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10話 炊き出し

「ということで第一回領地運営会議を始めます。拍手」


 ローズはいかめしい顔を作り、先ほど叩き起こされたことなど無かったかのように厳かに告げた。参加者二名からぱらぱらと拍手が起こる。


「とりあえず今後の方針を決めようと思います」


「方針たってなあ。俺たちは毎日生きるのさえギリギリだ。新しく何かするような余裕はねえぜ?」


「ギリギリっていうのは?」


「食いモンだ。ちょこちょこ襲ってくる魔獣の肉と臓物以外にロクな食いモンがねえ」


「なるほど……エルナ、持ってきた食料でどれくらい賄える?」


「魔法で保存してはいますが、味を落とさずに食べられるのは2か月ほどでしょうか」


 ローズは考え込む。


「その間に何か……他との取引材料か、商品が要るわね」


 とはいえ、現状から見て商取引できるようなものはこの集落にない。あるとすれば武力だが、食事もろくに取れないこの環境下で人を動かすのはリスキーだ。ローズは頭を掻いた。


「冒険者協会に話を通してみては?」


 ローズは思い切り顔をしかめてエルナを睨む。


「エルナ、忘れたの? 私たち師匠(じーさん)の招待を蹴ったのよ?」


「あれは仕方ないでしょう。あの事件がなければローズ様は貴族に戻らなかったでしょうし」


「それはそうだけど。師匠(じーさん)に睨まれた私たちに協力してくれるかしら……」


 とはいえ八方ふさがりなのも事実。ローズは頭の片隅に『冒険者協会へ連絡』とメモした。


「ま、考えていきましょう。とりあえず集落のみんなに『領主』として信頼してもらう必要があるわ。ゲルベルト、早速だけど協力してくれる?」


「……分かった。何をするつもりだ?」


「決まってるじゃない」


 ローズは腰に手を当てて胸を張った。


「炊き出しよ!」



 ◇



 集落の中央にある広場。そこにエルナ魔法謹製(きんせい)の大きな鉄鍋が据えられ、持ち込んだ野菜の山がローズの隣に積まれている。日は傾き、朱に輝く雲と藍の空が鍋に映える。

 ローズは髪を後ろにまとめ、小刀を片手に仁王立ちした。


「消化しやすいモノがいいわね」


 少し顎に手を当てて考える。ろくに食にありつけず、胃腸機能の低下した人々の腹を安全に満たすにはどうすればいいか。


「......うん、これにしましょう! お手軽だし!」


 ローズは手始めに、玉ねぎとニンジン、ジャガイモ、カブを2C(セチ)大に切り刻み、鍋の中に放り込む。さらに先程川から汲み、沸騰させ粗熱を取った水と共に、ボトルに保存していたコンソメスープを盛大に注ぎ込む。


「エルナ、中火でお願い」


 エルナはこくりと頷き杖を振る。


熱の界(ムンドゥスカローラ)集積し多動せよアクムラエトファクティイパラクティブ


 ボッ、と鍋の下にある薪に火がつく。

 やがてふつふつと鍋が煮え始める。ローズはその間に切ったベーコンの塊を鍋に放り込み、ぐるぐるとかき混ぜ始めた。

 ブイヨンの豊かな旨味を思わせる香りが集落に満ちる。その匂いに惹かれるように、数人の子供が鍋の周りに寄ってきた。

 親が引き止めようとするが、ローズの隣に座るゲルベルトが無言で手招きしている以上強くも言えず、大人も集まってくる。

 数十分後。ローズは料理を少し掬い、味見した。野菜の旨みが舌を包む。


「……うん、我ながらよくできてるわ」


 そして高らかに宣言した。


「ローズ領主お手製の雑多ポトフよ! 今後私に協力してくれる者だけ食べなさい!」


 そう言いながら、ローズは底の深い皿にポトフを森、ゲルベルトに差し出した。

 ゲルベルトは意を決したようにローズのポトフを手に取り、思い切ったように口の中に入れた。

 途端、目を見開く。フォークを次々と具材にさして無言ほおばり始める。


「……お代わり」


 少し憮然として、ゲルベルトはローズに皿を差し出した。

 ローズはにんまりとした笑みを湛えながらそれを受け取り、優しい声色で言う。


「勢いよく食べたらだめよ。いきなり胃に溜めるのは体に悪いわ。ゆっくり、染み渡らせるようにして食べなさい」


 それが決定的だった。ゲルベルトのお代わりを皮切りに子供が我先にとポトフを奪うように取り、続いて男衆が我慢ならないというように並びだした。最初は止めようとしていた女衆も諦めてその隣に並び始める。

 そして、ポトフを一度口にした人々は例外なく、ひたすらに頬張った。中には長いこと食べていなかった新鮮な野菜の味に涙する者もいた。

 みるみるうちに鍋からポトフが消えていく。最後のジャガイモが鍋から消えた瞬間、他の人々があからさまに落胆した顔を見せたのをローズは見逃さなかった。


「まだ食べたい?」


 全員の目がギラりと光る。


「今すぐに、とはいかない。でもきっと、毎日たらふく食べられるようにして見せるわ。そのために……みんな、私に協力してくれないかしら?」


 戦に赴くほどの覚悟を秘めた(とき)が開けた朱色の空に響き渡り、溶けて消えた。


 すっかりローズに胃袋を掴まれた人々は、穏やかな笑みを湛えて各々の家へと戻っていった。彼らにも明日の仕事はある。英気を養い、また生きるのだ。


「見直したぜ、お貴族サマよお。あれだけ幸せそうな野郎共の顔を見たのは久しぶりだ」


 感慨を噛みしめるように、ゲルベルトはローズに握手を求めた。ローズも固く握り返す。お互い、不敵に笑った。


「そういえば、1つ気になることがあるんだけど」


「なんだ」


「この集落、最初からこの場所に作ったの?」


 ローズは疑問に思っていた。と言っても少し気になる程度だが。

 ゲルベルトが言うには、元の密林で彼らが住んでいたのは()()()()だという。だが、この集落にある家は全てドーム様の()()()なのだ。それも魔族の襲撃を想定し、出入り口と窓を少なくするという機能的な家であった。

 建材が違えば建築方法も異なる。彼らにそのノウハウがあったとは思えない。それに……


「ここの家、敵から襲われることを想定してるわよね。この知識はどこから……?」


 そう。窓が少なくその直径も小さいこの集落の家は、襲撃の際に最後の盾となることを意識しているように感じる。


「ああ、それは俺たちに協力してくれた爺さんがいたんだ。物知りな人でよ。銀髪だったからアンタとも話が合うんじゃねえか?」


 ピクリ、とローズの方が動く。


「……どんな、見た目の人?」


「ん? 小柄で髭もじゃ、いつも茶色のローブを羽織ってる人。結構年食ってる割に動きが早くてな。気が付いたらすーぐどっか行っちまうんだ」


 そんでいつの間にか集落の中に戻ってんだよなあ、何してんだあの人、としきりに首をひねるゲルベルト。その一方でローズは滝のように冷汗を流していた。


「どうした?」


「いえ、何でもないわ」


(まさか、まさかね……)


 アハハ、と笑うローズは、次の瞬間総毛立った。

 



 かつてない殺気が、ローズの背後から投げられていた。

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