表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お嬢様は言葉にうるさい!  作者: はるか
第2部 護衛騎士、素性がばれる
33/42

十一、 ちょっと遅れるぐらい、大丈夫ですよ

 そして、とうとう社交界デビューの日がやってきた。

 行先は、チリス子爵家の夜会。

チリス子爵家には、ベリー領は繊維工業の技術者を毎年派遣しているらしく、その縁で招待されたとのこと。ラリサお嬢様は、その技術者が属するマッケンジー商会の奥様、ステラ様と懇意にしていることもあり、ダニーに代わって挨拶に行くことになったのだ。


「楽しんできてくれ」


と、昨夜の晩餐の席でダニーは言った。


「今からドキドキしております」


 お嬢様は、そう笑顔で答えていた。


「レオンも、な」


 何が、「レオンも」だ。

 楽しめ、じゃないだろ。

敵情視察をしてこい、だろ。

 お嬢様と俺が出席する夜会は子爵家だから、上級貴族は来ないだろう。皇族も来ることは万が一つにもない。けれど、皇帝の側近の側近あたりなら顔を見せる可能性もある。

 何にしろ、俺はラリサお嬢様のエスコートだけをするつもりだ。

 ダニーの計画に乗る気は、ダニーには悪いがやはりない。



今日は用があるとかで、ダニーは午前中から出かけている。

 先に準備が整った俺は、タウンハウスの玄関で一人、ラリサお嬢様を待った。


 お嬢様が、階段をゆっくりと降りてきた。シーナさんと侍女達もいっしょだ。


「今日は護衛としているわけじゃないから、『お嬢様』はやめてね」


 久々に見た、めいっぱい着飾ったラリサお嬢様。

いや、ラリサ様。

 群青色のドレスが、ラリサ様の魅力を今日は妖艶に見せている。


「それでは……ラリサ様、まいりましょうか」


 手をひいて、馬車に乗る。

 こんなに美しいなんて、心配な未来しか見えないんだが。

 シーナさんの腕がいいのも、考え物だ。


「ラリサ様、今日もとてもおきれいです」


 もっと気の利いた言葉を言いたかったのに、これしか出てこないのが辛い。

 俺も、緊張しているのかもしれない。


「ありがとう……」


 ラリサ様も緊張しているんだろう。

 心なしか、そわそわしているように見える。


 俺達は、馬車の窓から外を眺めた。

 帝都の夜は、青白い街灯が光って幻想的だった。

 子爵邸なんかに着かなければいいのに。

 いっそこのまま、ラリサ様と二人、夜にまぎれてしまいたい。そう思った。


 けれど、そんなことになるはずもなく、間もなく子爵邸に到着した。

 またゆっくりと手を引き、馬車を降りる。


 子爵邸は、想像以上に大きく、お嬢様もそう思ったのか息をのんでいた。正面玄関までの広い庭園には、赤や黄色のランプが灯り、邸宅が輝いて見える。


 さて、そろそろ会場へ向かおう。

 そう思った瞬間だった。

 引いていたお嬢様の手が、止まる。



「ラリサ様?」


 俺の腕にあるお嬢様の指先が震えていた。

 顔をのぞきこむと、ラリサお嬢様はそれを隠すように何度もまばたきをした。

 これは、非常事態だ。

 さっと辺りを見わたす。

 随分と時間に余裕をもって出発したこともあり、周りに他の招待客はいなかった。

 また、お嬢様に視線を戻す。

 こんなお嬢様、初めてだ。

 今にも泣きそうだ。

 何が、どうして、こうなった。


 ラリサお嬢様の目から、涙がつたった。


 この世で最も静かな雷のように思えた。

 ラリサお嬢様が、涙している。

 お嬢様が、泣いている。


「ラリサ様、こちらへ」


 ラリサお嬢様の手をそっと腕からはずし、自分の手で握る。

 ……やっぱり震えていた。


「レオン?」


 とりあえず、この場から移動しようと、庭に入る。

 中は迷路のように入り組んでいた。

 お嬢様の顔色は、病気のそれではない。

 ということは、心的なことだろう。

 名無しを呼ぶのは、まだ早計だ。


 いくつかの角を曲がると、そこに長椅子を見つけた。


「少し、座りましょうか」


 こんな時こそ、俺が落ち着かなければ。


「でも、パーティーに行かなくちゃ」


「ちょっと遅れるぐらい、大丈夫ですよ」


 こういう時、騎士でよかったと思う。

 マントを脱ぎ、長椅子にかける。


「余裕をもって出発しましたから、まだまだ時間はございますよ」


 おずおずと、その上に腰掛けるラリサお嬢様。

 俺もその横に座り、手袋をはずした。

 触れても、いいだろうか。

 と思った時には、もうお嬢様の涙をそっとぬぐっていた。


「お嬢様、よろしければぼくの肩に寄りかかってください」


 涙をふいた手でラリサお嬢様の手を握り直し、そっとつぶやく。

 もっと気の利いた物言いを考えることは考えたが、何も出てこない。ただただ、ラリサお嬢様を見ていると心配で胸が押しつぶされそうになる。


「じゃあ、ちょっとだけ……」


 少し、遠慮されているんだろう。

 お嬢様の頭は、俺の肩にそっと触れる程度だった。


 ラリサお嬢様に、何があったのだろうか。

 目をつぶったまま、お嬢様は何も言わない。

 馬車の中では、何もなかったはずだ。

 お嬢様がこんなに泣くなんて、知っている限りでは初めてだ。

 考えられるのは、やはり……王太子に社交界デビューであったはずの日に婚約破棄されたことだろう。あの場も、きっと今日のように華やかな場所だったはずだ。

 これまで何度となく感じた怒りが、また蘇ってきた。

 国外追放になってから、半年経つ。

 もう半年、と思っていた。

 けれど、ラリサお嬢様にとっては「まだ半年」だったのだ。



 聞いてさしあげたい。

 いや、聞きたい。

 ラリサお嬢様の心の内を。

 けれど、聞いたらよけいにその傷をえぐりかねない気もした。


「ラリサお嬢様……」


 気が付くと、その名をつぶやいていた。

 お嬢様の手がピクリと動く。

 そして、ゆっくりと体を起こした。


「落ち着かれましたか?」


 俺の問いに、小さくうなずく。


「えぇ、ありがとう」


 聡明なお嬢様のことだ。きっと王太子とのこと以外にも、いろいろと考えている。リホンでの辛いことを払拭するかのように、この半年、お嬢様は熱心にお仕事をされていたのも知っている。そして、何やら俺のわからないことで悩んでらっしゃることも。


「ラリサお嬢様、ここ数か月、何か思い悩んでいらっしゃったでしょう?」


 月のきれいな、夜だった。

 月影が、お嬢様の黒髪に美しいベールをかける。


 お嬢様は、俺の言葉にハッとしたような表情を浮かべ、そしてうつむいた。


「社交デビュー、パートナーの僕が言うのはおかしいかもしれませんが、必ずうまくいきますよ」


 うまくいきすぎて、人気者にならないかの方が心配なくらいだ。これから、もっと多忙になることは目に見えている。


「そう、かしら……」


 なんとか笑おうとするラリサお嬢様。

 口をキュっと結び、まだ泣くのを我慢している。


 こんな時、抱きしめられたらいいのに。

 抱きしめられる立場だったらいいのに。


 触れたい。

 触れて、その震えを止めてさしあげたい。


「ラリサ……様、お体に触れてよろしいですか?」


 どうして俺は、こうして予防線を張ることばかりしてしまうのだろう。

 嫌われたくない。

 そればかりが頭に浮かぶ。

 でも、自分のこの熱い気持ちをぶつけたい。

 抑えられない。

 抑えきれない。


「え、えぇ」


 もう手を握っているのに、とでも言いたそうな顔で、ラリサ様がうなずく。


 そっとラリサ様の肩に触れ、顔をそのやさしいラベンダー色の瞳に近付ける。

 このままこの形良いふっくらした唇にキスできたら、どんなにいいだろう。

 きっと、この世の全てを手に入れたような、そんな気分になる。


 けれど、まだできない。

 いや、まだ、しない。

 ひとりよがりのキスは、後から虚しくなるだけだ。

 それに、ラリサ様をこんな形で驚かせたくない。

 俺が彼女にキスする時は、彼女もキスしたいと思ってくれた時だ。

 今じゃない。


 けれど、このくらいなら、許されるだろうか。

 そっと、そっとラリサ様の額に口づける。

 温かく、そしてとてもいい香りがした。


 どのくらいこうしていただろうか。

 おそらく数秒なのに、永遠にも感じた。

 と、思うのに、離すと唇に名残惜しさがまとわりついた。


 ラリサお嬢様と、目が合う。

 急に、恥ずかしくなってきた。

 ラリサお嬢様といると、いろんな感情が俺の中で大渋滞して大変だ。


 口づけなら、頬でも手の甲でもよかったのに、どうして額にしたのだろう。

 あぁ、そうか。


「幼い頃、母がよくしてくれたおまじないです」


 嘘ではなかったが、完全なるごまかしだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ