四、 はっきり言うんだな
「なんとか言ってくれ」
そんな顔するなよ。
俺が黙ってる時点で、答えているようなものだろ。
「久しぶり……」
今度は、ダニーが黙る番だった。
じゃあ、何て言ったらよかったんだよ。領主であるダニーに、再会の喜びを表すためにハグか握手でも求めたらよかったのか?
しばらくすると、ダニーが口を押えてクククと笑い始めた。
「あいかわらずで、よかったよ」
かわいげがない、と言いたいんだろうか。
「ダニーが領主の息子だったなんて、あの頃は教えてくれなかった」
「あの頃は、いつ殺されてもおかしくなかったんだよ。だから、大人になって領主になることもないだろうと、俺自身思ってたよ」
五歳の幼い俺にはわからなかったことが、きっとたくさんあったのだろう。
「ダニーも、無事でよかった」
フッと、息をつくダニー。
その後、俺は、ラリサお嬢様のいるのとは別の応接室に連れていかれた。
「わざわざこんないい部屋に来なくてもよかったんじゃないか」
執事のガスパルがお茶を準備し、扉の向こうに消えたのを確認してから、口を開く。
「そういうわけにはいかない」
かつての友、だからか?
どんな大切な話があるというんだ。
「どういう意味だよ」
「あの頃は、おまえも……」
ダニーが一つ、息をつく。
「教えてくれたなかったじゃないか」
紅茶のカップを持つ手を、俺はピタリと止める。
あの頃。
一番よくしてもらったダニーにも話せなかったこと。
「何のことだ?」
とぼけるしかなかった。
これは、ラリサお嬢様にも話していないことだった。
向かいに座っていたダニーが立ち上がり、すっと俺の傍でひざまずき、こうべを垂れる。
「ダニー、何やってんだよ」
と、聞いたものの、理由はわかっていた。
もう、知ってるんだな。
俺がダニーを調べたように、ダニーも俺を調べたってわけだ。
というよりは、調べなくてもブリンス帝国の貴族なら誰もが知っているだろうこと。
「第二皇子殿下」
俺の青みがかかった白髪、昂ぶると黒、そして紅に変わる金の瞳は、ブリンス帝国の皇族のみがもつ特徴だった。漁船で再会した時、俺はまだ地毛の白髪を染めていなかった。
「ご無事で何よりでございます」
「今は、ちがう」
俺の強い言葉に、ダニーはゆっくりと首を横に振る。
ブリンス帝国の皇子として暮らしたのなんて、五年ほどなのだ。いくら今は情勢が安定したからといって、皇族に戻るなんてことはさらさら考えていない。
側妃だった母の母国が、母を見限って戦争をしかけてきたせいで、俺はたった一人で宮を後にしたのだ。
「私はこれまでたくさんの豪奢なものを見てきましたが、一つとして気に入るものに出会うことはありませんでした。レオン、あなたは私のかわりに何がなんでも生き抜いて、あなただけの美しいものを見つけなさい」
母はそう言って、おまじないだといつものように俺の額にキスを落とし、俺を見送った。
子ども心に、その「気に入るもの」の中に自分がいないことに絶望しながら、無我夢中で夜道を走ったのを今でも覚えている。
涙がこぼれてこぼれて、そのせいで死ぬんじゃないかと思うほど泣いた。
けれど、帝都を出る頃には、風の噂で母が処刑されたことが耳に入り、その瞬間からは涙は出なくなった。
皇帝である父は、側妃である母を大事にしていたと聞いていた。と言っても、母本人からなので、今から思えば信ぴょう性にかけるが。
「では、どうして父上は会いに来てくださらないのですか?」
幼さゆえの無邪気な発言が、どれだけ母の胸をえぐったか。
「事情があるのです」
ヒステリー気味だった母が、この時ばかりはあえてニコリと笑っていたのを、今でも覚えている。
ただただ、美しい笑顔だった。
「事情って?」
「陛下はいつだってあなたを案じてくださっておりますよ」
とは言っても、その存在だけで俺は父親の顔も知らないまま、宮を出ることになった。
第一皇子である5つ上の兄上とは、母親がちがう。数えるほどしか会ったことがなかったが、やさしく笑いかけてくれたことは覚えている。母親達のお茶会という名の戦争の間、皇宮の庭でいっしょに遊んでいたのだ。
とにかく、俺にはやさしかった。時には、厨房からくすねてきたビスケットを分けてくれたこともある。手先が器用で、手作りの木彫りの人形も見せてくれた。
「母上に見つかったら取り上げられてしまうから、レオンが持っててよ」
そう言って、小さなクマを握らせてくれた。あのクマ、どうしてるだろうか。もう消し炭になっているだろうが。
「こうやって、好きなことだけして暮らしていけたらいいのにな。どうして早く生まれたくらいで、皇帝にならなきゃならないんだろう。帝王学なんて、つまらないしさ。皇帝には、レオンがなってよ」
まだ幼かった俺は、兄上が言っていることの半分もわかっていなかったが、わかったようなふりをして聞いていたのだけは覚えている。
ただ、その時は友達もおらず、勉強さえもさせてもらえず、まともな乳母もおらず、今から思えばかなり冷遇されていた。母はヒステリー、そして鬱気味で、いつも一人だった。なので、自分と楽し気にしてくれる人がいることが嬉しかったのだ。
「このままで、よろしいのですか?」
ダニーが、ひざまずいたまま言う。
「このままが、いいんだ」
兄上は、数年前に正式な皇太子となったと情報を得ている。あのまま成長していれば、きっと良い君主となるだろう。それに、俺の居場所はラリサお嬢様の隣と決めている。決して玉座ではない。
「リホンにいらっしゃった時は、殿下は帝国の誰にも知られることなく、守られていました。ですが、このまま帝国で暮らすとなればリスクがございます」
確かに、閉鎖的なリホン国のおかげで、これまで俺は昼でもそこらじゅうをフードなしで闊歩できた。
「髪を染めていれば、大丈夫だろう」
俺は、帝国の森で野垂れ死にしたことになっているらしいし。髪だって、高齢になれば染め直すこともなくなる。
「私の願いと言う名の独り言を、聞いていただけないでしょうか?」
姿勢を崩さないダニー。
「ダニー、そろそろ立て。その話し方もやめろ。おまえは今、リホン人の一騎士にひざまずいていい身分じゃない」
歯を食いしばったような、深刻な顔だった。
何か俺に、頼み事があるということか。
「それで、なんだその独り言ってのは」
あぁ、今日で何かが大きく変わってしまう。
そんな予感がした。
「第二皇子殿下、あなた様に皇帝になっていただきたいのです」
細く、長いため息が出た。
俺が、皇帝に。
想像もしたことない。
そんなこと、聞けるわけがない。
「そんなめったなこと、大領主が言っていいことじゃない」
願いが、ぶっ飛びすぎだ。
「存じております」
「俺の兄上が皇太子じゃだめなのか」
「第一皇子様は、皇帝の器ではございません」
「はっきり言うんだな」
帝都から遠く離れた領の主がここまで言うんだから、もっと他の理由があるということは確かだろう。
「理由は、言えないのか」
黙ったままのダニー。現、皇太子が皇帝になる資格がないと明言する以上に、ダニーにとっては重要、ということだろう。
「今はお心に留め置いてくださるだけでじゅうぶんでございます」
つまり、ベリー領主であるダニエル・フストリド辺境伯は、俺を旗頭に謀反を起こすつもりだ、ということを覚えておけ、ということだ。
どうして、こうなった。
もちろん、母国に戻ったら多少のいざこざはあるとは覚悟していた。けれど、こんなに早い段階でこんなことに巻き込まれるなんて。
ダニーは兄上に皇帝の器はないというが、俺にだって、ない。
何より、これからの人生を傍でお支えする方を決めているのだ。
ラリサお嬢様には、ゆるりと過ごしていただきたい。
これまでの疲れを癒し、楽しいことに囲まれていてほしい。
こんなお家騒動なんて、無縁でいてほしい。皇家に関わるなんて、もってのほかだ。




