囮となった冒険者
「涼ちゃん……」
俺の前で崩れ落ち、顔を覆って号泣しているのは幼なじみの加恋。
どうしてそんなに泣いている? 涼、っていうのは俺のこと……だよな? ……大きな観覧車が見える海沿いのカフェで……加恋にプロポーズをしたら笑顔で頷いてもらえて――
ああ、そうか……その帰り、歩道に車が突っ込んで来て……俺は彼女を庇いながら轢かれたんだった。
骨が折れているのか手足は動かず、血の味がして呼吸が苦しい。
「加……恋……」
これから先、君を守ってあげられなくてすまない。それから、父さん母さん。京香に続いて俺まで……親より先に逝くなんて、本当にごめん。
これまでの人生が映像のように脳内に浮かんでは消えて行く。
そんな走馬灯らしきものを見ているうちに加恋の顔は次第にぼやけ、俺は静かに目を閉じてこの世に別れを告げた――はずなんだが……!?
『ニャーーァ!!』
……誰かが俺の身体を揺すっている。
ニャア??
『カノア、起きるニャ! しっかりするニャ!』
何だよ、ニャーニャーうるさいなぁ! ってか、痛いってば! 何かピリピリ痛い! 身体中が燃えるように熱くて苦しいし……。
小さな黒猫に起こされた俺の目に、背の高い金髪碧眼の男が映る。
誰? 外国人??
――いやいや、何言ってんだ俺? この国の一般的なビジュアルだろ? ……っていうか、俺こそ銀髪 紫眼で、そこそこ珍しい部類じゃんか。
そうだ、さっきの……彼女の髪と目は黒かった。涼太郎って奴もそうだ。あの国では黒がほとんどで、色を変えている人も多かったけど、魔法とかアイテムによるものじゃなかった気がする。
――って、俺は一体何の話を……!? リョウタローって誰だよ!? 顔は見えなかったし、名前だって愛称しか出て来てないのに……
倒れている間に見ていた異国の夢が、脳内でごちゃごちゃと混ざって来やがる。しかも、妙にリアルというか……まるで俺自身が経験していたかのような視点――
俺は誰なのか、自分自身を見失いそうで眩暈がする。
しっかりしろ、自分!!
目の前の金髪碧眼クソ野郎は、魔法使いのトーマスだぞ! 俺達のパーティー『ミスティックハート』のリーダーであり、ついさっき、電撃魔法を使って俺を気絶させた男だろ!?
トーマスは家紋入りのブーツを履いた右足を、動けない俺の腰の辺りに当てて見下ろすと、鼻で笑いながら言う。
「なあ、カノア。人々から必要とされている俺達Bランク冒険者は、何としてでも帰らなければならないんだよ。分かるだろう? だから、低ランクの君は俺達の為に時間を稼いでくれよ」
すぐ横には不気味な赤い池が広がり、その中央で巨大な水竜が口を開けている。
ハハ……そういうことかよ。狂ってんな……。
Bランク冒険者のあるべき姿はそうじゃ無いだろ? 普通は逆だよ……。上に立つ者ならば、自らが盾となり犠牲となって下の者達を逃がすよ。
まあ、俺の為すべきことは結果的には変わらないんだけど……こんな形じゃないって言うか……これは流石に悔しい……かな……。
『カノアっ! ボクを全解放するニャ!』
『口元まで痺れてて、詠唱出来そうも無いんだ……すまない……。もし俺が死んだら、イリス様を通じて皆にも伝わるはずだから。マカナ、今まで本当にありがとう……』
『ニャニャッ! 諦めるでニャい!』
小さな前足で俺の頬をピチパチと叩くマカナ。だから、痺れてて痛いんだってば……。
トーマスが俺の顔を覗き込んで嘲笑う。やるならさっさとやればいいのに、まだ何か言いたいみたいだ。
「気絶したままの方が怖い思いをせずに済んだのに、本当に運の無い奴だな。まあ、街に戻ったら、勇敢なお前の武勇伝を語り継いでやるから、安心して大役を果たせ!」
最後に何ともくだらないことを言い、奴は勢いよく俺を池の中に蹴り入れた。
『ニャニャーッ!!』
「ゴフッ……」
……ん? 息……出来るな。目も開けられるし、視界も良好だ。
「……っ!!」
いきなり、水竜と目が合ってしまった。
幸いまだ距離はある。……いや、あの巨体だ。ちょっと首を伸ばせば俺を喰えるだろう。
ところが、様子を窺っているのか、餌としての俺を品定めしているのか、水竜は動く気配が無い。
俺なんか喰ってもきっと不味いと思うぞ――なんてどうでもいいことを思った時、上方からパリパリという音が聞こえ、水面を見上げた。
トーマスが魔法で水面を凍らせているようだ。水竜が俺にロックオンしている隙に、氷の橋を作って向こう側へ渡る気か!
俺の頭上を仲間達3人の影が次々と移動して行く。やがて水中まで響いていた足音と振動が止み、しんと静まり返った。
アイツら、マジで俺を置いて行きやがった……。
誰にも看取られず、おそらく死体すら残らない。何て寂しい最期なんだろう。