


「「「はい、隊長!!」」」


 眼鏡男達も、ばつが悪そうにしながらもオリバーの指示を聞いて頷いている。彼らのことは受け入れ難いが、今は共に国民を守るために戦う仲間であると信じよう。

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