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お嬢様は言葉にうるさい!  作者: はるか
第2部 護衛騎士、素性がばれる
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十三、 も、問題ありません

「いらっしゃったようですね」


と、誇らしげなチリス子爵。

 敬語を使うということは、通常なら子爵家では招待できないような、それなりの人物ということだろうか。

 ラリサ様と俺が入場した時とはまたちがった旋律の、ラッパが響く。

 俺にはわからないが、帝国貴族なら誰もが知っているメロディなのだろう。次々と、皆頭を下げていく。

 俺はラリサお嬢様と顔を見合わせた。

 とりあえず、ここは誰が来たとしても同じようにしておく方がよさそうだ。


「ブリンス帝国、皇帝陛下のお出ましです」


 皇帝?

 陛下?


「えっ……」


 同じく膝を折っているラリサ様の口からも、声がもれた。


 まさか。

 聞き間違いだよな。

 ここは子爵邸だろ。

 皇帝が来るはずがない。


「皆、良い夜だな。顔を上げよ」


 よく響く低い声。

 飛び出そうな心臓を気にかけつつ、ゆっくりを顔を上げる。

 会場の最奥に、その人はいた。


「ほんとに雪のように白い髪なのね。皇太子殿下もそうだったって、シーナも言ってたけど……」


 やはりシーナさんに、凱旋パレードで兄上を見たことを聞いていたんだな。

 お嬢様は、どう思っただろうか。

 俺の髪と同じ色ということを。


「レオン……」


 お嬢様が、何か言いたげだ。

 目をぎゅっとつぶるわけにもいかず、でもそうしたいのをぐっとこらえる。


「お兄様と皇帝陛下は、乳兄弟なんですの」


 驚きを隠せないラリサ様の横で、アンヌ様が囁く。


「だから、こちらにお出ましになったのですね」


 お嬢様は、おそらくそんなことを言いたかったわけではない、気がした。


「レオン?」


 お嬢様が、呼んでいる。


「大丈夫? 顔が青い気がするけど……」


「も、問題ありません」


 ラリサお嬢様にも周りにもばれないようにと、ゆっくりと、細く長く深呼吸をする。

 こんな形で父親の顔を、十八歳にもなって初めて見ることになるなんて、思いもしなかった。と言っても、ここからでは白髪ということと、大柄な男だということしかわからない。


「陛下にも、レオン卿とラリサ令嬢をご紹介させてください」


 チリス子爵が、さぁこちらにと言わんばかりに、前方に手を差し出す。

 余計なことを。


「他国の者ですが、よろしいのですか?」


 なんとか断る方法はないものかと考えるものの、何も出てこない。


「非公式な場ですから。それに、陛下ならどんなことでもおおもしろがってくださいます」


 どんなことでもおもしろがる?

 俺の父親は、そんな性格だったのか?

 これまで見ないようにしてき感情の蓋が、音を立ててうるさい。


「皇帝陛下の御前だなんて、粗相しないかしら……」


 何も知らないラリサお嬢様は、また別のことでおろおろとしている。


「きっと歓迎してくださいますわ。さぁ、参りましょっ」


 アンヌ様の笑顔にひかれるように、ラリサお嬢様がうなずく。

 もうこれは、逃げられそうもない。



 頭を抱えたいのを、ぐっとこらえる。

 そっと腕に回されたラリサお嬢様の手だけが、温かく、心強く思った。


「レオンでも、緊張するのね」


 今、俺はそんな顔をしているのか。

 よかった。

 緊張という表情に見えるなら、問題ない。


「当たり前じゃないですか。帝国の皇帝陛下ですよ」


 なんとか、口角を上げて見せる。


 近付く俺達。

 側近たちとシャンパンを片手に談笑している皇帝が、まずチリス子爵に気付く。


「帝国の太陽、皇帝陛下にご挨拶申し上げます」


 チリス子爵が、形式通りの礼を尽くす。


「今年も招待に感謝する。社交シーズンの中で毎年一番楽しみにしているのがこの夜会なんだよ」


「それは……一番気楽な、ということでございましょう?」


 乳兄弟というのは本当だったようだ。皇帝にこんなものいいができる貴族はそうはいないはずだ。


「陛下、今日はフストリド辺境伯の客人、レオン卿とラリサ・シビリテル令嬢をご紹介します。リホン王国から来られたんですよ」


 その瞬間だった。

 皇帝と、視線ががっちりと絡まり、ガシャンと大きな音がした。

 それは、皇帝が持っていたグラスが床に落ちて粉々にくだける音だった。


「陛下、ご無事ですか」


 すぐに側近たちが声を上げる。


「おっと、失礼した」


「陛下、どうなさいましたか」


 チリス子爵も、慌てている。


「リホンから……」


 皇帝は、俺と同じ白い髪、そして金色の瞳をしていた。

 まだそんなに至近距離でもない。

 俺は死んだことになっているし、ばれたとは思いにくい。

 ということは、リホンから来たということがひっかかったということだろうか。


「レオン、何かまずかったのかしら……」


「いえ、そんなことは……」


 子爵邸の給仕たちが、見る間に場を片付けていく。


「ブリンス帝国にようこそ、ラリサ令嬢、そして、レオン卿」


 そう言いながら、皇帝は側近の男から差し出されたハンカチで手をぬぐった。

 その瞬間だった。

 一筋、皇帝の目から涙がこぼれた。

 口からうめき声が出たわけでもないのに、大きな鐘の音が響いたかのような衝撃だった。

 大男から、その体格に似つかわしくない真珠のような涙がつたったからだろうか。

 いや、ちがう。

 初めて会うはずなのに、そんな気がしない。

 目尻にあるほくろが、どこか懐かしい。

 これが血によるものなら、なんとおぞましいことだろうか。


「陛下、やはりどこかお怪我をされたのでは?」


 チリス子爵が、皇帝の指先に目を落とす。


「そんなことは……そうかもしれないな」


 皇帝はそう言って、キュっと口角を上げた。その笑顔には、もうさっき一瞬見た涙は消えていた。



 帰りの馬車で、静かな怒りがこみ上げてきた。

 チリス子爵が皇帝の乳兄弟だったなど、「名無し」からは何も聞いていない。

 けれど、なぜか確信できた。

 「名無し」は、今回のことを知っていたはずだ。

 皇帝が毎年チリス子爵の夜会に顔を出しているということは、ちょっと調べたらわかることだろう。

 それを、名無しのリーダー、シハブは俺に告げなかった。


 馬車の向かいの席では、ラリサお嬢様がうつらうつらと今にも寝てしまいそうだ。だいぶお疲れになったようだ。

 お嬢様の傍にいる時に怒りを表に出すわけにはいかない。

 すぐにでもシハブに問いただしたいが、そういうわけにもいかない。

 そして、もう一つ確信していること。

 それは、ダニーも今回のことは知っていただろうこと。

 わかっていて、俺を今日の夜会に出席させた。

 打つべき相手の顔を確認させにいった。

 

 お嬢様の小首が、馬車の揺れに合わせてかくんと揺れる。

 そっと立ち上がり、ラリサお嬢様の隣に座った。

 そして、自分の肩にその頭をもたれさせる。


「レオン、今日はありがとう……」


 お嬢様が、つぶやく。


「いいえ、とんでもございません」


 ラリサお嬢様がいてくださって、本当によかった。

 そもそも、お嬢様が夜会に出席しなければ俺も今日出ることはなかったけれど、それでも、お嬢様がいなければ、俺はあの場を逃げ出していたかもしれない。

 

 寝入ってしまったラリサお嬢様。

 ふと、馬車の窓から夜空を見上げた。

 星がいくつかまたたき、まるで俺に「お疲れ様」と言っているかのようだった。

 あの星は、あのそこまでの輝きではない星の名前は、何だっけ。

 そうだ、北極星だ。

 どこで覚えただろう。

 そうだ、五歳の時、帝都からベリー領までの道すがら、教わったんだ。

 誰に聞いたんんだっけ。

 そうそう、サイモンだ。

 サイモン、今はどこで何をしているんだろうか。

 サイモン、元気でいてくれればいいが……。


 その瞬間、涙がこみ上げた。

 サイモンの顔を、はっきりと思い出したからだ。

 目尻のほくろ、そして大柄な体。そして、笑い方。

 今日初めて対面した、皇帝と同じ顔だった。


「えっ? あれ? どういう……」


……ことだろうか。


「レオン? どうしたの?」


「ラリサお嬢様……」


「私、寝ちゃってたのね。肩、貸してくれてありがとう」


「お嬢様、皇帝陛下のお名前って、何でしたっけ?」


「えっ? 確か……シモン・オベール・ブリンス様だったはずよ」


「シモン……」


 とても偶然とは思えなかった。

「サイモン」という文字は、「シモン」とも読めるのだ。


「陛下が……どうかしたの?」


「僕の恩人と……」


 ……よく似ていたんです。

 そう言いかけて、やめた。

 これから否が応でも迫りくるであろう波に、お嬢様を巻き込むわけにはいかない。

 何にしろ、帰ったらシハブを問い詰めなければならない。


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