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お嬢様は言葉にうるさい!  作者: はるか
第1部 お嬢様、漁船に乗る
20/42

二十、 まだパーティーに間に合いますよ

誤字脱字報告、ありがとうございます!!

「それじゃあ、作戦会議するぞっ」


 帝都に来て一週間が経った。いよいよ来月から社交シーズンが始まる。

 タウンハウスには、招待状が山のように届いていた。


「ダニー様、大人気でいらっしゃいますね」


 家紋の封蝋が付いた手紙を、一枚一枚、私は見ていく。リホン王国の貴族については、未来の王太子妃として誰よりも把握していたけれど、ブリンス帝国のことはほとんど知らない。


「みんな、こんなもんだろ。お嬢ちゃんにも来てるぞ」


 ダニーさんはそう言って、数枚の封筒を私の前に置いた。


「えっ、私にまで? どうして……」


 なんでも、ダニー様がこちらに来てから、紳士の社交場であるコーヒーハウスで私の宣伝をしたらしい。

 エイブリヒ殿下は、ノートルノ伯爵家のパーティーに参加されるとのこと。


「お嬢ちゃんにパートナーになってほしいとおっしゃってたぞ」


 ダニー様はそう言って、自分も出席するつもりだと招待状を見せてくれた。


「伯爵家のパーティーだなんて。私には不相応です」


「元公爵令嬢が、何言ってんだ」


 あくまでも、「元」ですからね……。ちなみにこの時知ったことだけれど、ダニー様は「領主」であると共に辺境伯でもあり、皇帝陛下からは有事に備えてほぼ独立国の権限が与えられているとのこと。


「俺とはヘイクロン侯爵家に行ってくれないか?」


「ヘイクロン侯爵家ですか。ダニー様がお好きなヘイクロン産のワインがたくさん出るんでしょうね」


「それが目当てだ」


 シーナがダニー様の言葉をどんどんと予定表に書き込んでいく。

 こんなに……出席するの?

 それに、大きなパーティーばかりだ。


「それから俺の友人のチリス子爵家のパーティーにも出てくれるとありがたい。いきなり侯爵家や伯爵家のパーティーは荷が重いからな。子爵家のパーティーならそんなに規模も大きくないし、何より日程が一番近い。社交界デビューするなら、このパーティーがいいんじゃないかと思うんだが……」


「何か問題があるのですか?」


「俺はこの夜、領主会議と懇親会があってな。エイブリヒ殿下は皇帝陛下と会食があるらしい」


 今更ながら、ダニー様もエイブ様も、もう令嬢でも何でもない私と気軽に話せる人ではなかったことを実感する。


「ということは、パートナーが……エスコートしてくださる方がいないということになりますね」


「あいにくイザベルも、友人との会食があるらしい。一人で参加できないこともないが、社交界デビューが一人ってのはなぁ」


 他の子爵家と同等の家格のパーティーは、他の予定とかぶっていた。


「チリス子爵家とは、俺の爺さんの代からずっと親交があってな。できれば俺の代わりに出席してほしいんだが……」


 ダニー様が、めずらしくうつむく。


「パートナーは、レオンにいたします」


 実は、どのパーティーもレオンがパートナーだったらって思ってた。だって、ダニー様やエイブ様は目立ち過ぎる。そうなると自然と私にも注目が集まってしまう。でも、私から断るなんてこと立場上できないし、お二人とも私をとても大切にしてくれる人だ。絶対に嫌というわけでもなかった。


「そうか、レオンか」


 顔を上げたダニー様は、ホッとしたような、でもどこか……うまくくみ取れないけれど、他の気持ちがこもった微妙な表情をした。



「レオン、いっしょに行ってくれる?」


 ソファの後ろに控えるレオンを振り返る。


「光栄ではございますが、私はただの護衛騎士でございますよ」


 珍しく、レオンが焦りを顔に出す。


「私なんて、もうただの平民よ?」


 ブリンス人となった平民の私と、まだ一応リホン王国に国籍があり騎士の階級を持つレオンとでは、私こそ本当はふさわしくなかった。


「レオンにエスコート役をとられるのは悔しいが……レオン、いいのか?」


 いつにない、ダニー様のするどい視線。


 この夏に、十八歳になったレオン。思えば彼にとっても、社交界デビューとなるのだ。相手が私でいいのか、ということだろう。


「ラリサお嬢様が望まれるなら、喜んでお引き受けいたします」


 ダニー様の静かなため息が、ダイニングルームに広がる。


「そうとなりゃ、レオンの準備も急がないとなっ」


 私のドレスは、昨日イザベル様とブティックに行ってオーダーしてきたところだ。さすがブリンス帝国。そして、帝都。新進気鋭のデザイナーとベテラン職人の熱量が半端なく、私は朝から夕方までデザイン画を何十枚も見せられ、ひたすらあらゆる布やレースを体に当てられ、隅々までサイズを測られた。



 そうして迎えた、社交シーズン。

 今日は、私の社交デビューの日。


「ラリサお嬢様、お手をどうぞ」


 差し出されたレオンの手を、そっと取る。今から馬車に乗って、子爵家へ向かうのだ。


「今日は護衛としているわけじゃないんだから、『お嬢様』はやめてね」


 レオンも今日は正装だ。私のドレスと合わせて群青色を基調としたもので、うまく着こなしている。髪もパーティー仕様に整えられていて、いつもよりぐっと大人っぽい。


「それでは……ラリサ様、まいりましょうか」


 すてきよ、と言いたかったのに、なんだか恥ずかしくて言えなかった。でも、ミルクチョコレート色の髪より元の青みがかった白髪なら、もっと似合っただろうな。



 夜の帝都は、青白い街灯が灯って幻想的だった。


「ラリサ様、今日もとてもおきれいです」


 子爵邸までの道のりの間、レオンはこれ以上口を開かなかった。私も緊張しているのかおしゃべりをたくさんする気にはなれず、窓から外をじっと眺めていた。

 楽しみというよりは、やはり緊張の方が上回る。

 今日のために自分史上最高の装いにしたし、シーナやタウンハウスのメイド達も、メイクやネイルを完璧に施してくれた。

 けれど、どうにも落ち着かない。

 元々、落ち着きがないと言われているのに、落ち着かなかったらどうなってしまうやら。


「到着いたしました」


 御者の合図で私達は馬車から降りた。

 子爵邸は、想像よりずっと大きくて、息を吞む。

 正面玄関までは美しい庭園が両脇にあり、赤や黄色のランプが方々に散りばめられていた。

 さて、行かなくちゃ。


 その瞬間だった。

 胸の辺りが、急に苦しくなった。


 コルセットをしめすぎたかしら。

 きっとそうだ。でも、どうすることもできない。


 一足、また一足とレオンのエスコートの元、子爵邸に近付いていく。

 だんだんと、息も苦しくなってきた。


 子爵邸が、一瞬、リホンのシビリテル学園に見えた。

 同時に私を断罪した時のオスカー殿下の顔が脳裏をかすめ、血の気が引いた。


「ラリサ様?」


 レオンが私の顔を覗き込む。

 何か言わなきゃ。でも、何を?


 涙が出そう。でも、泣いちゃだめ。メイクがくずれてしまう。

 あ、もうダメ。

 細い涙が一筋、左目からこぼれ落ちた。


「ラリサ様、こちらへ」


 レオンは彼の腕にかけていた私の手を握り、脇の庭園へと入っていった。


「レオン?」


 きょろきょろと辺りを見渡すレオン。そして、迷路のような庭園の植木をいくつか曲がったところに、長椅子を見つけた。


「少し、座りましょうか」


「でも、パーティーに行かなくちゃ」


「ちょっと遅れるぐらい、大丈夫ですよ」


 社交デビューで遅れるだなんて、聞いたことがない。


「余裕をもって出発しましたから、まだまだ時間はございますよ」


 そう言ってレオンは手袋をはずし、私の目の涙をそっとぬぐった。


 長椅子に座り、レオンの肩を貸してもらうと、胸のつかえは驚くほど早く引いていった。

さっきのは、何だったんだろう。婚約破棄を宣言されたあの卒業記念パーティーなんて、もう半年以上前のことなのに、まだ思い出すなんて。


「落ち着かれましたか?」


 レオンはずっと私の手をそっと握っていてくれる。これじゃあ、私の弟じゃなく、お兄さんね。実のお兄様にこんなことされた覚えはないけれど。


「えぇ、ありがとう」


 月明かりが、レオンの微笑みを照らす。



「ラリサお嬢様、ここ数か月、何か思い悩んでいらっしゃったでしょう?」


 何も言っていなかったはずなのに、どうしてレオンにはわかってしまうんだろう。

 ここ最近、あの悪夢が現実に起こらないようにするためにと、語学教室の仕事に励んでいた。タウンハウスに来てからも、パーティーの準備をしつつ、リホン語の文法の研究をし、語彙録を作り、お父様の本に書き加えていた。リホン語を普及させれば、子ども達にもリホン語に興味を持ってもらえれば、未来はきっと変わる、そう信じて。


 視線を落とすと、群青色のドレス。

 ふと、思い出す。卒業記念パーティーでは、深紅のドレスだったな。

 国外追放されて、もう二度とパーティードレスなんて着ることはないと思っていたのに、やっぱり人生わからないものね。


「社交デビュー、パートナーの僕が言うのはおかしいかもしれませんが、必ずうまくいきますよ」


「そう、かしら……」


 もうすでに、失敗しかけている気がしてならないけれど……。


「ラリサ……様、お体に触れてよろしいですか?」


 もうすでに手を握っているのに、レオンが小首をかしげる。


「え、えぇ」


 ハグでもしてくれるのかな。そう思ったら……。

 両手をやさしく握られ、額にあたたかいものを感じた。

 視界には、レオンの肩越しに庭園のバラ。


 数秒の後、レオンの形良い唇が、私から離れる。


「幼い頃、母がよくしてくれたおまじないです」


 額へのキス。

 ハッとした。

 レオンと出会ってもうすぐ十二年。どれだけリホン語ができるようになっても、一度だって家族のことを話してくれたことはなかった。


「レオンのお母様の……」


 またさっきとはちがった涙が、目ににじむ。


「僕はいつだって、ラリサお嬢様の味方ですから」


 やさしい声、それにまなざし。

 婚約を破棄され、国外追放されて、全て失ってしまったような気がしてたけど、ちがった。


「それじゃあ私は、無敵ね」


 レオンが目を丸くした。

 そして、声を出して笑う。長くいっしょにいたのに、これほどまで大きな笑顔を見せてくれるのは初めてだった。


「私、変なこと言ったかしら?」


 そんな風に、無邪気な顔で笑うのね。いつもの静かな微笑みもいいけれど、こっちの方が……。


「いいえ、ありがとうございます。ラリサ様、大好きです」


「じゃ、そろそろ行きましょうか……って、えっ?」


 今、何か大事なことを言われたような……。


「さ、まいりましょう。まだパーティーに間に合いますよ」


「レオン、もう一回言って。ちゃんと聞こえなかったわ」


「会場に入る前に、お化粧室に寄ってからまいりましょうか。俺は外で待ってますから……」


 さっきはずした手袋をはめ直し、レオンは早口に続ける。


 って、「俺」?

 今、俺って言った?

 一人称、「僕」じゃなかったっけ?


 こうして私達の子爵邸での社交界デビューは、ようやくスタートした。



これにて第一部、終了です。

ここまでご愛読くださいまして、ありがとうございます。

また第二部にてお目にかかれますと、幸いです。


ご感想、評価など、くださいましたら励みになります。

どうぞよろしくお願いいたします。

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