五、 アジトにひかえております
「わかった」
とりあえず、ダニーにうなずいておく。
聞かなかったことに、したかった。
けれど、その方がもっと危険であることは、明白だった。
おそらく俺が俺から何もしなければ、ダニーに誘導されて、気付けば取り返しのつかないところまで流されるだろう。ダニーが俺達に敵意がないことは確かだが、だからと言って、ダニーがこんな大そうな夢をあきらめるなんてことはないはずだ。
「宝姫……ラリサお嬢様のことは、私が全力でお守りします」
やはりダニーも、ラリサお嬢様のことをそう思ったんだな。俺達が夢見た宝姫そのものだと。
「それは、おまえがすることじゃない。俺の役目だ」
うつむいたダニーの口元が、キュっと上がった。
「さようでございますか」
夕日が窓から差し込み、俺達を染める。
さぁ、どうしたものか。
その後、俺達はラリサお嬢様とイザベル嬢のいる部屋へ行き、いつもどおりに過ごした。つまり、領主と他国の一騎士、といった立ち位置で。
「レオン!」
俺を見るなり、パッと顔を上げてくださるラリサお嬢様。この笑顔が、俺は本当に好きだ。
「あなたが、リホンから来たラリサ様の騎士様ね」
俺の金の瞳がめずらしいのだろう。ダニーの妹、イザベル嬢は遠慮がちではありながら、こちらをうかがう。
「どうぞお見知りおきを、イザベル様」
「こちらこそ」
「イザベル、お嬢ちゃんと仲良くなれたようだな」
これ見よがしに、ダニーがラリサお嬢様の隣にドカッと座る。いい根性だな。さっきまで俺にひざまずいてたやつが。
その夜、ラリサお嬢様がお休みになってから、俺は宿を出た。ベリーの夜の街は深夜まで明るい。
「レオン様、お呼びですね」
お呼びでしょうか、ではなく「お呼びですね」と言うのは、シハブしかいない。わざわざ呼んでないからな。
シハブは今日、リホンにいた頃のフードをかぶっている。俺の後ろをほどよい距離でついてくるが、足音はしない。
「他のやつは?」
「アジトにひかえております」
歩くこと三十分。
ベリー領指定の自然公園内のはずれにある大木の根本。
一見、底が浅そうな大きなうろに、足をかける。
「ここからは私がご案内します」
シハブにつづき、飛び込む。中は真っ暗だ。
サッと灯りがつき、シハブが歩き始めた。
ここは大木の根本からつながる地下通路。
シハブには話は聞いていたが、こんなに広かったとは。
中は迷路のようで、案内なしではとてもたどり着けなさそうだった。
「こちらです」
最奥に、アジトはあった。
少々きしむドアを開けると、中には「名無し」がそろっていた。
「よくこんなに集まったな」
フッともれたため息。
シハブに二十名は超えたと聞いていたが、それ以上だ。
「名無し」はリホンを拠点に活動していたが、常時数人はブリンス帝国に忍ばせていた。俺がこっちに来たことで、アジトを帝国に移したとシハブが言っていたが、今日だけとはいえ一か所に集めるのはリスクが高いんじゃないだろうか。
「レオン様、ようこそアジトへ」
何がうれしいのか、ロジーナの声が弾む。姿を見るのは、久しぶりだ。茶髪に碧眼、たしかベリー領の隣の領の生まれで、大商人の家の長女だったが幼い時に三十もの年の離れた男と婚約させられ、自分の人生を憂いて逃げてきた、とかだったか。
「ラリサお嬢様には、今誰がついている」
いつもは、ロジーナが貼りついて陰ながら護衛しているはずだ。
「ラリサ様には、今日はフランクとハオをつけております」
フランクとハオなら、大丈夫だろう。ホッと息をつく。
「それで」
俺の低い声に、部屋中に緊張が走る。
「全部聞いていただろう」
今日、領主邸でダニーと話していたことだ。
「全て、お心のままに」
シハブ、そうじゃない。
俺が皇位をねらうとか、そういうことではなく、その前に俺が皇子だということだ。
何も言わないということは、随分と前から知っていたんだろう。
おそらく、名無しの幹部が、自分達で調査していたんだろう。俺の出自や育ちを詮索するなとは言ってこなかったし、何より自由にさせることが、有事に対応しやすいと考えたからだ。
「俺は、穏やかに過ごしたい」
今日、わざわざ俺がここに来たのには、わけがある。
名無しは俺の組織ではあるが、俺やラリサお嬢様を想ってのことではあるが先走る傾向にある。
つまり、勝手に俺の心を先読みし、動く可能性があるのだ。それで何度も助けられたこともあったが、いつもありがたいかというと、そうでもなかった。ラリサ様にばれやしないかと、いつもヒヤヒヤするばかりだ。
「ラリサお嬢様をお守りすること、そして、お嬢様の夢を叶えるのが、最優先事項だ」
組織が大きくなった今、組織全体の目的として見誤ってもらっては非常にこまる。有能だからこそ、俺の預かり知らぬうちに、穏便に皇帝の座を用意されるおそれがある気がして、ならない。
「なんだ、不満か」
静まり返る地下室。
「いえ、それでこそ、レオン様です」
シハブにつづき、他の名無し達も膝をつく。
正直なところ、もう今の「名無し」は、俺の手にあまる。
一人一人の剣の腕は、まだ俺に及ばないだろうが、束になればどうなる?
大所帯になりすぎた。
それが一番の理由だろう。
そして、夢見がちなやつが多いのも悩みの種だ。
「くれぐれも、独断で動くな」
名無し達は、それぞれ「当然です」と言わんばかりの顔をした。
ラリサお嬢様とシーナさん、そして俺がリホンを追放された時は、ブリンス帝国まで直通でやってきた。けれど、これは特別な許可があったからであり、本来ならば二国の間にある島を経由しなければならない。この島で荷を下ろしたり、値段交渉したりするのだ。
リホンに密入国しにくい理由は、この経由島にある。大領主の船でもない限り、この島からリホンに渡航できる商船はほとんどなく、あっても厳重な管理と監視の元でしかリホンに入ることはできない。
二年前、「名無し」はこの島に「隠れ家」を設けたのだ。俺の知らない間に。おかげで密入国をねらう子ども達を、役人に見つかる前に保護することができるようになり、名無しの構成員は増えていったということだ。
「宝姫とレオン様に、これからもお仕えすることをお許しください」
最前列で、ロジーナが首を垂れる。
ロジーナは、名無し一、ラリサお嬢様にご執心だ。
それはありがたいが、それゆえに暴走しやすいのだ。「隠れ家」も、面倒見がよく情に厚いロジーナが率先して設立に尽力したとシハブから聞いている。シハブ達の言い訳としては、「人数が多いほうが、レオン様とラリサ様を守りやすいじゃないですか」であった。
「隠れ家」は、今のところ順調だ。ラリサお嬢様や公爵家に害をもたらすことも、とりあえずない。しかし、何があれば、俺の名前が挙がり、そして公爵家、ラリサお嬢様に多大な迷惑をかけることになりかねないのだ。
「それから、今一度、リホンの影に注意するように」
リホンの影。
つまり、リホン王国の隠密だ。
世界中に潜伏していると、ラリサお嬢様の兄上、セドリック様から聞いたことがある。
リホン王国からブリンス帝国に来て数か月。
俺達は平和に過ごしていたが、それが俺には何とも気持ち悪かった。
平和すぎる。
王太子の元婚約者を死罪ともいえる国外追放にしておいて、何かしらの妨害や追手が来ないほうがおかしい。
陰謀、の匂いがしてならなかった。
そもそも、王太子のお気に入りの女性を害したことぐらいで国外追放になるはずがないのだ。
それに、リホン語はもちろん、リホンの文化も異常なほど漏れ出ないようにしてきたリホン王国だ。リホンの文化の結晶であるような公爵令嬢を外に出すのはリスクが高いことを、いくら王でもわかっているはずだ。
リホン王国の影は、どこに潜んでいるのか。
同じ影同士、接触があってもいい頃なのに、そんなことは今のところ微塵もなく、なんとも不気味だ。
「心得ました」
シハブにつづき、名無し達も口々に返事をした。
穏やかに過ごしたいと思いつつも、ダニーがなぜ俺を皇位に着かせたいのか、その本当の理由は知りたいと思った。
名無しに命じれば、数日以内にはわかるだろう。
けれど、そんな気分にならないのはどうしてだろう。
「無事でよかった」
こう発した時の、ダニーのあのホッとしたような笑顔を思い出す。
やはり、こそこそ嗅ぎまわるのは、やめておこう。名無しは、最終手段だ。
旧友には、自分の口で説得して、事情を聞いたほうがいい。




