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2話 ご飯と左遷は突然に②

 今壇上で演説をしているのはクーディタス帝国第三皇子、ルイス・フォン・アウフシュナイダー。ローズの婚約者その人だ。

 その場にいたすべての人々が注目せざるを得ないカリスマ。現皇族の血筋を感じさせるその身のこなしは貴族の心を引きつけ、自然と敬意を払いたくなるような不思議な魅力を放っていた。

 これからの軍事作戦を前にして彼から激励の言葉が飛ぶ。会場の熱気がローズの肌をぬるりと撫でた。


「そして今、皆に話さねばならぬことがある」


 場がいっそう静まり、空気が張り詰める。

 ルイスがこちらを向いた。瞳の奥が冷え切っているのが遠くからでもわかる。


「ローゼマリー・フォン・クレンゲル。前へ」


 人の壁が割れる。

 やっぱりか、とローズは心の裡でげんなりした。仕方がないので黒い絨毯を歩き寄る。


「御前に」


 胸に手を当て、ローズは跪く。エルナもそれに倣って少し後ろに控えた。


「皆も知っておろう! この私とローゼマリー嬢が婚約をしていたことを!」


 彼の声だけが響く。

 彼は無表情に彼女のことを一瞥した後、周囲に向かって語りだした。


「私はこの国の安寧を思い、わが帝国を支えるクレンゲル公爵家との婚約を受け入れた。しかしどうだ! 当の婚約者は国のために戦いもせず、保身のために貴族の義務を怠る愚か者であった!」


 それに加えて、と。

 彼はローズに無造作に近寄り、彼女の銀の髪をひと房掴んだ。


「この銀の髪だ。まさしく無能の証。魔法もろくに使えぬ木偶(でく)の証よ」


 取り巻きがせせら笑う。それがさざ波のように伝播し、視線が徐々に強くなっていく。

 


 銀髪は魔法が使えない。原因はわからないが、それが人類の通説だった。

 


 周囲から投げられる視線が強まる。断罪せよ、と訴えている。

 人間の歪んだ「正義欲」がルイスによって解き放たれるのをローズはひしひしと感じていた。


「私はこの帝国を導く者だ。ゆえに今一度、皆に問おう」


 確信をもって、ルイスは会場に問うた。


「わが生涯の伴侶に、この腰抜けはふさわしいか?」


「……否!」


 取り巻きの男が下卑た笑みを張り付け同調する。それを皮切りに、次々と同調する者が増えていく。


「この女を国母として迎えてよいか?」


「「否!」」


「我はこの契約を維持すべきか?」


「「「否!!」」」


 やがて声は怒号となった。

 表立ってローズの味方をする人間は誰もいない。出来るわけがない。それほどまでに強烈な同調圧力が場を支配していた。

 ルイスは手を上げ、場を鎮めた。


「よろしい」


 笑みを深くし、声を張る。


「面をあげよ! ローゼマリー!」


 ゆっくりとローズは顔を上げる。



「ではここに、ルイス・フォン・アウフシュナイダーとローゼマリー・フォン・クレンゲルの婚約破棄を宣言する!」

 


 雷鳴のごとき喝采が会場を埋め尽くす。

 後ろから、ギリ、という音がかすかに聞こえる。エルナはこの集団リンチに我慢ならないのだろう。


「私は寛大だ。このような無能にも新たな任務を授けようというのだから」


 相も変わらずさわやかな好青年を演じるルイス皇子。会場がどよめく。

 その顔が、一瞬だけ嗜虐に歪むのをローズは見た。


「そなたには新領地を下賜し、『領主』となれ……名誉なことだろう? 我々帝国軍が勝ち得た土地だ。存分に治めろ。励め」


「! ルイス殿下、それは……」


「お前に発言を許可した覚えは無いぞ。使用人。主人が主人なら使用人も使用人だな」


 冷笑にさらされたエルナが歯噛みする。


「魔法も使えず前線にも出ようとしない人間など裏で泥仕事をさせておけばよい。異論は認めぬ」


 つかつかとローズに歩み寄り、顔を近づけるルイス皇子。彼は右手に魔法陣を展開し、そのまま自分とローズを包んだ。遮音の魔法だ。


「私と対等に話せるのはこれで最後だ、ローゼマリー。言いたいことがあれば聞いてやろう」


「……お傍にてお仕えできなかったこと、まことに残念でした。将来のご婦人との人生に幸多からんことを」


 淡々と、最低限の礼儀を忘れないことだけを意識して話す。

 ローズにとっては予想できた話だった。婚約自体に政治の色が濃かったうえ、征服欲の強い皇族の妻に自分が向いていないことは分かっていた。ただ、都合よく父親の提案に乗っただけだ。

 思っていた反応と違ったのだろう。破棄をすんなりと受け入れたことにルイス皇子の片眉がピクリと上がる。


「ハッ、負け惜しみか?」


「いいえ」


 この期に及んで醜い、と言わんばかりにルイスはローズを笑う。が、その間もローズは視線をルイスにぴたりと据えたまま外さない。これまでの演出がまるで堪えていないかのような態度に、彼のいらだちは最高潮に達した。顔をより近づけ、囁く。


「……気に入らぬ。全くもって気に入らんぞ、ローゼマリー」


「……」


「兵役から逃れたのみならず、銀髪の無能者。まさにお前と婚約した事実はわが人生の汚点なのだよ。我にとってはな」


「……」


「何よりもその目、私に従う気のないその目だ。不愉快極まりない。父親に感謝せよ、爵位がなければ切って捨てているところだ」


「……」


「だんまりか」


「発言の許可がございません」


「ならば答える事を許そう。其方は何故、我が妻の座を望んだのだ」


「……あまり、あけすけに聞くものではないと存じますが?」


「構わぬ。答えよ」


 ローズは軽くため息をついた。顔に出してないだけとはいえ、不快であることに変わりはなかった。少し投げやりになっていたのもある。

 だからこそ、本音を叩きつけた。


「私には理想がございます。その影響力が欲しかったのでございますよ」


「ほう? 理想とは?」


「戦いを収め、民に生きる機会を与え、万人が良い食事にありつける世界を見る事でございます」


「……父上の治世に不満があると?」


 皇子の額に青筋が立った。強い力で顎を掴まれる。


「世迷言をぬかすな。戦も知らず、貴族でありながら魔法すらも使えぬ分際でよくもぬけぬけと」


「……そう見えるでしょうね。ですが、絶対に今の治世は間違っている」


 ローズは静かな決意を秘め、ルイスを見た。

 


「願わくば――次の皇帝の座には私が座りたいものです」

 


 ルイスは一瞬きょとんとした後、静かに笑い始めた。


「くふ……くははははははは!」


 ひとしきり高笑いをした後に、彼は物分かりの悪い子供をバカにするように半眼になった。


「全く……人望も実力もない其方が皇帝だと? ユーモアのセンスも皆無とは……ローゼマリー、其方が何と呼ばれているか教えてやろう」


 小馬鹿にして囁く。


「『腰抜け令嬢』だ。世間を知らず、ぬくぬくと過ごしていたお主にぴったりであろう?」


「存じておりますよ。ただ……私がそれを認めたことは一度もございません」


 ローズの言葉を鼻で笑うと彼は立ち上がった。遮音の魔法を解除し、高らかに宣言する。


「ローゼマリー・フォン・クレンゲル。この場は国のために身を粉にする者が集う場所だ。もはや其方にその資格はない。即刻立ち去るがいい」


「……御心のままに」


 そう言い残し、ローズとエルナは会場を後にした。


次話は明日9/3夕方投稿予定です!

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