十五、 体験入学、でございますか
「私、お友達になれるかしら?」
と、友達?
友達なら、昨日の夜会でアンヌ様となったんじゃないのか。
たしかにアンヌ様は、はっきりとは知らないがおそらく四十代に入ったあたりで、お嬢様とは世代が同じとはいえないだろうが、あんなに和気あいあいとお話されていたのに。
もしかするとお嬢様は、「友達」に飢えているのかもしれない。
シーナさんが随分と前に、リホンのシビリテル学園では親しい友達は一人もできなかったと聞いている。
「友達なら、俺がいるじゃないですか」
この物言いは、不敬だっただろうか……。
「あ、また『俺』って言った!」
しまった。
というより、そこですか。
「失礼いたしました……」
ほんとに最近の俺は、落ち着きがない。
「私の前では、好きにしゃべっていいのよ、レオン」
「そうは言われましても……」
「それで、ロジーナさんとは友達以上ってやつなの?」
好奇心で目がキラキラさせたお嬢様が、俺の顔をのぞきこむ。
これは、あれだ。
ダニーの妹、イザベル嬢から借りた恋愛小説の影響だろう。どこからそんな言葉、仕入れてらっしゃったんだ。
「ただの情報屋ですよ」
ため息が、つい一つ出た。
俺が言える真実は、ここまでかな。
「情報屋?」
「お嬢様、帝都の語学学校について調べたいっておっしゃってたでしょう? ロジーナさんに情報を集めてもらっていたんですよ」
嘘ではない。
そろそろ本格的に、ラリサお嬢様の語学学校設立に向けて動き出すべきなのだ。
お嬢様の魅力のおかげで、帝国にきてからも俺達は非常に悪くない暮らしをしている。
まず、人に恵まれた。
最初にダニーに出会ったことで、領主の庇護下に入れたのは大きい。
俺の「名無し」も、じゅうぶんな働きをしてくれている。
そして、イリア王国の王太子、エイブリヒ殿下に恩をうったことで横のつながりもできた。
ラリサお嬢様の公爵家から、いくらかは持たせてもらったものの、この先、お嬢様とシーナさんと俺の三人でどう食べていくか、リホン王国から帝国までの漁船で考えていたのが懐かしい。
「まだ、そんなに急がなくてもいいのに……」
お嬢様の自室のドアを、俺が開ける。
お嬢様はそれに対していつものように、視線で「ありがとう」と言ってくださった。
「いえ、準備は早いにこしたことはありません。ラリサお嬢様のご希望がありましたら、何なりとお申し付けください」
「そうね……」
小さな唇を少しだけ突き出して考えるのが、お嬢様のくせだ。
俺はこの世界一愛らしいくせをこれからも見られるなら、この先何だってするだろう。
お嬢様の自室の書き物机は、何十冊も本が積み重なっていた。
帝都に来てから、ドレスやスイーツの買い物より、どんなにかわいらしいカフェよりも、ラリサお嬢様は書店に通いつめて買いそろえていた。どれもこれも、語学や語学の教授法についての専門書ばかりだ。なんでもベリー領にはない本が、帝都にはたくさんあるんだとか。
「帝都の語学学校に体験入学ってできたりするかしら?」
しばらくして、お嬢様がつぶやいた。
「体験入学、でございますか」
ブリンス語は、お嬢様は流暢に話されるのに。
「体験……というより、見学ね。私、いつも家庭教師に語学を習っていたでしょう? だから、語学学校っていうのがまだちゃんとわかっていないのよね……ピンとこないというか。どんな風にクラス授業をしているかとか、どの教授法を使っているのかとか、見学できたら参考になると思うの」
なるほど。「見学」という名目より「体験入学」の方が、語学学校に問い合わせしやすそうだ。
「それでは僕も、ご一緒させてください」
「レオンにはつまらないんじゃない?」
「いえ、ブリンス語は幼少の時以来、ほとんど成長しておりませんから、心配なのです。それに……」
「それに?」
「あ、いえ、何でもございません」
出過ぎたことを言うところだった。
ラリサお嬢様と机を並べて勉強してみたい、だなんて。
お嬢様がリホン王国のシビリテル学園にご入学されてから、その学友たちがうらやましかった、なんて。
「変なレオン」
お嬢様はそう言ってクスリと笑い、聞き流してくださった。
数日後の朝、ラリサお嬢様と俺は「ビベール語学学校」の門の前に立っていた。
「こんなに早く体験入学できることになるなんて」
「リホン人だとわかると、一つ返事でしたよ。先日のチリス子爵の夜会以降、リホン人が帝都に滞在しているという噂があちこちに流れたそうで、僕が手続きに来た際には校長まで挨拶に見えました」
それにしても、さすが帝都一の語学学校と言われる学校だ。学校というよりも城のように見える。開校したのが何代か前の皇帝だということだから、それも関係しているんだろう。
目の前の厳かな門を、ブリンス人やパッと見て外国人とわかるような人達が次々とくぐっていく。
このビベール語学学校は、外国人にブリンス語を教える教育機関であるとともに、ブリンス人が外国語を習う学校でもあるそうだ。互いに言葉を教え合ったり意見を交わしたりすることで、異文化交流、国際交流の場として帝都最大の社交場とも言えるんだとか。また、他での社交場のほとんどは男女に分かれているのが一般的だが、ここでは性差の垣根がないので一種の出会いの場としても有名だとロジーナが言っていた。そのため、習い事感覚で入学する学生もいるとか。
「何だか緊張してきたわ……」
俺は、どちらかというと不安の方が大きい。ここでもきっと、お嬢様の魅力に寄りつくやからが沸いて出るにちがいない。
「……いつも通りのラリサお嬢様でいらしてください」
俺の言葉に、お嬢様はフッと笑った。
学園内は、教頭でもあるというミラー教授が案内してくれた。
ミラー教授は一見初老の紳士といった出で立ちだが、目が爛々としていて妙な迫力がある男だった。
「まさか生きている間にリホン人と会うことができるなんて夢のようです。実はリホン語についての文献を集めるのが私の趣味でして。といいましてもなかなか収集は思うように進まないといいますか、あっても値がとてつもなかったりしまして私には手が届かなかったりしてですね……」
廊下を歩く間、ミラー教授は延々と話しつづける。けれど、外国人の俺達を意識してか、口調は始終ゆっくりとしていた。
「ブリンス帝国はリホンのお隣の国ですのに、リホン語についての文献が手に入らないものなのですね」
ラリサお嬢様は、今日も一つ一つ丁寧に、相手の言葉を受け止められている。
「そうなのです。リホン人が書いたという『宝姫』が最大のリホン語についての資料となっているくらいですよ。もちろんリホン語から翻訳されたものしか出回っていませんが、おそらく直訳されているんでしょうね。言い回しがブリンス語とはまた異なっていて優美で何度読んでもため息を禁じえませんな。リホン語の『宝姫』はこの帝国のどこかに存在しているという噂ではありますが、皇室の宝になっているだとか、国境の山々のどこかに隠されているだとか噂されております」
「あの『宝姫』が……」
廊下を三人で歩いていると、あちらこちらから視線がとんでくる。教頭と歩いているからではなく、おそらくラリサお嬢様が注目されているんだろう。お嬢様の黒髪は、今日も艶やかでとてもきれいだ。
「今日からブリンス語の授業の体験入学をされるとのことですが、私としましては、ラリサ嬢にリホン語をご教授いただきたいですな。開講ともなれば、どんなに遠方からでも、そしてどんなに高額でも来校したいという人という人が押し寄せそうで少しばかり怖い気もしますが」
「ミラー教授」
不敵な笑いを浮かべるミラー教授を、俺は睨みつける。
「レオン、大丈夫よ」
お嬢様、ミラー教授は決して冗談で言ってませんよ。
「『宝姫』を原文で読む……なんてタイトルで講義されてはいかがか。もちろん原文は手元にありませんが、リホン人のラリサ嬢ならば翻訳されたものをリホン語になおすことも可能ではないかと……」
「ミラー教授、教室はそちらですか?」
あらかじめ聞いていた部屋の番号が見えていた。
「は、はい。そちらです」
ミラー教授は俺の意図を要約理解したのか、早足で教室に入っていった。
「リホン語って、思ってた以上に需要があるのかもしれないわ」
と、ラリサお嬢様もうきうきしながら後につづく。何か面倒なことが起こりそうな気もしたが、お嬢様が楽しそうならそれが一番だ。
不定期にはなりますが、ゆっくり更新していく予定です。
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