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お嬢様は言葉にうるさい!  作者: はるか
第1部 お嬢様、漁船に乗る
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五、 船の手配が整いました

 レオンには、私がリホン語を教えた。

 絵を描いたりジェスチャーをしたりの試行錯誤を繰り返しながら教えるのは、なかなか楽しかった。新しい文法や語彙を学ぶ度に、一つ、また一つとレオンは自身の気持ちや感じたことを話してくれ、それが私にはうれしかった。


 最初の数年こそたどたどしかったけれど、今はもうすっかりネイティブと言ってもおかしくないほどになったレオン。まともな教材もなかったのに、よくもここまでになったものだ。


 そして私は、まさかこんな国外追放なんて事態を予測していたわけじゃなかったけれど、小さい頃から暇を見つけてはレオンからブリンス語を習っていた。おかげで、ブリンス語は私の一番得意な言語だ。そして、私はこっそりとシーナにも教えた。この国では、侍女でブリンス語の日常会話ができるなんてことは、変わり者でしかないのだ。でも、お父様には話していてよかった。だから私が国を離れる共として、お父様はシーナの同行を許したのだ。


 世界的に見ても言語の中で一番難しいとされるリホン語。

 掘れば宝石の出る山々と、資源エネルギーが豊富なことから貿易において有利な我が国は、あ、もう我が国じゃないんだけど、リホン語ができる商人としか関わらない。


 けれど、自国至上主義な国民は他国に留学する者は変人とみなされ、する気がある者がいてもそれが許可されるのは限られた人だけ。結果、リホン語のネイティブ教師は公には存在しない。もちろんリホン王国国内には、リホン語学校なんてものはない。その上、他国からの留学生や役人も最小限しか受け入れることはなく、外国人がリホン語を習うには、誰が作ったか定かではないのに希少であ高価なリホン語テキストを手に入れるか、ツテを使ってリホン王国関係者に教わるしかなかった。


 こんな国だから、国民が他言語に触れる機会はほとんどなく、また興味も抱くこともなかった。私は将来の皇太子妃だったからこそいくつかの多言語を習得したけれど、隣国であるブリンス帝国のブリンス語だって話せる民はほぼいない。


 何様?


 と、国に対して思う。


 そうまでして、他国と親交を深めるのを拒否するなんて、愚かにもほどがある。

 今はまだリホンには何百年分もの鉱山や資源エネルギー、そして宝石があると言われているからいいものの、いつか尽きる日が来たらどうするのだろうか。それに、これから他国で大きな油田などが見つかったら、もうリホン王国なんて閉鎖的な国、世界は相手をしなくなる。まだそれならいいけれど、戦争にでもなったら小さな島国は大変だ。


 これはお父様も同じように考えていたことで、もっと国を世界に開くべきだと度々主張していた。けれど、やはり保守的な反対勢力が強く、お父様は国王陛下に指名されたゆえに宰相をしていたけれど、その地位もいつも綱渡り状態だった。


「すまない」


 公爵家を出る時、お父様はつぶやくようにそう言った。


「お父様、心から尊敬しております」


 詳しいことはわからなかったけれど、いつもお父様が戦っていることは知っていた。執務室でペンを走らせる姿を見るのが、子どもの頃から大好きだった。


 お父様は「ありがとう」とだけ言い、最後に一つ、古ぼけた茶色い包みを手渡してくれた。


「帝国に着いて、落ち着いたら開けなさい」


 何だろう。でもきっと、大切なものだ。

 私はシーナに言って、大きなかばんの奥底に大事にしまってもらった。

 

 もう漁船からリホン王国は見えなくなった。


「お嬢様、あちらをご覧ください。今、トビウオが見えましたよ」


 大好きなシーナ。

 突然のことだったのに、もう家族に二度と会えないかもしれないのに、「お嬢様に選んでもらえてうれしい」と言ってついてきてくれた。

 私はとことん家族や幼馴染には恵まれているな。それ以外とのギャップが激しすぎてこんな事態だけれど。


 それにしても、なんで私だけこんなに船酔いするんだろう……。シーナも平気なようだ。

 そもそも、ほんとは漁船になんて乗るはずなかった。王城が手配したそれなりの客船で海を渡るはずだったのだ。


「ラリサお嬢様、よろしければつかまってください」


 フラフラする私の横で、レオンが逞しい腕を突き出す。私が学園にいる間、レオンはうちの騎士団に稽古をつけてもらい、公爵家の騎士団長にも匹敵する実力をつけたと聞いている。だからこそ、この私の逃避行にお父様はレオンが同行することを許したんだけど。


「じゃあ、お願いしようかしら……」


 その瞬間、船が大きく揺れて、私は飛びかかるようにレオンの胸に抱きついた。


「お嬢様、すみません」


「なんでレオンが謝るのよ」


「許可なくラリサお嬢様に触れてしまいましたから……」


 ゆっくりと、レオンから体を離す。なんだか恥ずかしくなってきちゃった。


「ラリサお嬢様、あっちにいるの、イルカですってー」


 シーナは安定のマイペースぶりを発揮してくれていて、この非日常のよりどころのように思えてならない。


 どこか、どこかに座りたい。

 でも漁船にそんなスペースあるわけもなく、私達は帝国の港に着くまでの半日の間、立ち尽くすしかなかった。


 さて、そろそろ説明しよう。

 私達が漁船に乗っているわけを。


 それは、かんたんな理由だ。


 乗るはずだった客船の出発時間に、公爵邸を出た時に乗った馬車が間に合わなかったのだ。


「荷物が重すぎるようで、馬がばててしまったみたいです……」


 御者はそう言って、馬をしばらく休ませなければならないと馬車を止めた。


「全部必要なものなんです!」


 かばんをいくつか捨てていけば、幾分かは早く着けるということだけれど、それはシーナが許さなかった。


「ラリサお嬢様は、いわばお引越しされるのと同じなんです。これでも少ないくらいですっ」


 レオンも腕組みをして大きくうなずいていた。


 昨晩は放心状態でとても自分の荷物を隅々まで確認する気力がなかったけれど、おそらくお母様の指示で当面の生活には困らないように準備されているはずだ。私よりは随分と少量ではあるけれど、シーナとレオンの身の回りのものもあるので、馬車の上には天井が割れるんじゃないかというくらいの荷物が積まれていた。


「でも、船の時間に間に合わなかったらどうするの」


 私の言葉に、シーナは何の根拠もなく胸を張る。


「ラリサお嬢様は、天下の公爵令嬢ですよ。それに、王太子殿下の婚約者だったお人です。少しくらい遅れたって、船は待ってくれますよっ」


「そうだといいんだけど……」


 そうあって、ほしかった。

 今や国外追放の身となった私。

 客船は私達を待ってくれることなく出発し、港に着いた時には海のはるか沖に小さくなっていた。


「今日はもう、あきらめたほうがよさそうですね」


 シーナの笑顔が輝いている。


「何があっても今日中に国を出るようにと、王太子殿下から命を受けております」


 王城の使いはそう言って、港の寄り合い所に駆け込んでいった。


「と言いましても、船がないんじゃ行けないですよね?」


 シーナは、もしかしてこれをねらっていたのかも。船に間に合わなければ、とりあえず公爵家に戻るしかなくなる。そうなれば、あと数日は家族と時間を過ごせるだろう。


「シーナさんの言う通りです。今日はひとまず、公爵家に帰りましょう」


 レオンもそう言って、数々の荷物を持ち直した。


 けれど、そんなことにはならなかった。


「船の手配が整いました」


 王城の使いが駆け戻り、私達はがっかりした。もう出てしまった船のチケットだって、とるのに数日はかかるはずなのに、こんな数分でちがう船に乗れるなんてこと、あるはずない。


 そう思ったのは正しかった。でもそれは「客船」に限ってだった。


「それではシビリテル公爵令嬢、お元気で」


 使いの者がこう言って最敬礼で送り出してくれたのはいいとして、私達が乗せられたのは、漁船だった。


「ラリサお嬢様に、失礼にもほどがあります」


 レオンはそう言って、もう出てしまった客船のチケットを握りつぶし、断固私を乗せまいとしてくれたけれど、王太子殿下の令状まで広げられては従うしかなかった。ここで歯向かえば、牢に幽閉されるのは目に見えている。


 ため息を一つつき、私は自ら船に足をかけた。


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