十七、 ラリサお嬢様のお力を見たかー!
その夜、また夢を見た。
黒髪でおさげの少女が、前回と同じように暗闇の中で本を読んでいた。
この子は、私だ。
また瞬時にわかった。
机の上には別に本が一冊置いてある。
『真実の愛に敵はなし』
……あぁ、悪役令嬢の私が婚約を破棄されて、国外追放されるまでの話ね。
じゃあ、今度はどんな物語を読んでいるんだろう。
嫌な予感がした。
「何を読んでるの?」
恐る恐る、私である少女に尋ねる。
少女はこちらに振り向くと同時に、手の本を閉じ、表紙をずいとこちらに持ち上げた。
ここまでの悪夢は、初めだ。
本の表紙には……
『真実の愛に敵はなし2』
と、大きく書かれていた。
衝撃だった。
続編が、あったの?
周りの闇が大きくうねり始め、白い空間が現れた。そして、私の顔が映し出された。
今より少し……大人びた雰囲気だ。数年後なのかもしれない。
これは、夢よね。
ただの、夢よね。
そう信じたいのに、そこには悪役令嬢である私の復讐劇が描かれていた。
ブリンス帝国の騎士団を引き連れて、なんと私がリホン王国を攻撃していたのだ。
悪意に満ちた、煌々とした表情の私。自分の顔なのに、背筋が凍りそうだった。
主人公であるリリー様とオスカー殿下は、困難にもめげず、二人の愛の力で乗り越えていく。
美しい話だ。
数々の私がしかけた罠にひるまず、お二人はより一層愛を深めていく。
けれど、リホン王国は焼け野原だった。
平民にも大きな被害が出て、無数の死者が出た。
鉱山の大多数も荒らされ、いや、荒らしたのは私みたいだけど、とにかく大惨事だった。
夏ということを差し引いても、汗だくで目を覚ます。
「ラリサお嬢様、もうお目覚めですか?」
シーナは自分の身支度を整えているところだった。
窓の外からは、鳥の声がする。いつもの朝だ。
「怖い夢を見たの……」
寝ていただけのはずなのに、息も上がっていた。
「どんな夢ですか?」
「どんな夢って……」
あんな悲惨な夢、いくら私の侍女でもリホン出身のシーナに伝えていいものだろうか。
「あ、もしかして忘れちゃいましたか? 私も、よくそうなるんですよね」
忘れたい。できれば、なかったことにしたかった。
でも、頭からあの燃え落ちるリホン王国の映像が離れてくれない。
もし現実にあんなことになったら……大変だ。
悪役令嬢なんて、生ぬるい。極悪令嬢、いや、ただの悪魔だ。
あれ、私がやったのよね。
あの少女が持ってた本には、はっきりと「2」と書かれていた。ということは、上下巻ではなく、全三巻? それとも全五巻? それとももっと続刊されていたりするんだろうか。
何にしろ、二巻目であの惨状だ。もしかして三巻目から新たな悪役が出てきて、私は幕引きとなるかもしれないけれど、そうなるってことは、私はバッドエンドを迎えることになる。つまり、死だ。そして三巻目以降も私が生き残ったとしても、リホン王国やリリー様に残虐なことを繰り返す役回りであることはまちがいないだろう。
寒くもないのに、震えが止まらない。
「ラリサお嬢様、大丈夫ですか? お風邪をひかれたんじゃありませんか?」
「だ、大丈夫よ。気にしないで」
数年後の私、何をやってるのよ。
どうしてそこまで憎むようになってしまったの。
最近忙しすぎたから、あんな夢を見たのかな。
幸せだと悪い夢を見ると聞いたこともある。
あ、昨日レオンが「復讐」なんて言葉を出したからだ。
でもだからって、あんなひどいことを私は深層心理で考えていたというの?
いろいろと悪夢を見てしまった理由を考えてみたものの、どれも説得力がない。
今日はちょうど、何の予定もないのが幸いだった。
「今日はお部屋でゆっくりいたしましょう。最近、暑くなりましたし、お疲れが出たんですよ」
それも理由の一つに入れよう。でもやっぱり、あの夢を打ち消すものとしては弱すぎる。
「そうね……」
シーナが洗面器に水をくんできてくれた。
顔を洗うと、少しだけスッキリした。
ものは考えようだ。
私が母国に害をなすようなことをしなければいい話なんだ。
そうすれば、あの物語のとおりにならず、私は物語にすらならないような人でいられるはず。つまり、国外追放された悪役令嬢は、平民に混じって細々と楽しく暮らす、というもの。
「シーナ、今日はお買い物、いっぱいしましょっ」
うん、そうだ。怖がる必要なんてない。
あの本で私は主人公ではないんだから、脅威をただ待たなくなっていい。始めなければいいだけ。
「ラリサお嬢様、お休みになられなくていいんですか?」
「せっかく早く起きたのよ。長い一日を楽しまなきゃ」
「お嬢様がお元気なら……久しぶりにそういたしましょうかっ」
今日はシーナとレオンが喜ぶもの、たくさん買おう。
シーナには新しいドレス、レオンにももう少し改まった席で着られるような服があるといいわね。昼はラム肉がおいしいと評判のレストランに行って、夜は眠くなるまで二人とカードゲームでもしよう。
朝食後、私達は早々に宿屋を出た。
「こんなによろしいのですか?」
ドレスショップで、シーナは明らかに喜んでいる。そう、この顔が見たかったの。
「もちろんよ。近いうちにこれを着て、ミリーとでもどこかに遊びに行ってきて」
「ラリサお嬢様も新しいドレス、見ましょうよ」
「私はいいわ。だって……」
「……そんなこと言わず、と言いたいところですが、確かに今はまだいいかもしれませんね」
ドレスは、もうクローゼットに入りきらないほど、ダニー様やエイブ様にプレゼントしていただいていたのだ。どれも美しい品ばかりで、最近私は、同じドレスを二度着ていない気がする。
私達は深夜まで遊び倒した。
久々に三人でしたカードゲームは、レオンが強かった。彼は勝っても自慢げな顔一つしないから、シーナはブツブツ文句を言っている。そんな二人を見ているのが、本当に楽しかった。
けれど、頭の中からあの夢が消えてくれない。
気になるのは、私が帝国の騎士団をけしかけてリホンを攻撃していたこと。
現実の私が何もしなくとも、ブリンス帝国とリホン王国が戦争になる未来は、ないとは言えない。
戦争だなんて、そんなこと、あってはならないものだ。
歴史的にも戦争は、多少の経済効果はあったとしても国民にとっては悲劇でしかない。悲しみの連鎖を一つ前へ進めただけだ。
そして、今は「宝島」なんて呼ばれ神秘的な国として位置づけられているリホン王国だけれど、軍事力はそんなにないと私は見ている。個々の騎士達は有能でも、戦争は一個人が強いだけではどうにもならない。
「私にできること、ないかしら……」
もし母国とブリンス帝国が戦争、なんてことになったら、リホンから一番近いこのベリー領が最も被害を受けることになりかねない。
「お嬢様、もう降参ですか?」
手札がよほどいいのか、それを隠そうともしないでニコニコ笑うシーナ。
「まだまだ、これからよっ」
「僕、次で上がりですから」
「えー、レオンのカード、いっつも良すぎるんじゃない?」
シーナの大げさな声。
あきらめない。
あきらめたくない。
今の私でも、公爵令嬢でない私にもできることが、何かあるはずだ。
「ラリサお嬢様、何かいいカード、持ってないですか?」
次の番は、私だった。
「あ、あるわ」
見えていた手札に重なって、一枚見えていなかった。
「これで、どうかしらっ」
ポンと、そのカードを前に出す。
「レオン、ラリサお嬢様のお力を見たかー!」
レオンはフッと笑って、黙って新しくカードを四枚ひいた。
さて、これで勝負はわからなくなった。
探さなきゃ。
私だけの切り札。
第一部、残り3話です!




