6話 『腰抜け令嬢』②
マチェットを持った三人と、棍棒を携えた三人がローズへと走り寄る。残り二人は弓をつがえた。
ローズは一瞬目を瞑り、覚悟を決めた。
姿勢を低くし、走り出す。一番初めにマチェットを振りかぶった男の踵を切りつける。
筋肉が離れ、痛みに叫ぶ男を突き飛ばした。ぶつかってタタラを踏んだ残り二人の踵にも剣を叩き込み、行動力を奪う。
続いて襲い来る棍棒。先ほどよりも太く、下手に受ければ剣を持っていかれると瞬時に判断したローズは剣の腹で打撃をパリィし、懐に飛び込んでその肘を浅く切り裂く。
コントロールを失った棍棒はその手から離れ、もう一人の鳩尾に直撃した。
が、もう一人が残る。既に棍棒を振り上げていた。先ほどの防御で体制が崩れたローズは、右足で泥を蹴り上げる。
「ウッ⁉」
跳ねた泥に視界を奪われた男は怯む。
その隙を見逃さず、ローズは体をひねり、棍棒をよけつつ踵へと剣を放った。
肘を痛めた男も蹴り飛ばし、体制を立て直す。チッ、と矢尻がローズの頬を掠めた。
ローズは舌打ちをし、姿勢を低くして走り出す。
「厄介ね……!」
矢をつがえた二人の男。油断なくローズへと向ける。左右へと不規則に動き攪乱する。ぐんぐんと距離が近づく。
正面からの矢を切り捨てた。次の矢をつがえようとしたその瞬間をローズは逃さない。
「あんまり殺気なんて出すモノじゃないわよ? 殺されても文句いえないから」
その威圧に、男二人は息を飲んだ。
ローズが剣を振る。スパン、と弓の弦が切れる。
死を覚悟し、目を強くつむった二人の顎を素早く殴り飛ばし、意識を断つ。
「……チィ!!」
ただ一人残った大男はローズへ双剣を振りかぶる。
その巨躯から繰り出される斬撃は重い。が。
「……重いだけね」
左右から交互に繰り出される攻撃をいなし、間合いを確保しながら様子を見るローズ。
確かに一撃の威力は高い。が、それだけだった。双剣の強みを活かし、極力隙が生じないように操っているが……限度がある。
「てめえ、どこでその剣術を習った。明らかに貴族の剣じゃねえな」
「あとで、教えてあげるわッ!」
上に右剣をはじく。が、中段から左剣が迫る。バックステップで間合いを取るローズ。
続ける事数分。大男の握力が緩んだ。度重なる剣戟に手の筋肉に疲れがたまっているのだ。
ローズは剣の腹で大男の指を強打する。男の顔が痛みに歪み、あらぬ方向に剣が飛んでいく。
執念で振り回した左の剣。
「軌道が同じよ」
そう言い放ち、切り返した片手剣を左拳に叩きつける。
「グゥッ……!」
手の甲が深く切れ、鮮血が散る。大男は左手をおさえて蹲った。
「「か、頭ぁ!」」
周囲から悲鳴が上がった。
ローズは立ったまま、ぴたり、と切先を大男に向ける。リィン、と刀身が鳴った。
「そろそろ話を聞く気になったかしら?」
しばらくの間、沈黙が続く。
「……殺さねえのかよ」
大男は憎々しげにローズを見上げ、問いかける。
「ええ。領民を殺してどうするのよ」
「どうだか。お前の雇い主はそうじゃないかも……」
「……さっきから何の話? 私に雇い主なんていないわよ?」
「何言って……」
「はぁ〜〜〜〜」
ローズは盛大にため息をついた。
「だから話を聞きなさいってば」
ローズは切先を下げる。
「私がローゼマリー・フォン・クレンゲル本人よ。家紋でも見せれば納得する?」
「嘘つけよ。俺たちは『腰抜け令嬢』だって聞いて……」
「認めたことなんてないって言ったじゃない」
そう言いつつ、ローズは首に下げた家紋入りのネックレスを服の下から出してみせた。
「マジか……?」
「そうよ、何度も言ってるでしょ」
あんぐりと口を開けた大男は、吹っ切れたように笑い出し、両腕を投げ出して背中から倒れ込んだ。
「ハッハァ! 『腰抜け令嬢』がここまで戦えるたぁ! いや、恐れ入った!」
だが、と一転、むっくり起き上がってローズを睨む。
「お前が斬った男衆はこの村の主力だぜ? どうするつもりだ?」
「問題ないわ。エルナ!」
瞬間、ドパァン!!という爆発音とともに門が吹っ飛ばされた。杖を前に据え、肩を怒らせながらエルナが乗り込んでくる。その目は眼前の敵を滅さんと光っていた。
ローズは「やっちまった」とばかりに目を覆い、天を仰いだ。
「絶ッ対声かかるの待ってたわね……」
「お任せくださいローズ様。皆殺しにして差し上げます」
「エルナ」
「この男共が賊ですか? ローズ様に剣を向けるとは無礼千万」
「エルナ、やめなさい。皆怖がってるから」
突如として現れた破壊の権化に皆痛みを一瞬忘れ、這うように後ずさった。
「領主側がノリノリで平民を殺してどうするの」
「ですが……」
「ダメ」
「はい……」
しぶしぶ感満載でエルナは杖をおろした。
「間違いくらい誰にでもあるわよ。皆のケガ治してあげて、結構痛いはずだから」
「いいのですか? また反抗するのでは……」
「いいのよ。彼らはここの主力らしいから。他の住人も困るわ」
そして、とニッコリと笑って辺りを見回すローズ。
「今後、不満があれば正面から言いに来なさい。話し合いましょう」
すごい勢いで頷く男衆。ローズは何か誤解された気がしたが、一旦無視した。
「承知しました」
エルナは踵を切られた男のそばに行き様子を見た後「さすがローズ様ですね、傷口がキレイなのですぐ治りますよ」と呪文を唱えた。
「土の界。小さき者よ、己が分身を持て。虚に梯を。新たな繁栄を以て質実を為せ」
途端、傷口がうごめき、傷口が膨らみ始めた。初めての経験に男の驚きの悲鳴が漏れるが、エルナは構わず魔力の光で照らし続ける。
やがて膨らみは落ち着いていき、後には切れた事実すらなくなったような、きれいな足があった。
皆、一様に驚愕していた。そんなことができるのか、と。
エルナは一息つき、次の男のそばへと向かった。「疲れるんですよね、コレ」という小さな愚痴は聞かなかったことにする。
ローズの前の大男も目を見開き、その様子を見ていた。
「……お貴族サマってのはなんでもできんだな。うらやましいぜ」
「あら、彼女は平民階級よ? 私が友人として雇っている平民」
「あれがか!?」
「ええ。あなたたちも教育を受ければ使えるようになる。そして……彼女はあれを貴族社会で身に着けたわけじゃない。平民として学んだのよ」
といっても、あのレベルの聖魔法は難しいけどね、とローズは言った。
魔法は魔道素書を利用して学ぶものだ。魔道素書の内容は、人間社会のどこで出版されたものであってもすべて同じ。そこに書かれた内容をイメージして具現化し、組み合わせ、出力を調節することで現実に作用させる――それが魔法である。故に銀髪などの特殊な事情がなければ誰であっても使えるのだ。ただしその幅広さは個人の経験、修練によるところが大きい。ゆえににより深く学びたい者は先達の教えを受けるべく、魔法大学に通うこともある。
彼はより一層目を開き、あんぐりと口を開けた。
「アレがか? 帝都の学校に通ったわけでもなくか!?」
「そうよ。あなたも使いたい?」
ニマ、と笑ってローズは尋ねた。
「い、いや……貴族なんざ信用ならねえ」
という割に少し揺れた様子の大男。
「まあ、好きにするといいわ。私は提供するだけよ」
ローズは男に手を差し伸べた。
「今すぐ信じろとは言わない。ただ……協力しなさい」
真摯に大男と向き合うローズ。
「私は皇帝になる。そして、この帝国を変えるわ。悪いようにはしない。だからそれまで、最大限私を利用しなさい」
大男は虚を突かれたような顔をしたのち、ぐっと何かを飲み込むように俯いた。
「やっぱり、信用はならねえよ」
そう言いつつも彼はローズの手を取り、立ち上がった。
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