何をしても出られない部屋
ある日。
私と夫は攫われた。
寝ている間によく知らない場所に私達はいたのだ。
ガラスのような壁で上下左右を囲まれた十畳ほどの部屋。
部屋の角に出来た小さな泉に、その隣に置かれている食事、そしてこれ見よがしに置かれているベッド。
始めの内は私達もここから出ようとして色々と調べたが、ドアはおろか窓さえもない。
私達は二人で大声を出して助けを呼んだが、部屋の中に吸い込まれておしまいだった。
「どうしよう」
ベッドの上で座り込み、さめざめと泣く私を夫は抱きしめながら言った。
「大丈夫。なんとかなるさ」
何の根拠もない答えを聞きながら、私は心の内に無理矢理安心感をつくり納得するしかなかった。
一日経ち、十日経ち、そして百日を過ぎても私達はこの場所にいた。
泉のおかげで喉が渇くことはなかったし、用意されていた食事も食べ尽くすと翌日には補充されている。
ここは一体なんなのだろう?
そんな疑問もいつの間にか私達は抱かなくなっていた。
代わりに私達は攫われる前と同じ生活を始めていた。
とはいえ、仕事はなかったので二人でただ気ままに過ごすだけだったけど。
二人で話をして、笑って、喧嘩をして、そして愛し合う。
気づけばその繰り返しだった。
気づけば、この空間が心地良かった。
そして、今ではこの場所に攫われて良かったとさえ考えるようになっているのだから、人間の慣れとは恐ろしいものだ。
「ねえ、これからどうなるのかな?」
二人でベッドに横になりながら私が問うと夫は答えた。
「大丈夫、なんとかなるさ」
相変わらず根拠のない答えを聞きながら、私達はそれでも良いと思っていた。
どうせ、何も出来ないのだから。
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「どう増えた?」
そう問われた外側の存在は振り返り答えた。
「いや、まだ。だけど、ようやく落ち着いたみたい」
「お。ようやくか」
そう言ってゲージの中を繁々と眺める。
「大分リラックスしているね。これならすぐに増えるよ」
「ほんと?」
「うん。デリケートな生き物だから、しっかり世話をしてあげてね」
「うん!」
喜ぶ外側の存在に相手はさらに言葉を告げた。
「何度も言うけれど、ペットとは言え命なんだから責任を持ってしっかり面倒を見るんだよ」
「分かっているよ」
そんな会話を知ってか知らずかゲージの中の二匹は今日も今日とてまぐわっていた。