一、 そんなところです
ラリサお嬢様がリホン王国から追放されて三日目。
俺は、生まれ故郷であるブリンス帝国にいた。
「ぶれすぎです、レオン様」
背後から、正確には四時の方向から声がした。こんな物言いをするのは、シハブしかいない。
「要件があるなら手短に言え」
ラリサお嬢様の侍女であるシーナさんから頼まれたお使い中のこと。
ラリサお嬢様のために筆記用具一式を選んでいる時だった。店主は古ぼけたいすで眠りこけていて、なんとも平和だ。
当面のものをそろえるには、俺一人では時間を費やした。俺を頭と仰ぐ秘密組織「名無し」の者に命じれば、数分のうちに買い物は終わるだろうことはわかってはいたが、ラリサお嬢様の新生活に入用な物は、全て自分の手で探して持ち帰りたかった。リホン王国の公爵家にいた時は、有能な執事と侍女が全てを整えていたが、こんなに楽しく悩ましいことなら仕事をふってくれたらよかったのに、などと思いながらショーケースを眺める。
「例の件については、まだ調査中でございます」
シハブは、「名無し」のリーダーだ。
リホン王国に密入国してきた孤児を集めたこの「名無し」の実態を、俺は全て把握しているわけではない。自分のような境遇の子どもだったシハブ達を、ラリサお嬢様に倣って保護しているうちに勝手にできた組織だ。シハブいわく、今年に入って二十名を超えたらしいが、組織が大きくなったというよりは、そんなにも密入国者が後を絶たないのかと、そっちのほうが驚きだった。
知識を駆使し、周りの助力を促せるような人格を持ち、なおかつ運も味方につけなければ、リホン王国への入国は難しい。この難関を乗り越えた子どもが、自分で言うのもなんだが普通であるはずがない。そいつらを束ねるシハブが言うには、組織にとって俺は神にも等しい存在だそうだ。
笑ってしまう。
ラリサお嬢様のまねごとで始めたこと。
なけなしの情をかけただけだ。食べる物と寝床、働く場所を引き換えに、忠誠を誓わせている。
この五年は、ラリサお嬢様の兄上であるセドリック様から任された炭鉱と金山で、勤労と鍛錬を同時にさせ、休日にはリホン語やその他必要なことを学ばせた。炭鉱は他のリホン国民が訪れることはないため、シハブのように容姿がリホン人や帝国の者とは見るからにちがう者でも隠れて過ごす必要はなく、「名無し」の構成員にとっては恰好の修練所となった。
「名無し」という名は、数年前にシハブが組織に名前をつけたいと言い出したが思いつかず、こうなった。
「『ラリサお嬢様大好きクラブ」はどうでしょう」
「それなら『レオン様を応援する会』でもいいのでは?」
「『がんばれ!レオン様隊』はいかがでしょう?」
組織の者達はそれぞれ優秀ではあったけれど、ネーミングセンスだけは壊滅的になかった。目的は、それでいいんだが。
そもそも、彼らがなぜ海を越えてまでリホン王国にやって来たのか。
それは、俺と同じ理由だ。
リホン王国は、世界にとっては理想郷なのだ。
そこへ行けば、幸せになれる。
そこへ行けば、どうとでもなる。
貧富の差がなく、宝石のようにキラキラと輝ける。
そんなイメージが世界中に広がっていた。
現実は、何の罪もない俺のお嬢様が婚約破棄されるような非道な王家が率いるただの島国だが、絶望を感じたことのある者にとってリホン王国はユートピアだった。
その印象を植え付けたものの一つに、絵本『宝姫』がある。作者は不詳だが、世界中で翻訳もされているベストセラーで、子どもなら一度は見たり聞いたりしたことのある物語だ。
ラリサお嬢様は、その本にある挿絵のお姫様にそっくりなのだ。黒く艶やかな長い髪に、ラベンダー色の澄んだ瞳。陶器を思わせる白い肌に意思の強そうな眉。凛とした横顔は、プリンセスでありながらヒーローのようでもあった。
死ぬ思いで密入国したものの厳しい現実に打ちのめされた子どもにとって、ラリサお嬢様は希望そのものだった。
つまり、リホン王国に密入国するような子どもは、頭脳と人となり、そして運に加え、強烈に夢見がちなやつばかりだった。
雑貨店の店主は、いびきをかきながら眠りこけている。
チラリと目をやると、シハブはいつものマント姿でなく、ベリーの街によくいる傭兵といった出で立ちだった。青髪は、人の目を引くが、おそらくそれがねらいで今はこの装いなんだろう。情報収集するには、目立ったほうがいい時もあるからな。
「……そんなに、俺はぶれてるように見えるのか?」
名無しの任務には俺の警護もあるとシハブには聞いているが、返せば四六時中全てを見られているということになる。
「自覚はおありだったんですね」
ありがたいことではあるが、頼んだ覚えはないからありがた迷惑とも言える。
「ほっとけ」
「組織内でかん口令を出すほどですよ。あのレオン様が、今後どうされるか迷ってらっしゃるなんて、ね」
ギロリと睨みつけると、シハブは何やら耳打ちをして店を出ていった。
子ども風に言うならば「内緒話」。そんなことする必要もないほどの、誰に聞かれても問題ないような内容だったが、少なくとも俺にとっては有益なものだった。
「名無し」のことは、セドリック様はうすうす感じていそうだが、ラリサお嬢様には絶対に知られたくない。けれど、リホン王国から、いや組織から逃亡させないためにも、「名無し」の幹部達にはラリサお嬢様には会わせていた。会わせたというよりは、木の上や物陰から「見せた」だけだったが。
「宝姫……」
シハブはもちろん、他のやつらも皆、こうつぶやいた。
「私は、きっとラリサ様にお会いするために生まれてきたのだと思います」
これだけでリホン王国に来たかいがあったと、シハブの部下であるロジーナは涙したほどだ。
全面的に同意する。
俺も生まれてからいろいろとあったけれど、心の底からそう思っている。
「お決まりですかい?」
店主が目を覚まし、慌ててこちらに駆け寄る。
「これを包んでくれ」
パッと目を引くような、赤色の箱の筆記用具一式を指さす。シーナさんの髪色を、ラリサお嬢様はいつも褒めにらっしゃるんだから、きっとこの色もお気に召すだろう。
店を出て、紙袋の中をそっと確認する。
白い箱の……俺の地毛のような色の箱もあったにはあった。一瞬だけ、自分の色の物を傍においてほしいと欲が出た。
でも、白は汚れが目立つ。筆記具を収納するには向かない。
そう、白は汚れが目立つんだ。
白は、汚れてはならない。
汚れを見せてはいけない。
シーナさんにもらった買い物リストを広げると、もうこれで最後だった。
なのに、足は自然と宿とは反対側に向き、いつの間にか若い淑女が集まる店に来ていた。化粧品や香水を取り扱っている店らしい。
「お兄さん、恋人にプレゼントかしら?」
化粧がやたら濃い店員がニコニコしながら話しかけてきた。男性客は、めずらしいのかもしれない。
「そんなところです」
もし、シーナさんと来ていたら絶対に言えないような冗談を言っているあたり、やはり、俺はうかれている。顔に出さないようにするのでやっとだ。
そして、ぶれている。
第二部、スタートいたしました。
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一週間に一度(金曜日の夜あたり)……不定期の更新になるかと思いますが、ゆるりとお付き合いいただけましたら幸いです。
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