表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お嬢様は言葉にうるさい!  作者: はるか
第1部 お嬢様、漁船に乗る
7/42

七、 自分の人生の、主人公になるの

「宿はどちらですか?」


 レオンだって疲れているはず。それに重くはないか聞こうとしたけれど、彼のふんわりとした微笑みが私の口を黙らせてしまった。


「この道をまっすぐいったところです」


 シーナが走ってきた道を指さす。



 行き交う人々が、私達を見ている。

 きっと、私の黒髪がめずらしいからだ。それに、レオンの雪のような白髪も。ブリンス帝国でこんな髪色の人は、ほとんどいないと本で読んだことがある。


 あ、そうじゃなくて、こんな夜に私が抱き上げられているからかな。

 私達の荷物は、港の下人に頼んで後から宿に届けてもらうことになっている。



「そんなに外国って感じ、しませんね」


 シーナの言うとおり、街並みはリホン王国とそれほど変わらなかった。白を基調とした壁の建物が多い。ただ、至る所に街灯が赤々と灯り、それらはオレンジ色に見えた。そして、街の人達の女性の髪形が、リホンとは流行りがちがうのかダウンスタイルかハーフアップの人がほとんどだった。リホンでは、貴婦人のほとんどが長い髪を編みこんだアップスタイルが主流だったからね。


「ここですっ」


 シーナが案内してくれたのは、この辺りで一番大きな宿屋だった。見るからに高級宿で、出入りしている人達もみんな華やかで洗練された身なりをしている。


「大丈夫なの?」


 私の小声に、シーナは首をかしげる。

 これまでは、私のお小遣いだけでも何なら宿屋の建物ごと買えるほどだったけれど、今後もそうはいかないことはいくら箱入り娘の私でもわかる。

 私が今しているのは、旅行でも避暑でもなく、移住なのだ。

 生活は息を引き取るまでつづくんだから、慎ましく暮らさなければ立ち行かなくなる。


「大丈夫ですよっ。いざとなったら私が働きますからっ」


「僕もです」


 曇り一つない二人の瞳に、疲れた足がもっと重くなる。

 ちゃんと、考えなきゃ。

 呑気におしゃべりなんてしてる場合じゃない。



 その夜、夢を見た。


 これまでは、ベッドに入ったら死んだように眠っていたから、夢を見るなんてことほとんどなかった。

 長い夢だった。

 暗闇の中で、一人の少女がこっちに背中を向けて本を読んでいた。

 長い黒髪をおさげにし、前のめりになって読みふけっている。


 直感的に、この子は私だと思った。


「何を読んでいるの?」


 後ろからそっと尋ねても、振り返ってはくれなかった。


「物語かしら? おもしろい?」


 いろいろと聞いてみるものの、やっぱり返事はない。私である少女は、黙々と本を読み続けた。


「タイトルくらい、教えて」


 そう言って少女の前に回り、本の表紙に目をやる。


「『真実の愛に敵はなし』?」


 その瞬間、辺りが今度は真っ白になった。

 そして、本のストーリーが四方八方に映像となって流れ出した。


「オ、オスカー殿下?」


 真っ先に出てきたのは、元婚約者だった。


「リリー様まで……」


 二人はすぐに寄り添う。それを物陰から見ている者がいた。


 私だった。


 私は数々の意地悪をし、リリー様を困らせた。けれど、それが殿下との恋を燃え上がらせた。


「私、性悪令嬢というより、悪役令嬢だったのね……」


 頬に、涙がつたう。夢なのに、とても冷たかった。


「それで、あの卒業記念パーティーがクライマックスだったってわけなのね」


 あの婚約破棄宣言は、起こるべくして起こった、ということなのかな。

 それとも、そう思いたい私がいるからこんな夢を見ているのかな。


 何にしろ、神様。

 こんな夢、今見させるなんてひどいわ。

 思い出すだけで涙腺がゆるむようなあの出来事を、また体験させるなんて。


 それに、もし私がこの物語の悪役令嬢なら、もっと早く夢に見せてくださればよかったのに。

 そうすれば、自ら婚約を破棄……いいえ、そもそも婚約なんてしなかった。

 あんな思いするくらいなら、オスカー殿下と出会わないように全力を出したのに。

 目の前には、私は断罪した後、結婚式を挙げる二人の様子が映っていた。


「ほんと、お似合いのお二人ね」


 そして私は、現実と同じように国外追放されていた。物語のナレーションでは、「ラリサがその後どうなったかは、誰も知らない」となっていて、思わずフッと笑ってしまった。




「ラリサお嬢様、おはようございますっ」


 目を開けると、知らない天井。

 あれ、あの黒髪の少女は最後、どこにいったんだろう。気が付いたら消えてしまっていたけれど。


「おはよう、シーナ」


 あんな夢を見た後だったけれど、不思議と体は軽かった。


「お顔を洗うお水、くんでまいりましたよ」


 持ってきてくれた鏡を見て、「あっ」と声を出してしまった。

 そっか、ここにいるんだ。


「今日もいいお天気ですよ」


 シーナの弾む声。

 お日様のように赤い髪のシーナがいれば、私はいつだって晴れ女ね。

 洗面器にそっと手をひたす。

 水が、リホンとは質がちがうのね。こっちのは、少し硬い感じ。


 昨日は宿に着いたのが夜遅かったのもあって、それに疲れすぎて空腹も感じないほどだったけれど、シーナに何か入れないと体に悪いと説得されて、レオンが買ってきてくれたサンドイッチを食べたんだっけ。


 思えば三人でテーブルを囲むなんて、八年ぶりかもしれない。

 子どもの頃は、お母様のまねをしてお茶会ごっこに付き合わせたんだ。

 でも、王太子殿下の婚約者になってからは、侍女長に止められてしまったっけ。


「レオンは?」


「この部屋の前で待機しておりますよ」


「入ってきてもいいのに」


「貴婦人の部屋に入れるわけにはいきませんよ」


「もうそんなこと、気にしなくてもいいのに」


「私じゃなくて、レオンが気にしてるんですから、ご理解くださいませ」


 顔を洗い、持ってきた中で一番地味なドレスに着替える。


「今日はどんな髪型にしましょうか? 帝国での新生活一日目ですからね。気合い入れましょっ」


 鏡台の前に座ると、シーナはそう言って私の黒髪を櫛ですきはじめた。


 新生活、一日目、か。


「今日はこのままで」


「このままって、結わないってことですか?」


 ヘアセットは、シーナの一番の得意分野なのだ。


「ハーフアップでもいいかもしれない」


 昨日、港からレオンに抱かれながら眺めたブリンス人の女性達は、みんな髪をおろしていたのだ。アップスタイルは、一人も見当たらなかった。平民がそうしているということは、ファッションリーダーであるこの国の貴族の間で流行っているんだろう。


「では、サイドを編みこんで、そしてハーフアップにしましょっ」


 何としてもシーナは凝った髪型にしたいようだ。


「じゃあ、それで」


 見慣れない髪型だけれど、悪くなかった。これで私も、ブリンス人に紛れ込めるかな。



 それにしても、昨夜の夢は何だったんだろう。

 結局私は脇役でしかなく、私から見てもつまらない登場人物だった。


「お嬢様、ご機嫌でございますね」


 シーナの声に、鏡の中の自分を見つめる。ほんとだ、笑ってる。


「これからは自分が主人公になれたらいいんだけど」


 間が悪い私は、きっとこれからも誰かを困らせたり傷付けたりするんだろう。でも、もし物語にするならば、今度は読者が心を寄せてくれるような、魅力的なキャラクターになりたい。


「主人公、ですか?」


 その第一章のタイトルはきっと、「お嬢様、漁船に乗る」よね。つかみはばっちりなんじゃないかしら。


「そう、自分の人生の、主人公になるの」


 公爵家っていう家の力があれば、どんなことでもできると思ってたけど、今ならもっと自由にできる気がした。不安は、大きいけどね。



 髪のセットが終わったその時、見計らったかのようにノックの音が聞こえた。


「ラリサお嬢様、朝食の用意が整ったそうです」


 まだ少し疲れた顔をしているし、公衆の面前で食事をするなんて面倒くさいな。部屋に持ってきてもらおうかな。


「さっ、ラリサお嬢様、まいりましょう」


 けれど、シーナの笑顔につられ、気が付いたら部屋を出ていた。そっか、私、もう食事のマナーなんてそんなに気を付けることないんだ。疲れた顔をしてたって、おいしく食べられたら食事はそれでいいんだ。


「ラリサお嬢様、おはようございます」


 レオンの静かで、そしてあたたかい笑みが待っていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ