5話 『腰抜け令嬢』①
地面に倒れた男を軽く眺めるローズ。
彼女は一瞬のうちに剣を抜き、頭に回し蹴りお見舞いしていた。
「みんな私を『腰抜け令嬢』って言うけど」
地面を踏みしめ、涼しい顔でローズは剣を構えた。
「それ。認めたことは一度もないのよ?」
瞬間、正面の大男がいきり立つ。
「捕まえろ!」
その大声を皮切りに、武装した男たちがローズに襲いかかってきた。
長い棍棒が迫り来る。瞬時に剣先で受け、流れるように棒を切り落とす。
重心変化につられ、つんのめった男のこめかみに剣の塚を叩き込む。
周囲が気を取られた、その隙をローズは見逃さない。身近な敵の懐に潜り込み、最短の軌道で顎に拳を叩き込む。意識が途絶え、男は崩れ落ちた。
数秒のうちに二人を無力化したローズに、明らかに男衆が及び腰になった。
汗のひとつも流さず、こともなげに剣を構え直すローズ。
「あと九人……まだやる?」
大男の唇が吊り上がった。
「ハッハァ! こりゃ見事にやられたぜ」
目頭に手を当て、豪快に笑う。
が、一瞬。雰囲気がガラリと変わる。半目で睨め付けるようにローズを見た。
「護衛のお前を倒さなきゃ『腰抜け令嬢』サマには会えないってか。あぁん?」
「? 何言ってるの?」
ローズの目は点になった。が、お構いなしに続ける大男。
「へぇ、とぼける気かい。まぁいい」
大男は左右に差した双剣を抜く。刀身の曲がったそれは、恵まれぬ環境の中でも最大限手入れされているのが見て取れる。荒く磨かれた金属が陽光を反射した。
「良い身なりしてるから勘違いしちまった。テメェがただの護衛ってんなら話は早え」
大男は獰猛に笑い、双剣を構える。
「おう、野郎ども」
走り出す。
「この女を殺せ」
間髪入れずローズに肉薄した大男は、その筋力に任せて剣を叩き込んできた。
「ちょ、ちょっと!」
間合いをとりながら剣を合わせるローズ。
「誤解よ!」
「知らねぇ!」
「あぁっ、もう!」
ローズは剣を強く切り払って後ろに飛び下がる。
「話を聞きなさい! 私は戦いに来たわけじゃ……」
「ハッ」
鼻で笑い飛ばす大男。しかしその目は全く笑っていない。
「戦いに来たわけじゃないだぁ? それを『はいそうですか』って信じるとでも思ってんのかよ」
「物騒なのはそっちでしょう!」
「物騒? どっちがだ?」
大男は剣を突きつけて怒鳴る。
「てめぇはここに来るまで何を見てきたんだ?」
彼だけではない。取り巻く男たちは皆、一様に怒っていた。
「俺たちの故郷は……森は死んだ。モノもガキも育たねえ、隠れる場所もねぇ。だからって誰も助けちゃくれねぇ! 無駄に墓を掘る場所だけ用意しやがって」
深い、深い怒り。その矛先がローズに向けられていた。
「ぜーんぶお前ら帝国の、お貴族サマのせいじゃねぇか」
大男は怒鳴り続けた。俺たちは平和にやっていた、森の中で静かに暮らしていた、それを勝手に奪い取りやがって。
「もう二度とてめぇらの話なんか聞きやしねえよ。絶対に」
それによぉ、と。怒りに口の端を震わせながら、どこか諦めたように言った
。
「俺たちにはもう後がねぇ。お貴族サマ一行に剣を向けた俺たちにはな」
再度、剣を構える男。しかし、今度は動かない。
「お前ら。やれ」
残りの八人が一斉に動く。