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7話 大密林

「最初に言っとくけどな。あんたら歓迎はされねえぞ?」 


 ローズとエルナはこの集落の(かしら)である大男――もとい、ゲルベルトから話を聞いていた。

 集落の中でも少し大きめの、一見すると泥の山のような住居の中に三人は居る。窓の代わりか、壁をぶち抜いたような30C(セチ)大の穴5つ空けられている。獣油製のろうそくがぼんやりと室内を照らしていた。


「どうしたって俺たちとは身分が違う。ここで暮らしていけるとは思わねえ」


 ろうそくのせいだろうか、室内は燻された獣臭で満たされていた。ゲルベルトは首を回し、「貴族街じゃまずありえない臭さだろ?」と自嘲気味に肩をすくめる。

 が、特にローズもエルナも気にした様子はない。


「そこは気にしないで。エルナはもともと流民だし、私も5年は一緒に暮らしてたから」


 ゲルベルトが目を見開く。


「流民……そうか。どうりで強いわけだ……」


 彼は納得したように頷いた。

 流民は住居を持たない小集団のことだ。主に魔族・魔獣の撃退、賊からの防衛といった傭兵稼業をすることが多く、冒険者とはまた違った戦いの中で生きるため、総じて戦闘力が高いことが多い。


「というか、あなた貴族街を知ってるのね」


「そりゃあな。こんなんでも元族長の家系だ。初等学舎に留学させられたんだよ」


 言われてローズは納得した。カルネオンにある初等学舎は帝国に身分を保障された人間であれば階級に関係なく学べる場所だ。

 話し方こそ粗雑だが、話の節々から学を感じる。学んだというのは嘘ではないのだろう。


「なるほどね。貴族へ当たりが強いのはそれも原因?」


「それも0じゃないが……俺たちがこんな暮らしをしてんのはあんたら貴族が裏切ったからだ。そうそう割り切れねえよ」


 ゲルベルトは忌々しそうに吐き捨てる。


「それ、それよ。この土地で何があったの? 森林地帯だと聞いて来たのだけど」


「アん? しらばっくれるつもりか?」


「本当に知らないのよ」


「帝国貴族なのにか? 貴族ならここで軍が何したかくらい知ってんだろ」


「私は軍に所属したことはないから」


「はあ? そんなわけ……」


「ちょうど、家出してエルナたちと暮らしてた時期が徴兵の時期と被ってたのよ。その間にね……」

 

 帝国軍総司令部参謀を兼任するクレンゲル公爵が、「あなたの娘はなぜ徴兵年齢になっても軍に所属しないのか」と問われた際にニコリと笑ってこう言ったのだという。

『私の娘は戦いが嫌いでね。前線に行きたくないと言って部屋の中で花を愛でているんだ』


「……アレが変な噂流したせいで『腰抜け令嬢』なんて呼ばれるハメになったのよ。本当、あのクソオヤジ」


 歯軋りし、ドン、とテーブルに両拳を叩きつけるローズ。ただならぬ怨念(おんねん)を感じてゲルベルトはやや身を引いた。

 エルナは呆れたように言う。


「ローズ様。家出した貴女が貴族社会に戻れたのは、そのように公爵閣下が計らってくださったからでは?」


「そっ、それは……わかってるわよ! でも! 他にやり方あったと思わない!?」


 エルナが強めの咳払いをする。ローズは慌てて取り繕った。


「ま、まぁ、そんなこんなで。帝国軍が何をしたのか本当に知らないの。教えてくれないかしら?」


「お、おう」


 狐につままれたような顔でゲルベルトは話す。


「この一帯が、三年前まで魔族との緩衝(かんしょう)地帯だったってことは知ってるな?」


「ええ。もともと帝国領でもなかったのよね?」


「そうだ。最初、あいつらはこんな話を持ち掛けてきた――」


 ◆


 現在からは想像もつかない大密林。木々が視界を遮っており、遠くから鳥の奇怪な鳴き声が聞こえる。

 そのなかに、小さいが活気のある集落があった。木々の上に木造の家がぽつぽつと建てられており、移動しやすいようにつり橋がかけられている。

 立ち話をする女性の声、縦横無尽に走り回る子供たちの笑い声が響く。

 その中にあるひときわ大きな大木と、そこに建つ飾られた家。

 そこでは、ゲルベルト、帝国からの使者とその側近、計三人が机に向かい合っていた。机の周囲を帝国軍の兵士が取り囲んでおり、ものものしい雰囲気を醸し出している。


「『……この一帯を帝国領土と定める。当地域を帝国軍前線拠点とするため、早々に退去されたし』か」


 使者から渡された紙を無造作にテーブルへと放ると、ゲルベルトは腕を組み、使者を睨んだ。


「断る」


 側近がいきり立った。


「この痴れ者が! このお方を誰と心得る!」


 唾を飛ばしながら怒鳴る。


「クーディタス帝国第三皇子、ルイス・フォン・アウフシュナイダー殿下であるぞ!」


「知らねえよ。誰だてめぇら」


「なッ……!!」


 なおも言い募ろうとする側近をルイスは片手で制した。


「其方、我が帝国に留学に来ていたと聞いたが? 皇族への礼儀作法は知らぬようだな」


 ゲルベルトは鼻で笑った。


「皇子様は外交ってもんを知らんようだ。ここは帝国領内じゃねえ。対等なはずの相手にこんなもんを突きつけるたあいい度胸してるぜ」


 長らくこの密林地帯が帝国に併合されず、長い間魔族との緩衝地帯になっていたのは訳がある。


「この密林には『案内役』が要る。迂闊に踏み込んだらいつ殺されるかわかったもんじゃないからな」


 緩衝地帯というだけあって、人間と魔族との小競り合いがしばしば起こるこの場所。人読んで「自然の要塞」と言われるここは見通しが悪く、地理に疎い人間が入り込めば出ることは叶わず、自分の死すらも予測できない「魔境」――それがこの大密林であった。


「まず『退去されたし』ってのは何だ? おめえの話がその通りならここを帝国領にするってんだろ? 家も、飯も、仕事もねえ状態で引き払えってか? 話にならねえな」


 守られながらぬくぬく育ったぼくちゃんにはわかんねえか? ゲルベルトは煽る。側近は血管がちぎれそうなほど青筋を立てたが、ルイスは全く動じずにこやかに言った。


「……これは失礼した。では用意すれば納得してもらえるのかな?」


「へぇ?」


「私はこれでも皇族なのだよ。其方には男爵位を、そして民の住まうことのできる領地を与えようではないか。職も用意しよう。帝国は、その繁栄のために身を挺する人間を歓迎する」


「殿下! 蛮族に対してそれは……⁉」


「みだりにそのようなことを口にするものではない。至極真っ当な要望ではないか。であれば聞くのが道理だろう」


 周囲が感嘆の声を上げる。なんと素晴らしいお方だ、異民族にここまでの寛容さを見せるとは、皇帝の器に違いない、と口々に呟いた。

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