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お嬢様は言葉にうるさい!  作者: はるか
第1部 お嬢様、漁船に乗る
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八、 本当にそれだけですか?

「それで、どうしてレオンは髪を染めたの?」


 今朝、部屋を出て真っ先に目に飛び込んできたのは、レオンの髪だった。いつもの青みがかった白髪が、ミルクチョコレートのような色になっていたんだから。


「帝国で僕のような白髪は、目立つのです。ラリサお嬢様の黒髪も希少ではありますが、僕まで人目をひいてしまっては、お嬢様を危険にさらしかねません」


 おそらく茶色に染めようとしたけれど、白髪の影響が強くて「ブラックチョコレート」にはならなかったのね。


「レオンのきれいな白髪、好きだったんだけどな」


 レオンは照れたのかフォークを持つ手を止めた。


「またいずれ、お目にかけることもあるかと……」


 宿が用意してくれた朝食は、とてもおいしかった。特にフルーツが、甘みが深くて気に入った。野菜も食べたことのないものも多かったけれど、どれも新鮮だった。


「私も、染めてみようかしら」


「それは、ダメです!」


 シーナの即答に、レオンも大きくうなずく。


「どうして? 私も目立たない方がいいんじゃないかしら。ただでさえ宝島から来た性悪令嬢なんだから、素性が知られてしまったら居づらくなるもの」


 それに、シーナと同じ赤に染めたら姉妹みたいになれるかも。


「そんな言い方、なさらないでください……」


 レオンの金色の瞳が、暗くなる。


「もしお嬢様の素性がばれたとしても、染めるのはダメです!」


 シーナはそう言って、次々とフルーツを口に入れた。


「どうしてダメなの?」


「私がお嬢様の髪、大好きだからですっ」


「あ、そうなのね……。ありがとう」


 言ってみたものの、自分の黒髪は気に入ってはいた。


「じゃあ、シーナみたいに短めに切るのはどうかしら? 気分転換になるだろうし」


「それも、ダメです!」


「一応聞いておくけど、どうして?」


「私がお嬢様の髪が好き……」


「わかった、もうわかったわよ」


 ちゃんと見てみると、レオンのミルクチョコレート色の髪も悪くないかも。


「その色も、似あってるわよ、レオン」


「褒めていただき、光栄です……」


 またレオンは頬を染め、うれしそうに微笑んだ。



 朝食後の紅茶が運ばれてきた。立ち上った香りがどこかスパイシーで、これもリホンにはないものだった。


「この後、当面のものの買い出しに行ってまいりますから、お嬢様はお部屋でゆっくりお過ごしくださいね」


「私も行くわ」


 二人が同時に紅茶から目を上げた。


「すぐに戻りますよ?」


「それならレオンにお願いできないかしら。この辺りの治安がいいか、まだわからないからシーナ一人では行かせられないわ」


「そうお考えなら、護衛のレオンはラリサお嬢様から離すわけにはいきません。それに、レオンにお嬢様の身の回りのものを買ってこさせるのはちょっと難しいかと」


 たしかに、女性用品もあるだろうしね。


「じゃあやっぱり、みんなで行きましょう。このベリーって町がどんなところか、当分ここで暮らすんだし、知っておきたいわ」



 二人は提案をしぶしぶ受け入れてくれた。でも私は、シビリテルって家名は名乗り続けていいと許されているものの、実質除名されているんだもの。もう平民と変わらない。だから、いつまでも深窓の令嬢でいるわけにもいかないわ。


 シーナのすすめで、外出には持ってきた中で一番つばの広いぼうしを選んだ。これなら、黒髪が目立たないものね。


「自由に歩けるって、いいわね」


 はしゃぐ私に、レオンとシーナが必死に付いてきてくれるのが、楽しい。こんなこと、リホンでもしたことがない。


「この深い緑のショール、シーナの赤い髪に合うわね」


 こうやって露店を見て回るのも、幼馴染なのに初めて。

 落ち着きがないって叱られることも、もうないのよね。幼稚に声を出して笑っても、シーナとレオンは笑ってくれるだけだ。


 さすがブリンス帝国。オイル専門店に入って驚いた。閉鎖的なリホンとちがって上質のものが安価で並んでいる。


「シーナ、このオイル、とってもいい香りよっ」


 これは、ジハンク王国産なのね。こんな珍しいものが平民でも買えるなんて、すばらしいわ。


「ほんとだ。どこか甘い香りがします……」


 店員さんが、私とシーナの手の甲にそれぞれ一垂らししてくれた。テクスチャーも、トロッとやわらかくていい感じ。明日にでも髪に使ってみよう。こちらの水は硬質だったから、パサパサになりやすそうだからね。


「レオンも、かいでみて?」


 オイルの付いた手を差し出すと、レオンはそっと指先に触れた。


「失礼いたします」


 そして目を伏せ、私の手にキス……なんてすることはなく、形良い鼻を限りなく近づけた。


 あれ、私、今ドキッとしちゃった。


 こんな貴族がするようなこと、レオンにしてもらったことなかったからかな。レオンは紳士だけれど、近年はどこかいつも私に一線をひいている気がする。出すぎないように、でも足りないなんてことがないように、細心の注意をはらってる感じ。でも、帝国に来てからはなんだか……。


「僕も好きです、この香り」


 かつてオスカー殿下に何度も挨拶として口づけられた私の手。そっとなでて、オイルをのばす。


「お嬢様、いくつ買いましょう?」


 シーナはすでに、両手いっぱいにオイル瓶を持っていた。


「とりあえず二瓶くらいでいいんじゃないかしら……」


 こう答えたのに、結局は四瓶も買い込み、店をほくほく顔で出た私達。


「さぁ、今度はどこにまいりましょうか?」


 オイル瓶が入った紙袋を抱きしめ、シーナも上機嫌だ。



 その時、声がした。


「お嬢ちゃん達じゃないか」


 もうすでに懐かしく感じるリホン語に、振り向く。


「あなたは、昨日の……」


 そこに立っていたのは、私がリホン王国から乗せてもらった漁船の船長だった。


「ダニエルだ。ダニーって呼んでくれ」


 今日は漁師の仕事はないのか、無精ひげと一つに結わえた長髪は変わらないけれど、昨日より身なりがいい。


「お嬢様に、何かご用でしょうか?」


 警戒しているのか、レオンがスッと私の前に立ち、ブリンス語で尋ねる。


「リホン人なのにブリンス語できるのか。うれしいなぁ」


 レオンは、元ブリンス人だから話せて当たり前なんだけどね。


「そういうあなたこそ、リホン語がお上手ですね」


 レオンも、わかったようだ。ブリンス人に限らず、外国人でリホン語ができる人は、特に平民ではほとんどいないはずなのだ。ダニーさんは、ただならぬ人ということになる。


「俺は漁師の他にも輸入業もやってるんだが、宝島と商売するには、リホン語ができないと交渉できないだろ? ガキん頃から親父の船に乗っけてもらってリホンに行く度に、必死で聞いて覚えたんだよ。だから読み書きはからっきしなんだけどな」


 荒っぽいし癖があるとはいえ、ダニーさんのリホン語は完璧だった。


「ご苦労なさったのですね」


「生きていくためだからな」


 私の言葉に、ダニーさんは歯を見せて笑った。


「お嬢ちゃん達、よかったら街を案内するぞ。これでもあちこちに顔が利くんだ」


 私とシーナは顔を見合わせる。帝国まで連れてきてくれた船の船長とはいえ、知り合ったばかりの人だ。


「何が目的ですか?」


 そう冷たい口調で言い放ったレオンにも、ダニーさんは朗らかだった。


「お嬢ちゃん達といたら、楽しい一日になりそうだと思っただけさ」


 レオンが警戒するのも無理はない。ダニーさんは、リホン王国の使いから急遽頼まれて私達を船に乗せたんだから、何か思惑があると疑わずにはいられない。


「本当にそれだけですか?」


 ダニーさんはレオンにフッと笑った。


「まだ身分証作ってないだろう? これからないと困るぞ。まずは役場まで連れてってやるよ」


 うっかりしていた。

 そうだ、旅行で来たわけじゃないんだから、身分証がなければ帝国ではやっていけない。


「後で行くつもりだったんですっ」


 シーナがたどたどしいブリンス語で言った。


「場所はわかるのか?」


 シーナに応えるように、今度はブリンス語で話すダニーさん。


「それは……」


「ダニーさん、ご迷惑でなければお願いします」


 二人はまだ不信感を前面に押し出していたけれど、街に一人くらい知り合いがいた方が、これからを考えると心強いはずだ。


 こうして私達は、彼について行くことになった。


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