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3話 新天地

「ふぅ、すっきりした」


 ローズはいそいそと馬車――といっても馬はおらず、魔法で車輪が動いているのだが――に乗り込んだ。靴の泥を備え付けの布で軽く拭う。それをエルナが呆れた目で見ていた。


「淑女としてどうなんでしょうか」


「何が?」


「外にお花を摘みに出て、最高にすっきりした顔で戻ってくることですよ」


「解放感がすごいわよ? エルナも……」


「絶ッッッッ対やりませんよバカなんですか?」


「仕方ないじゃないギリギリだったんだもの」


「だからって!」


 エルナは窓の外を指さし、顔を赤くしながらまくしたてる。


 

「こんな隠すものがなにもない場所でしなくたっていいでしょう!」


 

 だだっ広い、草木も枯れ切った泥の大地。明らかにぬかるんでおり、平原と言うよりは干潟に近い。

 当然遮るものも何もなく、ローズは馬車の陰で用を足していた。


「だから言ったじゃない『解放感がすごい』って」


「だから何ですか、メリットないじゃないですか」


「気持ちがいい」


「やかましいドヤ顔で親指を立てるな」


 エルナは額に手を当て、立っていられないとばかりに背もたれに全体重を預けた。


「どうしてコレが貴族なんでしょう。身なりがいいだけの田舎娘では?」


「あたらずとも遠からずね」


「否定してくださいよ。まったく……」


「無理無理」


 ローズはぶんぶんと手と首を振った。


「貴族社会より平民社会の方が私には合ってる。兵役サボって平民になってた時が一番楽しかったもの」


「……昨日の顛末を見ていると現実味ありますね……」


「もちろん平民には平民の苦しみがあるけどね」


 家出した後5年も過ごしていれば嫌でも色々見えてくるし、とローズは頬杖をついて窓の外を見た。「動け」の指示と共にゆっくりと馬車が走り出す。


「エルナだってそう思うでしょ? 私がクレンゲル公爵家に戻ってからの3年、一緒に貴族社会にいたんだから」


「と言っても使用人としてですからね、見ている世界は違いますよ。私は生まれが平民階級ですし」


 帝国では、下から平民、官吏、軍人、貴族、皇族の五階級がある。平民であっても帝国軍に仕官し軍人階級となり、幹部になることができれば貴族と同じ扱いを受けることもある。一方で、外国からの移住者や住居を持たない流民のように平民からも差別されうる者、冒険者のように個人で戦う者、市井でつつましく暮らす者も全て「平民階級」だ。

 官吏階級は、つまるところ平民階級の有力者だ。地方の政治を担っている。

 ローズは首を傾けてエルナを見た。


「それでも、よ。貴族社会は息が詰まるでしょ?」


「まぁ、それなりには」


 とはいえ、とエルナは独り言ちる。


「クレンゲル公爵家は『普通の貴族』ではないですし……」


「それは……確かにね」


 ローズは昨日の顛末と、新領地に赴く直前の父親との会話を思い出した。


 ◆


「許せません! 何ですかあの皇族は!」


 パーティ会場を後にし、馬車に乗り込んだエルナは開口一番そうまくしたてた。


「わざわざローズ様を吊るし上げて! 全く!」


「落ち着きなさいエルナ。わかってたことじゃない」


 他の貴族がローズたちを遠巻きにしていたのは、きっと事前に婚約破棄の噂が広まっていたからなのだろう。しかし、あそこまで拡散されておきながら何故当事者のローズがそれを聞いていないのか。


「それにしたって! 全員の目の前で『階級下げ』しなくてもいいじゃないですか! あそこは法廷じゃないんですよ!」


「それはそうだけどねぇ」


 為政は平民の仕事であり、貴族はその監督をするだけでよい。簡単に言えば貴族は「地主」であり、官吏階級の平民が「領主」である。

 ゆえに「領主に任ずる」とは官吏階級への追放、すなわち「階級下げ」である。貴族にとって五本の指に入るほどの屈辱なのだ。

 しかし、家出して五年……人生の四分の一ほどを平民階級で過ごしたローズはあまり気にしていなかった。

 それよりも、不自然な部分が多いことが気になった。


「おおかた、お父様(クソオヤジ)が何かしたんでしょうよ。絶対とっちめてやるわ」

 


 宮廷の門を出て十五分ほど。貴族街の中でもとりわけ利便性の良い土地に建つ大きな屋敷――クレンゲル公爵邸の前に馬車は止まった。


 「おや、ローゼマリー。もう帰ったのかい? 早かったね」


 帰宅と共に玄関扉を蹴り開け、一直線に公爵の執務室に殴り込みをかけたローズ。

 その髪のほとんどが白髪でありながら背筋の伸びた男――クレンゲル公爵は座りながらそう言ってのけた。

 ローズは仁王立ちし、冷ややかな眼差しを彼に向ける。


「お父様……」


 ビキリ、と音がしそうなほど血管が浮き出たローズは、もう限界だとばかりに公爵を問い詰めはじめた。


「一体何したんですか! いきなり婚約破棄なんて言うし! おおかたお父様が皇子のこと煽ったんでしょう⁉」


「うん。そうだよ?」


「なっ……!」


 途端、怒りにきつく握られていたローズの拳から力が抜け、がっくりと項垂れた。


「そんな簡単に認められても……」 


 子供のようにコロコロと笑う公爵。


「まあ、成り行きではあるけれどね」


 公爵はゆったりと指を組んでローズを見る。


「彼が、ある不祥事の責任をわたしに押し付けようとしたんだ。そうした以上、クレンゲル公爵家として後ろ盾にはなれないと思ってね」


 婚約の破棄を決めたのはこちらからだよ、と言ってのける父親にローズは開いた口が塞がらない。


「私の皇族ライフを断ったのはお父様だと?」


「そうだよ」


 キーッ! と地団太を踏むローズ。一切動じず、穏やかに笑う公爵とは対照的だ。


「まあ、丁度いいじゃないか。嫁いでも政治的に強い力が持てるかどうかは運だ」


 それに、と指を立てる。


「お前は帝国を変えるために一度捨てた公爵家に戻ってきたんだろう? 自分で皇帝にればいいじゃないか」


 ぐっ、とローズは言葉に詰まった。

 皇族とは、貴族の中から現皇帝として選出された人間の直系一族のことだ。故に永遠に皇族として身分を保証されることはない。ローズであっても皇帝になることは不可能ではないのだ。

 とはいえ今、ルイスの家であるアウフシュナイダー家は三代続けて皇位を担っている。それだけ信頼が厚い、ということでもある。


「まあ、そういうことだ」


「待ってください、まず不祥事とは何ですか!」


「そのうち分かる」


 公爵は回答をはぐらかした。こういう時は何を聞いても答えてくれない。


「じ。じゃあ! 領主に『階級下げ』したのもお父様の差し金なのですか!」


「ご名答。領地を運営する経験はバカにならないよ。帝国では(ないがし)ろにされがちだけどね」


 何より、と言葉を切る公爵。


「クレンゲル公爵家は今後少し厳しい立場に置かれるからね。愛娘は遠ざけておくのが賢いんだよ」


「そんな不穏な」


「貴族社会じゃよくあることだよ」


 そんなわけで、とニコニコしながら。彼はとんでもない爆弾を置いていった。


「新領地運営に公爵家は大して力添えできないから、頑張ってね」


「え?」


「ついでに今後、ウチにも、兄妹ともしばらく連絡とっちゃダメだよ? 政治基盤が安定するまでは危ないからね」


「え??」


「早く出た方がいい。自分の身は自分とエルナで守れるね?」


「え???」


「準備は進めてあるから。少ししか力にはなれないけど、無いよりはマシだろう?」



次話は9/4夕方に投稿予定です!

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