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お嬢様は言葉にうるさい!  作者: はるか
第1部 お嬢様、漁船に乗る
15/42

十五、 飛躍しすぎよ

「お兄様、お呼びでしょうか?」


 ダニー様と同じ、ふわふわとしたダークブラウンの髪と目をしたかわいらしい方がそこに立っていた。うすい青のドレスは、最近のベリーの流行りだとシーナが言ってたっけ。


「お客様がいらしたのね。初めまして。イザベル・フストリドと申します」


 国外追放されてから初めてお会いする貴婦人。

 どんな方なんだろう。

 失礼のないようにしなくちゃと、姿勢を正す。


「私はラリサ・シビリテルと申します。お兄様には大変お世話になっておりまして……」


「まぁ、あなたがラリサ様なのね」


 イザベル様はそう前のめりになると、私の座っているソファにサッとかけた。


「座るなら、おまえはこっちだろ」


 ここから、私達の会話はブリンス語になった。


「この方が、この前から何度も話してくださっている『お嬢ちゃん』なんでしょう? ぜひ仲良くなりたいわ」


 人懐こい笑顔に、身構えていた体がゆるむ。


「仲良くするのはいいことだが、それでもそっちの席はおかしいだろ。お嬢ちゃん……ラリサ嬢がびっくりしてるじゃないか」


 ダニー様から聞く久々のブリンス語は、日頃話してくれるリホン語より丁寧な感じがする。これも、ブリンス語を最初に教えてくれた……おそらく乳母かお母様の影響なんだろうな。


「ねぇ、ラリサ様、いいでしょう? 私、お兄様に聞いた時からずっとお会いしてみたかったの。お友達になってくださらない?」


 イザベル様のキラキラ輝く瞳が、答えを今か今かと待っている。

 慌ててうなずくと、私の手を取って「うれしいわ」と言ってくださった。


 思わず書き写したくなった。

 だって、「友達になって」だなんて、言われたことなかったんだもの。


 この瞬間、ピンときた。

 今まで、「愛をささやく」にこだわりすぎていたのかもしれない、と。そもそも愛をささやく前には、仲良くなる工程があるはずなのだ。友達と楽しく会話することを想定して教材を作るのが先だと、今更ながら気付く。ま、シーナくらいしか友達はいなかったんだから、しかたないよね。


「ラリサ様、うちにいらっしゃいよ」


 私はあれから数日に一回はイザベル様に会うようになった。

 本を通していろいろとお話しするうちに、すっかり仲良くなった私達。友達って、共通の楽しみがあるとより仲を深められるのね。


 領主邸の図書館の所蔵量はそうとうなもので、イザベル様の趣味で恋愛小説も数多くあった。私はその中でも彼女のおすすめを貸していただいているのだ。


「ダニー様にもそう誘っていただいたんですが……」


「じゃあ、何も問題ないじゃないの」


「そうなのですが……」


「もういっそ、お兄様と結婚するってのはどうかしら? ラリサ様が家族になってくださったら、毎日が楽しくなりそうですわ」


 思わず私達しかいないはずの図書館を見渡す。


「とんでもないことでございます」


 私は元リホン王国王太子の婚約者とはいえ、国外追放までされた身なのだ。今この図書館にいることさえ本当はおかしいほどだ。


「いい考えだと思いましたのに……」


 ダニー様にお断りした時のように、できるだけ自分の力で生きていきたいという心の内をイザベル様に話す。


 どうしてこの兄妹は、こうも人の心を開かせるのが上手なんだろう。


「ラリサ様は、勇敢ですわね」


「そんないいものではございませんよ」


「いいえ、物語の主人公のようです。私、応援しますわ」


 イザベル様は、私より一つ年上なので、御年十九。ブリンス帝国では結婚適齢期ということになる。


「私も、私の力で何かを成してみたいわ」


 イザベル様は結婚願望がないんだとか。兄であるダニー様には社交の場には顔を出せと言われるだけで、縁談はいくつもあるものの、全て受け流しているとのこと。


「ラリサ様は、その……お兄様にちらりと聞いたのですが、母国に婚約者がいらっしゃたとか……」


 恋愛小説が好きなイザベル様には、いつか聞かれると思っていたけれど、よく仲良くなるまで我慢してくださったものだ。


「見事にふられましたけれど」


 イザベル様お気に入りの紅茶を片手に、ため息を一つついて見せる。


「リホンではそういったことは、よくあるものなんでしょうか」


「いいえ、前代未聞でございます」


「その王太子殿下……」


 イザベル様は、大きく息を吸い込み、一息に言いきった。


「大馬鹿者でいらっしゃいますねっ」


 もう少しで紅茶を噴き出すところだった。貴婦人の口から大馬鹿者だなんて、リホンでも聞いたことがなかった。


「こんなにも美しくて聡明で魅力あふれるラリサ様を手放すなんて、そうとしか言いようがありませんわ」


「でも、そのおかげでイザベル様と出会うことができましたから、いいのです」



 人生は何が起こるかわからない。

 そんな小説の中のモノローグのような一節が、私にはぴったりだ。


「これからも私と、楽しいこと目一杯しましょうねっ」


 イザベル様はそう言って、これからの計画を立ててくださった。



 季節は、いつの間にか初夏になっていた。


「お花見もしないまま、夏になってしまったわ」


 そう言ったところ、


「ベリーでは、夏がお花見の季節ですわ」


と、返ってきた。なんでも氷柱を山奥から運んできて、その傍で庭を眺めるんだそうだ。なんと優雅で贅沢なお茶会でしょう。


「そんな涼し気な夏のお茶会があるだなんて」


 驚きを隠せない私を見て、イザベル様は満足げに微笑んだ。


「私の友人達にも、すてきなラリサ様を紹介したいわ」


 また生徒が増えるかもしれませんわよ? と、目くばせするイザベル様。

 イザベル様も、今や私の生徒の一人になった。

 教えているのは、かんたんなリホン語だ。挨拶と、自分のしたことやほしいものが言えるように今はレッスン中だ。


「いつかリホンを旅行する時に、買い物に困らないようにね」


 外国人観光客は、リホンは基本的に受け入れていない。そんな日が来たらいいのに。



 ブリンス帝国に来て、三か月が過ぎていた。

 教材作りを完了させてからとなると、まだまだ時間がかかりそうなので、ダニー様やエイブ様の了解のもと、少し前からレッスンを開始している。


 語学教室として使う部屋は、私の宿屋と領主邸のちょうど真ん中にある一室に決まった。

 一階が評判のパティスリーで、頼めばレッスン中に二階までお茶とお菓子を運んでくれる。甘いもの好きの私としては、最高の職場となった。


 大きな窓からは街を行き交う人々を眺めることができ、物事を説明するレッスンの際にぴったりだ。

 大きなテーブルに座り心地の良い大き目のイスが数脚。教材を保管するための戸棚に、休憩用のフカフカのソファ。黒板に筆記具にいたるまで、ダニー様は一級品ばかり用意してくださった。


「私は何をお礼すればいいだろうか? ラリサさんが望めば、何でもさしあげよう。来年あたり、イリア王国への旅なんてのも悪くないと思うんだが。気に入ったなら、イリアにラリサさんにふさわしい屋敷を建ててもいい」


 エイブ様はそうまじめな顔をして言った。冗談ではない、ということなのだろう。


 イリア王国へのお誘いは、とても魅力的だった。行ってみたい国の一つでもある。でも、それ以上の意味も含まれている気がして、安易に返事なんてできない。


「今は、お気持ちだけいただいておきます」


 こんな時、妃教育で習った貴婦人の微笑みは役に立つ。


「それでは、どうすればラリサさんは喜んでくれますか?」


 どうすれば私が喜ぶか。こんなこと、シーナやレオンぐらいしか考えてくれたことはなかったな。


「そうでございますね……。おいしいお菓子とお花があれば、うれしく思います」


 私の語学教室は、壁一面が真っ白く、殺風景だと思っていた。花があれば、色の名前や長さの単位を学ぶ時にも役立つし、何より香りは気分をリフレッシュさせてくれる。



「もうこの教室を始めて一か月経ちますが、名前はお決めにならないのですか?」


 今日の生徒であるエイブ様がお帰りになった後、黒板を消しながらレオンが聞いた。


「そうね……考えたことなかったわ。レオン、何かいい案はある?」


「はい! 私、実は考えておりました!」


 紅茶のカップを片付けながら、シーナがパッと笑顔を見せた。


「シーナらしいわね。それで、どんな名前?」


「いろいろと考えたんですが、最後にいきついたのはやっぱり……『ラリサ語学教室』です!」


 ラリサ語学教室。

 そのままじゃない。


「いいですね。この先、この語学教室が語学学校になりましたら、『ラリサ語学学校」ということになりますね」


「レオンったら、飛躍しすぎよ」


 語学教室だって、まだスタートしたばかりだ。


「ラリサお嬢様、そんなことございませんよ。リホン語はもちろん外国語に興味ある平民は、ミリーだけじゃないんですから」


 酒場の給仕をしているミリーも、来週からここで習うことになっている。とは言っても母国語の教育も充分には受けていないミリーは、まずはブリンス語を強化してから、ということになった。その後、イリア語とリホン語を勉強する予定だ。


 生徒は貴族にターゲットをしぼる方がいいとシーナは言ったけれど、せっかく習ってみたいと言ってくれている人がいるんだったら、私は身分に関係なく教えたい。

 言葉は貴族だけのものじゃない。言語は誰にだって使える価値ある道具で、魔法であってほしいんだ。


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