4話 門
「……って放り出されて今だものね」
ローズとエルナは顔を見合わせて苦笑いした。
「いくら何でも軽過ぎない? もう少し何というか、色々あるべきじゃないかしら。涙ながらの別れとか」
「ええ、まったく同感です」
ローズは失笑して、馬車の後ろを見る。十台ほどの連なった荷台に所せましと物資が詰められ、ロープで固定されていた。
「それに、多分この物資じゃ足りないわよね」
「おそらく。自分たちの食料だけならかなりの間もつでしょうが」
「そうね。でもまさか……新領地のクレンゲル子爵領がこんなに荒れてるとは思わないじゃない?」
ローズは眉を潜めながらつぶやいた。
見渡す限り湿地。ところどころに見える切り株や倒木、炭化した丸太など、何か人為的なものを感じる荒れ方だった。
「森林地帯だと聞いていたのだけど。魔族側からの斥候がこの森を抜けて来るからって占領したんだっけ?」
「そのはずです。でも、とても森があったとは思えませんね」
地盤は緩み、草木は枯れはてている。三年前までここは森だったんだよ、と言われても到底信じられなかった。
「森を切り開いたくらいじゃこうはならないわね」
頷くエルナ。
ローズは地図を開く。軍部が作った簡易版であり、非常に大まかな目印しか書かれていない。それを頼りにあぜ道のような、道と呼べるかも怪しい道を二人は進んでいた。
「ほんとにこの先に集落なんてあるのかしら?」
――疑問に思うこと数刻。
不揃いな丸太で作られた少し高めの柵に囲まれた集落があった。人の往来もなく、ひっそりと、それでいて湿地の真ん中にある。
湿地の泥の匂いの混じって、かすかに肉を焼く臭いがした。出入口には人の足跡もちらほら見える。
「人は住んでるわ」
両開きの扉らしきものの前にたどり着いたローズたちは警戒を強めていた。
人の住んでいる気配があるにもかかわらず声が聞こえない。物見櫓と思しき高台に人がいない。日中であるにもかかわらず出入口が閉まっている。集落の周囲にバリケードのごとく打ち捨てられているのは荷馬車の残骸だろうか。
明らかに様子がおかしかった。
「賊に襲われた後か……それとも」
ローズは椅子の下から一振りの片手剣を取り出し、鞘から抜いて確認する。鈍色に光るそれは装飾も少なく、実用性のみを重視した一品。しかしよく手入れされ、鍔についた傷と胴に散らばる凹みが戦歴を物語っていた。留め具を外し、ベルトにくくりつける。
エルナは前腕ほどの長さの杖を準備していた。目配せして馬車から降りる。
ローズは拳で集落の扉を叩き、声を張り上げた。
「失礼するわ! どなたかいらっしゃらない?」
少しの間の後、ギギィ、と軋みながら扉が開いた。窓のない、土を盛って固めたような家がぽつぽつとあるのが見える。
扉を開けた男を見る。手には棒に刃先を括っただけの簡素な槍を持ち、頰はこけ、髭は伸び放題だ。服はボロボロで泥のシミが散っている。
「今日付で領主になったローゼマリー・フォン・クレンゲルよ。ここの代表はどなた?」
男は胡乱げにローズを見た。
「……奥だ。ついてきな」
そう言って顎をしゃくり、背を向けて歩き出した。
ローズは歩き出す。エルナもそれに続こうとしたが、ローズはそれを手で制した。
「エルナはここで待ってて。荷台を守っててちょうだい」
「! ですが!」
「大丈夫。何かあったら呼ぶわ」
流し目に軽くウインクして、ローズは歩を進めた。
集落に入ったことを確認した男は、扉を閉め、閂をかけた。
途端、ローズの後頭部に槍を突きつける。ローズは剣に手をかけたまま立ち止まった。
「おおっとぉ、声を出すなよ新領主サマよぉ」
家の背後から次々と男たちが顔を出す。手にはマチェットや斧、弓矢を携えている。
「……穏やかじゃないわね」
後ろの男は変わらず、ローズにピタリと槍を据えて動かさない。
手慣れている。それがローズの感想だった。
「あなたがここの長かしら?」
正面の少し離れた家から出てきた大柄な男にローズは尋ねた。
「ああ、そうだ」
大男はニタァと口の端を吊り上げる。
「悪いなぁ、お嬢ちゃん。普段なら貴族にゃ手は出さないんだがな」
剣先をローズに向ける。
「しばらく滞在する領主サマってんなら話は違う。大人しく従っちゃくれねぇか、『腰抜け令嬢』さんよぉ。そうすりゃ安全だぜ?」
護衛を外に置いてきたのは失敗だったなぁ、とゲラゲラ笑う男たち。
ローズはため息をつき、男を睨みつけた。
「はぁ……。やっぱし穏やかにはいかないわね」
刹那、ローズの後頭部に据えられた槍先が切り落とされた。
「ガッッ……?」
同時に門番は意識を手放し、崩れ落ちた。
次話は9/5夕方に投稿予定です!