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お嬢様は言葉にうるさい!  作者: はるか
第1部 お嬢様、漁船に乗る
18/42

十八、 考えてみましょう

 今日は、イザベル様主催のお茶会に招かれている。

 氷柱を領主邸のサロンに置いた、夏のお花見会だ。


「ラリサ様、お初にお目にかかります」


 こう丁寧にご挨拶くださったのは、商家の奥様、ステラ・マッケンジー様だった。金髪に青みのグレーの目が印象的な方。

 イザベル様いわく、ダニー様が貿易業もしていることから、商人とも家族ぐるみでお付き合いがあるとのこと。

 マッケンジー家はベリーで一番の豪商で、広大なブリンス帝国の布の流通を一手に引き受けているそうだ。


「お話はイザベル様からよく聞いておりました」


 イザベル様は、私の何を話したんだろう。恋愛小説をよみふけっている、とかかな……。それなら、ちょっと気恥ずかしい。


「領主様や、最近噂のイリアの王子殿下の語学の先生をされているとか」


 そっちでよかった。

 それにしても、エイブ様、噂になってたのね。確かに、あの美貌と独特な雰囲気、そして民族衣装は話題にならないはずがない。おまけにエイブ様は、よくあの大男のサフマドさんを連れて街を散策してらっしゃるみたいだし。


「先生だなんて、そんな立派なものではないのですが」


 方々に置かれている氷柱に風が当たり、ひんやりとした空気がじんわり漂う。

 ジハンク王国から取り寄せたというウインドチャイムの音も、麗しい。


 庭園からは、一面にラベンダーが見える。


「ラリサ様に喜んでいただきたくて、用意しましたの」


 イザベル様がこう言って微笑む。ラベンダー色は、私の目の色だからだろう。リホンの公爵家の庭園でも、今頃咲いているんだろうか。


「すばらしいおもてなし、感激でございます」


 この前領主邸に遊びに来た時には、確か赤いアゼリアが植わっていたはず。この短い期間で総植え替えしただなんて、どれだけの庭師を雇ったのやら。


「リホン王国について、たくさんうかがいたいわ」


 ステラ様の言葉に、他の招待客も、うんうんとうなずく。

 ぽつりぽつりと、リホンでの暮らしについて話しながら、何度も妃教育の先生であったシシャール伯爵夫人の顔が脳裏にちらついた。品のある話題、そして話し方をなるべく意識したけれど、どれだけ甘く自己採点しても及第点。なのに、皆様は眉をひそめることなく私のつたない話に耳を傾けてくださった。


「リホン王国と言えば、ブリンス帝国の子ども達なら誰もが知っている童話がございますが、リホンでも有名なのですか?」


と、イザベル様。

 きっと、身分証を作った際に役場にいた女の子が話していた絵本のことだろう。タイトルだけは、最近知った。


「リホンで『宝姫』を知っている人は、貴族でさえいないと思われます。恥ずかしながら私も読んだことがなく……」


「まぁ、そうでしたのね。実は今日、娘が『宝姫』を持って来ておりますのよ」


 今は、乳母と別室で遊んでいるとのこと。


「まぁ、それではぜひ見せていただけないでしょうか」


「もちろんでございます」


 ステラ様は使用人に目配せし、絵本を取りにいかせた。


「ラリサ様、実はうちの息子も今日は来ておりまして、不躾なお願いではございますが……絵本にサインをお願いすることはできますでしょうか?」


 ステラ様のいとこだというエリーゼ様の声に、「うちもぜひ」「できましたら私の娘の本にも」と、次々と声が上がった。


「私が書いた絵本でもございませんのに。リホン人というだけでよろしいのですか?」


 それほどリホン人は、この帝国にとってはめずらしく、後ほどイザベル様に教えていただいたところ、「妖精のような存在」なのだとか。つまり、いるようないないような、ということかもしれない。


「あの絵本に出てくるお姫様に、ラリサ様はそっくりなのでございますよ」


 ステラ様がそうおっしゃると、他の皆様もうなずいた。


「それでは……皆様が喜んでくださるならサインいたしましょう。舞台女優にでもなった気分です」


 ふふふと口元を押さえる皆様の指先の爪は、シーナの言っていたとおりきれいに整えられていて、やはり流行っているようだ。


「それでは、ご興味おありでしたら、お子様方をお呼びして、その絵本をリホン語で朗読してさしあげますよ。皆様、ストーリーはご存知でしょうから、言葉がわからなくとも響きだけでも楽しめるかと思います」


「よろしいのですかっ?」


 イザベル様が、パッと顔を輝かせる。


「せっかくなら舞台女優を気取ってからサインさせていただこうかと」


 それに、リホンのことを、もっと知ってほしい。


「わぁ、楽しみですわ」


「まさかリホン語を聞ける日が来るなんて」


 皆様、子ども達にと言ったのに、大喜びだ。


 こうして、お茶会の最後に、子ども達がサロンに集まった。


「お目にかかれて、こうえいです」


「ごいっしょさせていただきまして、ありがとうございます」


 ステラ様のご息女、ニコラお嬢様と、エリーゼ様のご子息、テオドール坊ちゃまは、こう言って帝国式の挨拶をしてくれた。まだ六歳と五歳だそうだ。小さい体で丁寧にしてくれ、そのかわいさには誰もが顔をほころばせた。


 まずは少し時間をいただき、絵本をサラッと読み、内容を把握した。なるほど。


 舞台がリホン王国というだけで、物語はハープの好きなお姫様が、音楽の力で内戦を終わらせ、王子様の心を射止め、結婚するという話だった。ここでのハープとは、たぶんリホンハープのことだ。唯一のリホンらしさは、作中の歌ぐらいだろうか。リホン王国では誰もが知っている子守唄だった。


「それでは、始めましょうか」


 私の前に座ってじっとこちらを見つめる子ども達。

 絵本を開いて見せると、何度も読んだことがあるはずなのに目をキラキラさせている。

 翻訳をしながらの朗読。けれど絵本なのでさほど難しい表現もなく、つまらずに最後まで読むことができた。


 途中、お姫様が歌うシーンでは実際に歌を歌ってみせ、場を沸かせた。


「すばらしかったですわ」


 イザベル様は、手が真っ赤になるんじゃないかというくらい、大きな拍手をくださった。


「本当は、リホンハープの演奏も入れられればよかったんですが」


「この絵本のハープというのは、そのリホンハープというものですの?」


「かわいらしい響きのハープでございますよ」


 次はできる楽器を持ち寄っての「音楽会」をしようという話になるまでに、時間はかからなかった。


「それにしても、リホン語の響きは雅やかでございました」


と、エリーゼ様。皆様も、それぞれうなずいてくださる。


「私、リホン語を習いたいわ」


 ステラ様のご息女、ニコラお嬢様が口を開いた。


「リホン語が話せたら、リホンのお姫様みたいに勇敢で、美しくて、幸せになれそうだもの」


 他の子ども達も、うなずく。


「リホン語ができたら、すてきなお姫様と出会えるかもしれません」


 五歳のエリーゼ様のご子息、テオドール坊ちゃまの言葉には、奥様方も笑っていた。


「ラリサ様の語学教室に子どもの枠は……ございませんよね」


 ステラ様の言葉に、皆様の視線が私に集まる。

 今のところ、子ども教室の予定はなかった。というのも、ミリーにはシーナがリホン語を担当しているものの、語学教師は私一人が担っているので、手が回らないということもある。


「考えてみましょう」


 私の一言に、子ども達からワッと歓声が上がった。



 本当に、考えてみよう。

 これは、もしかして私の切り札になるかもしれない。

 子ども達は、未来のブリンス帝国をつくっていく者達だ。

 子ども達がリホン語を学び、リホン王国の知識を持って成長すれば、戦争を回避できるかもしれない。

 リホン語を話せない者をリホン王国の貴族は信用しない。リホン語であの高飛車なリホン王室と話し合い、諍いが起こっても国民に被害が出ないようにすることが可能になるかもしれない。

 自分達がリホン語を広めてこなかったことを棚に上げ、民を危険にさらすなんて、言語道断だ。


 私ができること、それは語学で世界を変えることだ。

 リホン語を普及させ、平和的解決できる術を整えておくこと。


「リホン語で『ありがとう』は、何ていうのですか?」


 子ども達からこんな質問を受けながら、私は絵本にサインをしていった。


 リホンに好意的なイメージがある今なら、まだ間に合う、と信じたい。

 この絵本を書いた人は誰なのか、誰も知らないとのことだけれど、感謝の念でいっぱいになった。

 どのような意図で執筆されたのか、いつかうかがう機会があるだろうか。もう何十年も前からある絵本だそうなので、筆者がご存命であることを祈るばかりだ。


 ラリサ語学教室の生徒は、どんどん増えていった。

 受講希望者は、ダニー様のお知り合いを中心に、後を絶たなかった。けれど、あまりの希望者数の多さに、シーナとレオンが面談した上で受け入れることにしている。


「酒場で聞いてリホン人見たさとか、ひやかしで来る人も多いんですよ。まだそんな人はいいんですが、あきらかにラリサ様目当ての方は、お断りすることにしています」


と、シーナ。


 受講者は、やはり商家の子息が多く、レッスン料も安くはないため、富や地位ある人がほとんどになってしまった。けれど、今は一週間に一度、領主邸で子ども向けのリホン語教室を開いている。


 領主邸の離れを開放してくださったダニー様には、本当に頭が上がらなくなってしまった。


「子どもは領地の宝だからな」


と、警備も難しくなるにも関わらず快く受け入れてくださったのだ。


 子ども教室のレッスン料は、毎回無料。ステラ様は少額でも取るべきではと、商家の奥様らしい助言をくださったけれど、カフェの二階、そして新たに借りた三階の大人の語学教室でたくさんいただいているので、生活にはじゅうぶん困らないし、このままにした。私の当面の目標は、リホン語を身近に感じてもらうことだからね。



 ある夕食後、シーナが帳簿からパッと顔を上げた。


「そろそろ宿屋を出ても大丈夫そうですね」


 シーナは早く自分達だけの家がほしいと、常々言っていたのだ。


「それでは、近いうちに家を探しましょう」


 レオンも乗り気だ。確かに、ずっと宿屋ってわけにもいかないわね……。


 そんな時、領主邸に改まって呼び出された。


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