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苦手な方はご注意ください。

名前のない人生劇

【短編】生理前に召喚とか勘弁して! あ、この人連れて帰りますね。

作者: ヘチマチ

【シリーズ第三弾!】

設定ゆるゆる、ご容赦ください。


この小説で出てくる現世は、今より少し先の未来を予想して書いています。


※生理についての記述が多く出てきます。

生々しい表現は控えたつもりですが、苦手な方は、お逃げください。




あ〜!イライラする。下腹部痛いし。

寝ても寝ても眠たいし、食べても食べてもチョコが食べたくなるし、あ〜!生理前つらい〜!!!


そういってまたチョコレートを取りに行く私。自分で隠したチョコレートを取り出す私。手が…手が勝手にィィィ!



-----



お母さんが学生の頃から、ようやく生理は軽減していいものという考え方が浸透してきたらしい。婦人科行くのは普通のことだし服薬や器具を入れてる子だって珍しくない。もちろん生理による辛さを軽減するため。


おばあちゃんが学生の頃は性別で分けて性に関する授業を受ける学校がまだまだ多かったらしい。お互いの性なんて見た目では分からないし一緒に受けないと意味ないよね。そんなことを考えながら最近サボっていた婦人科へ受診した日の夜。もらったお薬を飲んでお気に入りの鏡を覗き込む。


あ〜肌荒れすご。生理のせい…じゃなくてチョコレートの食べ過ぎ…かな。

まてよ?異常な食欲も生理のせいだし、つまりは全部生理のせい!そういうことにしよ!明日は荒れた肌用のコスメをサブスクしよ〜と思っていたら

あらららら?

私、鏡に吸い込まれてない?



-----



「うん、状況はよく分かった。じゃ私を帰して」


王宮にて私を鏡の中から拉致した前髪の長い人が困っている。突然、別の部屋にワープしたと思ったらここは異世界なんだとか。

なんだそれ。

一昔前に流行った異世界転生、いや転移かよ。おばあちゃん家にあったなぁ、そういう漫画。

それよりここの床冷たい。せっかく薬飲んだのに身体冷やしたら意味ないじゃん。


「貴方は聖なる力を持つお方。国王の命により私の魔術で召喚しました。つきましては王妃様のお心をそのお力でお救いください。」


目の前の前髪が長い人は王宮魔術師長とかいう偉い人らしく何度も状況を説明してくれる。

いや、さっきもそれ聞いたし。


「それしか言えないの?召喚ってこっちからしたら、ただの拉致だからね?連れてくる前に確認して?まぁ確認されても断るけどね!とにかくやめてよね!こんな寒いところ困るよ。生理前にさぁ!!!!」


イライラがMAXになって最後の方はほぼ怒鳴ってしまったけど、私悪くないよね?悪いのは前髪長い人だよね?



-----



その後、慌てた王宮魔術師長があたたかい部屋へ移動させてくれた。いや、その前に家に帰してよ。うすうす気がついていたけれど今のところ家に帰る術はないらしい。まぁ!なんと立派な拉致ですこと!ホホホ!


こっちに召喚できる技術があるなら、あっちに帰すこともできるでしょ。魔術師長さん凄い人なら、その辺、至急よろしくね。


-----


王宮の一室を与えられて聖なる力とやらの説明、座学を受けた。


その前に…月経ディスクない?カップは?…ない?じゃあタンポンかナプキンでもいい!え、ない?布を当てる?いやぁ…染みるでしょ。え、何もしない人も多いって?いや、どういう状況なのそれ。たまたま手に持っていた薬があったから生理の不快感は軽減できているけれど、さすがに垂れますよ!


とりあえず布を当ててもらってお勉強。

余分に紙をもらって日記も付けておく。なんか記憶とか消されたら困るし。


こっちに連れてこられた日から、あまりにも私が文句を言うので前髪の長い人はアワアワと私の使いっ走りみたいなことをしている。

いや、なんかごめん。私と同世代に見えるけど一応偉い人なんだよね?他の偉い人たちは本当に偉そうで私の都合なんて完全に無視。というか私が喜んでいると思っていそう。

名誉なこと?名誉で生理が軽くなるのか?おおん?

これもまた前髪長い人に訴える。

本当に申し訳ないけれど前髪長い人しか話通じないし、この状況、私だって頭おかしくなりそうだよ。

私を連れてきたのが悪い。うん、そうだそうだ。




-----



聖なる力について王宮の人たちが言うには精神に作用し曇ってしまった心を浄化する効果があるらしい。王妃も聖なる力を持っていて王が若い時に抱えていた精神の闇を取り除いたことから寵愛を受けたのだとか。聖なる力を持つ人を“聖女”と呼び、1人しか存在しないはずだったが、そのたった1人の聖女である王妃の精神が蝕まれてしまったものだから、さぁ大変。

過去の文献より異世界から聖女を召喚した時にのみ世に2人の聖女が存在できるとあったらしくてこうなったと。


う〜ん、おばあちゃん家にあった漫画の聖女とはなんか違うなぁ。

自分の生理を軽くできるのでは?と試してみたけれど肉体には意味がないらしい。そもそも自分に向けては使えないのだとか。

う〜ん、この力、私にメリットある?



-----


生理が終わった頃、王妃に会った。美しい人だ。

王妃様は体調が悪いのか大きなソファーに身を預けている。近くには髪をオールバックにしたカッコいい女性と兵隊さん?もいる。


王妃様は「こんな体勢でごめんなさいね」と言いながら、話し始める。

事前に言われていたとおり相手の話を静かに最後まで聞く。王妃様の話をまとめると“とにかく辛い” と。国王に見そめられ、まるでシンデレラのように王妃になって。“真実の愛”で結ばれた夫婦として多くの人に讃えられた。しかし冷静になって周りを見渡せば自身のことをよく思っていない目がたくさんあって。王が愛してくれるならと努力を重ねてはいるものの常にいっぱいいっぱい。せめて子どもはと思っても第二子に恵まれず。さらに自分に後ろ盾がないばかりに我が子が立太子されるか危ういような噂を聞かされ。


愛する王のために、愛する我が子のために、私はどうしたら良いのか、私の価値はどこにあるのか。


王妃は話し終わるとさらにぐったりしてしまった。手順の通りに王妃に手をかざし心の中で念じる。


“心の闇よ、どっかいけ〜!”


ずいぶんと軽い念だよね。でも念じる文句は何でもいいらしい。しかし念じた後なんだかドッと疲れてしまった。しっかり効いた証拠なのだろうか。王妃様はなんだかボーッとした目をしている。

仕上げに、「貴方は貴いお人です」とか「貴方は必要とされている」とか王妃様を肯定するような言葉をかける。そうすると王妃様はボーッとしながらも微笑んで頷き最後には目を閉じて眠ってしまった。



-----



次の日、呼ばれて一室へ赴くと昨日王妃様の横にいたオールバックの女性が座っていた。対面の席に促され腰掛ける。彼女は王妃様を支える側近なのだそうだ。


「どう、思われましたか?」

オールバックの人が尋ねた。


「どう、とは?」

私が答えると彼女は困ったように微笑んだ。


「いい大人が寄って集って何をしているんだと、お思いでしょう。魔術師長様からお聞きになったと思いますが貴方様は王妃様のお心を救うためだけに呼ばれましたり王命で。非人道的な方法で…。断っておきますが私は王妃様の味方です。王妃様が国王と第一王子を心から愛し努力されている様子を近くで見ていますからね。ですがそれは貴方には全く関係のないこと。こうなったのも全ては“真実の愛”により無邪気な少女が分不相応な地位に選ばれたせい、選んだせい。そうは思いませんか?分不相応な地位や称号は心を疲弊させる。私にはそう思えてならないのです」


オールバックの人の言葉を自分の中で咀嚼する。…もしかして彼女は私に警告しているのだろうか。いきなり“聖女”となった私の行く末を案じているのだろうか。王妃様のようにならないで、と。

この人になら素直に言っても怒らないだろう。むしろ、それを望まれているのだろう。


「私の考えですが…王妃様は心を病まれていますよね。でもそれは特別なことではなくて誰にでもあることです。白と黒の間の濃淡の中に無数の色があるように一人一人の心の中にも濃淡がある。王妃様に必要なのは聖なる力とかじゃなくて心の休息だと思いますけど」


さらに私は続けた。


「王妃様はご自分が聖女であることに価値を感じられた。そして聖女である自分、王妃である自分に価値をおかれた。だけど私は聖女であることに全く価値を感じていません。自分の中で聖女である私に重きをおいていません。王妃様は夫に、子に自分の価値を託されているように思いました。彼らにとって有意か、そうでないかに自らの価値を見出そうとしている。それは…しんどいですよね。自分の価値は自分で認めてあげないと」


暗に“私は王妃様とは違います”と伝えたかった。


私が人間関係で疲れた時お母さんが言っていた。

自分で自分を幸せにしてあげないと本当の意味で幸せになれないよ、と。


自分を受け入れること。自分の中に価値を見出すこと。他との比較じゃなくて他人からの評価じゃなくて。他人からもらった価値は、幸せは、長くは続かないよと。

オールバックの人は話し終えた私をじっと見た。そしてフッと微笑んだ。


「おもしろい人ね」



-----




あれから頻繁に王妃様に呼ばれ治療と言う名の一方的に話を聞かされる会が開かれた。

辛い、辛い、と聞かされ最後に聖なる力を使うのがだんだん苦痛になってきた。

そもそも聖なる力って何?どう考えても精神を麻痺させるというか鈍らせて暗示をかけているようにしか思えない。聖なる力って催眠術みたいなものなのかな?一種の洗脳みたいな。とにかく疲れる。慣れない生活に加えて精神的に重労働ですけど。私の人権は?メリットは?いつものように、 前髪が長くて目が合わない魔術師長に訴える。


最近は彼女の執務室でランチを食べながら話すことが多くなった。当初は私の部屋にご飯が運ばれていたが知らないところで1人でご飯を食べているとどうにも落ち着かない。王宮で働いている人たち用の食堂のようなところへ行ったこともある。長い前髪で前が見えているのか怪しい魔術師長が一緒に来てくれた。というか連れて行った。


「おやおや、魔術師長殿がこちらで食事をとられるなど珍しいこともあるものだ」

そう言って数人のお供を付けた人が話しかけてきた。


「ここで提供されるのは、この国の味付け。この国のご出身ではない貴方様のお口に合いますかな」


集団ですごく小気味良い顔で話している。嫌な感じだ。ふと魔術師長を見ると素知らぬ顔で食べ続けている。無視ですか。

いや、まてよ?長すぎる前髪で本当に見えてないのでは。魔術師長の顔の前で手をヒラヒラさせ「話しかけられてるよ〜」と言ってみる。彼女は食べるのをやめて首を傾げてこちらを見た。小首かしげるの、ちょっと可愛い。

…いや、そうじゃなくて横にいる人たちを見てあげてよ。


「おやおや、これは聖女様。随分と魔術師長殿と親しくされている様子。噂になっておりますよ。あの魔術師長殿が貴方様のためであれば右往左往、慌てた様子で走り回られている。そんな珍しく可笑しな光景が見られると」


目の前の集団からクスクスと笑い声が漏れる。


つまり私が魔術師長を使いっ走りしていることが噂になっていて、それをこの人は可笑しく思っていると。う〜ん、と考えたあと、ニコッとしながら私は目の前の人に言った。


「おやおや面白い話をどうもありがとうございます。では何か?国王様の命を受けて王妃様のお心を救わんと力を振るっているこちらの魔術師長様が、

王妃様のお心を救う力を持った私を支えるべく右往左往している彼女が滑稽だと。そう貴方はお考えなのですね?おやおや、それはそれは。

おや?貴方の周りの方も同じ考えだと?おやおや、

それはおやおやですねぇ」


私が反論するとは思わなかったのかオヤオヤ集団は顔色を悪くして去って行った。


「おやおや、って本当に使う人初めて見たなぁ。使い方がいまいち分かんないけど、なんだかくせになるね」


そう言って魔術師長に顔を向けると驚いているような呆けたような顔をしていた。


「なに?切り返しが上手くて惚れた?」

とニヤリと笑って小首を傾げると魔術師長の顔が、ポッと赤く染まった。


…おやおや〜?



そんなことがあったので、それからは魔術師長の執務室で食べるようになった。



-----



王妃様に呼ばれる頻度が減った。


魔術師長が私の体調を考えて頻度を減らしてもらうよう王妃様の側近の人にかけ合ってくれたらしい。あのオールバックのかっこいい側近の女性もそれがいいと1ヶ月に一度にしてくれたようだ。1ヶ月、そう、私はあれからこの世界でまた生理を迎えていた。薬もこれで無くなってしまったし布で対応するのは不便だしチョコレートやスナック菓子食べたいし帰りたいし…。


ある夜、寝る前に追加の布を魔術師長自ら持ってきてくれた。生理はもう終わりかけだったので予備としてありがたく受け取った。帰ろうとする彼女に話しかける。


「ねぇ、早く元の世界へ帰してくれない?」


魔術師長は長すぎる前髪の奥ですまなさそうな顔をして答える。


「ごめんなさい」


…いつもそう言う。

最近は、そんな顔をして謝られたら、私もあまり強くは言えなかった。


でも、辛い。


「私は謝ってほしいわけじゃない。

教えて。何に対するごめん、なの?

そこまでの技術が、まだ確立していないことへの、ごめん?

それとも、研究すればできるかもしれないけれど、王命だから、技術があろうが無かろうが、私を帰すことはできない、ということへの謝罪?」


部屋に、沈黙が続いた。


何か、話そうとしている彼女に、椅子をすすめる。

私はベッドに腰掛け、彼女は側の椅子に座った。


「どちらも…」


伏せ気味で話す彼女は、長い前髪のせいで、どんな表情をしているのか分からなかった。


「ねぇ、顔を見せてくれない?」


思わずそう言ってから、ハッとして言い直す。


「ごめん、ごめん。嫌ならいいよ。

無理に顔を見たいとか、そういうんじゃないから。

でも…どんな表情でいるのか気になって…」


前髪が長い目の前の人は、しばらく考えた後、手で、その重たい前髪を持ち上げた。


凛、とした顔だった。

そして、おでこに、横一文字の、大きな傷が見えた。


「キレイだね」


私がそう言うと、パッと手を離して俯いてしまった。


私は、また顔を伏せてしまった彼女の手を取ると、言った。


「見せてくれて、ありがとう。

私、あなたの顔、好きだよ」


顔を上げた魔術師長は、驚いた顔をしていた。


しばらく、そのまま、前髪越しに見つめ合っていると、魔術師長は顔を赤くして、バッ!と勢いよくそっぽを向いて、言い訳するように、勢いよく話し出した。


魔術師長は、元々、他国の孤児だったらしい。


国同士の小競り合いに巻き込まれ、逃げる途中で、おでこの傷がついたのだと言う。

親が自分を庇ってくれなかったら、こんな傷では済まなかっただろう、と。


流れ着いたこの国で、前魔術師長に才能を見出され、前魔術師長の子息の元へ、養子として引き取られたのだそうだ。


そんな恩のある前魔術師長さえ、押しのけて、聖女である私を召喚できるとして、魔術師長の座を得たらしい。


…だけれども、まだ居場所がないように感じる、と。


こんなに話す彼女を初めて見た。

最後の方は消えいりそうな声だったが、それこそが彼女の本当の姿に見えた。


「どうして、居場所がないと思うの?」


私が聞くと、長い前髪で顔を隠したまま、早口で彼女は喋った。


この国の出身ではないから、

養子だから、

人との関わりが苦手だから、

女なのに、女らしくないから、


“普通”とは違うから…


私はもう一度、手に力を込めた。


「私はそうは思わない。

国籍が違うとか、血の繋がりとか、自分の性格とか、性別とか、私は、そういうのを超えたところに、人間の本質があると思う。

だってそうでしょう?

誰1人として同じ人はいないんだよ?

実の親と子でも、違う人なんだよ?


“普通”っていうのはさ、その時、その人にとっての“大多数であろうこと”、っていう意味だと思うの。

すごく曖昧なんだよ。

場所が違えば、時代が違えば、“普通”は簡単に変わる。


居場所は、与えられるものじゃない。

自分で作らなきゃ」


そうでしょ?と聞くと、

前髪を揺らして、こくん、と頷いた。


なんだか嬉しくなった私は、


「ねぇねぇ、お泊まり会しようよ。

私、こっちの世界に来てから寝付きが悪いの。

なんていうか、寂しい」

と、誘ってみた。


子どもみたいなこと言ってて、少し照れる。


前髪の長い彼女からは、

「まだ仕事があるから…」

と返事が来て、だよね…と、少し、いやだいぶガッカリしたが、


「明日の夜なら…」

と続いたものだから、嬉しくって、やった!と言いながら、目の前の彼女をぎゅっと抱きしめた。


こちらの世界に来て、初めて明日が楽しみだと感じた。



-----



聖女である私と、魔術師長は、まるで親友のように、時間があれば一緒にいることが増えた。


周りから見れば、わがままな聖女の生贄になる魔術師長、

もしくは、何を考えているのか分からない魔術師長に感情を吹き込んだ聖女、

といった評価だろうか。


オールバックの王妃様の側近からは、


「お二人は、二人で一枚の絵、というように感じますわ。羨ましいこと」


と、微笑まれた。


私は、魔術師長に、友達以上の感情を抱いていることは、とっくに自覚していた。

でも、この世界では、どうやら同性の恋愛は“普通”ではないようだった。


私と魔術師長の仲が深まるのと比例するように、王妃様の、私への“依存”傾向は強まっていった。

心穏やかに過ごせる時間を、長くしてくれる私の力は、王妃様にとって、手放したくないものなのだろう。


ある日、治療の日ではないのに、王妃様に突然呼び出され、告げられた。


「貴方、私の息子の婚約者になりなさいな」


貴方には感謝していますのよ、と微笑む王妃様に、私は愕然とした気持ちになった。


え、普通に嫌なんだけど。


慌ててオールバックの側近の方を見ると、彼女は王妃様に分からない程度に、緩く首を振った。

知らなかった、ということなのか、諦めろ、ということなのか…。


ご機嫌そうな王妃様を見て、言うなら今しかないと思った。


「あの、発言を、よろしいでしょうか」

王妃様の許可を得て続ける。


「お心遣い、ありがとうございます。

ですが、私はそういったことを望んでいません。

私には、帰るべき世界があります」


ドキドキしながらそう言い、王妃様をチラッと見ると、まぁまぁ、と嬉しそうな顔をした。


「思慮深い方なのね。心配することはないわ。

私も、聖なる力のおかげで、夫に見そめられて王妃となりました。

身に余る栄誉だと、遠慮することはないの。

貴方には、幸せになって欲しいのですから」



ゔゔん…伝わってない…

王妃様の幸せは、私の幸せではない。


少し考えて、もう言うしかないと腹を括った。


「重ねて、お気遣い、ありがとうございます。

ですが、私は、この世界に望んで来たわけではありません。

聖女であることも、この国で結婚することも、私の幸せではありません」


再度、王妃様を見ると、不思議そうな顔をした後、急に決意を含んだ表情を浮かべた。




-----





あれから、王妃様の、いや、ありがた迷惑な王妃の囲い込みは早かった。


有無を言わさず、あっという間に第一王子の婚約者になった。


第一王子と、その側近にも顔合わせをした。


いや、側近、ムキムキすぎない?

2人とも、とても真面目で、性格も良く、私にも、とても丁寧に接してくれた。

第一王子も、わがままだと有名な私が婚約者なんて、嫌だろうに。

そんなことはおくびにも出さない、真面目な人だった。


第一王子の婚約者となってから、魔術師長と過ごす時間がグッと減った。

私が第一王子の婚約者になったと知った彼女は、よく研究室に篭るようになった。


大丈夫かな?

あの人、集中すると、ご飯を抜いたり、睡眠を削ったり、平気でするタイプだから心配だなぁ。


私は私で、第一王子との交流に加え、なんだかよく分からない王国の歴史や、諸外国のこと等、何やら詰め込まれ始めた。


いや、無理でしょ。

こっちの文字も書けないのに、無理でしょ。


次第に追い込まれていった私は、どうにか王子との婚約を解消しなければ、と焦り出した。

日々のストレスで生理は不順になるし、心のジェットコースターは上下しっぱなし、とにかく不調だった。


ある日、急に下腹部がキリキリ痛くなりだし、冷や汗が出て、意識が遠のいた。

うずくまる私に、教師が慌てて医者を呼んでくれた。


気がつくと、私は自室のベッドに横になっていて、痛みは無くなったものの、汗で髪が額に張り付いている感覚があった。


そして、誰かが私の手を握っていた。


前髪の長い、魔術師長だった。


「早く貴方を帰してあげたい。

私がしたことは間違っていた。

謝って済むことではないと分かっている。

早く貴方を帰す方法を探すから、どうか、それまで、元気な貴方でいて」


彼女は、長い前髪の奥で、泣いているようだった。


私は手をのばし、彼女の前髪をかきわけて、涙を拭った。


その日、私たちは冷たくなった唇で、少しだけ、口付けを交わした。




-----




私は、自分の聖なる力のことを、詳しく調べ出した。


これまで、この力を使ってきた結果と、考察を照らし合わせて、やはり、聖なる力というものは、洗脳のようなものに近いのではないか、という結論を出した。


相手の精神状態を鈍らせ、こちらが言う言葉を信じ込ませる。

王妃や、私がこれまで、相手にかけていた言葉は、その人の自己肯定感を高めるようなものだった。


では、別の目的を持った言葉を相手にかけたら?

相手はそれを真実だと信じてしまうのではないか。

それこそ、洗脳のように。


王妃の側近に頼んで、王子の婚約者としての教育を、減らしてもらうことができた。


オールバックの側近は私に、

「こんなことしかできなくて、ごめんなさいね」

と頭を下げた。


このカッコいい女性は、なぜ王妃の側近をしているのだろう、と不思議に思った。


なんだか、もったいないな、なんて。

まぁ、私の知ったことではないけれど。


教育を減らした分、王子たちとの時間を、これまでより増やすと、王妃は分かりやすく喜んだ。


私から王子との婚約は破棄できそうにないので、王子から破棄してもらいたい。

真面目な、国を愛する王子たちに、私の聖なる力を使った。

私が国母となっては国の不利益になる、と信じ込ませるために。


私の考えていたとおり、いや、それ以上に負の感情の方が、洗脳しやすかった。


人間、自分を信じるよりも、他人を疑う方が、簡単だということだろうか。


う〜ん、悲しいかな、否定できないよね。


あっという間に、私に不信感を抱いた王子と、ムキムキな側近は、私に婚約破棄を突きつけた。

私がでっちあげた冤罪を理由に。


わざと、すぐにバレるような冤罪にしたので、私は断罪されることなく、婚約は破棄となった。


正式に婚約が無くなったことを確認して、ここで、ネタバレ。


実は全て私が仕組んだことでした、となれば、王子とその側近はもとの地位に戻れるだろう。


そう、思っていた私が甘かった。


王子とその側近は、私が思っていた以上に、真面目で、善良な人だった。


自分たちの無実が証明されてもなお、王子は王位継承権を放棄し、ムキムキの側近も、王都を離れた。


私の考えが足りなかったせいで、

私が解放されることばかりを優先したせいで、

善良な人たちの地位を奪った。


その事実が、私を打ちのめした。





-----




私が幽閉されてから、もう半年が経った。

幽閉といっても、一室に閉じ込められているわけではなく、大きな塔で過ごし、そこからほとんど出ない、というだけ。

今までも、王宮の敷地内から出たことはないし、大して変わらない。


王妃の治療も、頻度はもっと減ったものの、続いているし。


本当は、王妃の治療なんて、したくもないけれど、王妃の愛する子である、王子を巻き込んだ私としては、罪悪感があるわけで。


色んな気力が無くなって、覇気のない毎日を、ただただ過ごしている。


魔術師長は、頻繁にここに来てくれた。不安定な私は彼女に甘えて、眠るまで手を握ってもらったり、背中をさすってもらったりした。


彼女は、私を元の世界へ帰すことを諦めていなかった。

召喚するのと、帰すことは、似ているようでアプローチが全然違うらしく、難航しているらしい。

さらに、これまでしてこなかった、他人とのコミュニケーションを、少しずつ取るようにしているという。


「今度は、私が貴方を守る。」


そう言う彼女の前髪は、少し短くなっていて、目が見えたり、見えなかったりするくらいになっていた。


久しぶりに王宮で働く人用の食堂にも行ったらしい。

彼女が召喚した聖女が、やらかしたことで、やっぱり嫌味を言われたらしい。

まぁ、やらかしたのは事実だし、否定はできないけれど。


「いつも思う。

貴方なら、何と言うだろうって。

貴方が、私の中の指針になっている。」


そう言ってくれる彼女に、私は微笑んだ。


「私がいた世界では、祖母の世代から、“多様性“が言われ出してね、

色々な人がいるから、配慮しましょう、尊重しましょう、っていう風潮だったらしいの。

それが、時代の変化で、多様であることが当たり前になって。

そうすると、グループ分け、というか、仲間意識のようなものは薄らいで、個々が独立するようになった。

“普通“が、本当に人それぞれになったのね。」


久しぶりに長く話すと、口が乾いた。

魔術師長が、すかさず水を渡してくれて、口を潤す。

一呼吸置いてから、続けた。


「そうなると、自分のことは自分で伝える必要が出てくる。

個々が独立すると、逆にコミュニケーション能力の必要性が増したってわけ。


私たちは、“アサーション“って呼んでいるんだけど、相手を否定せずに、自分の主張は、はっきり伝えるの。

学校で、アサーションの授業があったりして。


訓練が必要なの。

自分の気持ちに正直になること、

人が決めてくれるのを待たないこと、

否定されたとしても、卑屈にならないこと、

結構難しいでしょ?


私は、困った時、アサーションを意識して話してる。

やってみる?」


その日は、初めて、彼女がこの塔に泊まった。

もともと、十分な広さのあるベッドだった。

会話の練習をしたりして、いつまでも喋っていた。

広いベッドの真ん中で、くっつくようにして、クスクス笑い合っていた。




-----




王妃の側妃を通じて、元婚約者である、元第一王子、現在の公爵様と会うことができた。

残念ながらムキムキな側近の男には会えなかったが。


私は、2人の人生を狂わせてしまったことに後悔していることを伝え、謝罪した。


公爵様は、慌てて、私の謝罪を止めた。


「貴方が謝る必要はない。

むしろ、謝らなければならないのは、こちらの方だ。

母の側近や、魔術師長から聞いている。

望まないのに、この世界に連れてこられ、母のために尽力してくれていること、心から感謝している。


私にとっては、愛する両親ではあるが、父と母が依存しあっていて、それが、周りに思わぬ形で影響していることは、気がついていた。

本当に申し訳ない。」


それに、と公爵様は続ける。


「もともと、王位は、私には重荷であったのだ。

母は、私が王になることが、私の幸せだと信じて疑わなかったようだが。

私には、よっぽど異母弟の方が国王に向いていると思う。


私の幸せは他にあった、ということだ。

貴方が責任を感じることは、なにもない。」


あれから、公爵様が動いてくれたのか、幽閉は名ばかりとなり、普通に王宮内を動けるようになった。


人の集まりに出ることはないが、こちらから、魔術師長の執務室へ行くこともできた。


魔術師長の部下たちによると、最近の彼女は以前とは全く違うらしい。


前髪がさらに短くなり、目が完全に出ていたし、会話も増えたのだという。


さらには、今まで無視していた、嫌味や嘲笑に対して、事を荒立てるでもなく、しかし自分の主張を伝えて、毅然とした対応をとっているのだとか。


そんな話を聞いて、私まで誇らしい気持ちになって、ニヤニヤしてしまった。


相変わらず、魔術師長と私は仲良く過ごしていて、ごく少数の近しい人たちには、少しずつ、友人以上の存在であると認知されていた。


最近は、彼女の方から、私が住んでいた世界はどんなところか、聞かれるようになった。


生理周期が乱れて、不安定な日々が続くと、お泊まり会をして、私のいた世界のあれやこれを話した。


「そういえば、あなたの生理はどんな感じなの?」

薄暗い部屋で、ベッドに腰掛けながら、今まで聞いた事のなかったことを聞いてみた。


いつも、私に布を持ってきてくれたり、暖かい掛け物を用意してくれるので、生理とうまく付き合っているのだろうか。


その答えは、意外なものだった。


「私には、生理がいつまで経ってもこない。

16歳の頃に、お祖母様、元魔術師長が、私にもそろそろ、と教えてくれたが。

義母は、子供の時に戦争に巻き込まれたのが原因なのか、生まれつきそうなのか、分からないと言っていた。


…今更、おもいだすよ。

ずっと1人だと思っていた。

でも、確かに彼女たちは、私を案じてくれていた。

私を愛してくれていた、と。

本当に今更すぎる。」


これまで、私が生理のたびに、あれやこれやと世話をやいてくれていたのは、書物の知識や、王妃の側近から教えてもらっていたらしい。


今では、私の様子で、なんとなく生理前なのかどうか、分かるんだとか。


ちょっと照れるな。


気を取り直して、話しかける。


「受けた愛に、大人になってから気がつくのは、その愛が当たり前にあった証拠だよ。

今、気が付けて良かったじゃない。

そういうことは、本人に言わないとね。」


そう言って、彼女の短くなった前髪をかきあげる。


「この傷も、愛の“しるし“なんでしょう?

傷を、本当に消したいのなら、私の世界に行けば、消せると思うよ。

そういう技術がある世界なの。

私のお母さんは、私を産んだ時にお腹を切った傷を、消せるけど、消さないんだって。

私が産まれた“しるし“が、体にあるのは、勲章だって言ってた。

小さい頃は、一緒にお風呂に入って、よく触らせてもらったなぁ。

私は、あなたのこの“しるし“も、好きだよ。」


そういって、指の腹で傷跡をなぞる。

くすぐったそうに目をつむった彼女は、私の手を取って言った。


「傷に関係なく、貴方があちらの世界に帰るなら、私も一緒に行きたい。

許されるのなら、私は貴方と生きたい。」


「誰の許しが必要なの?

私なら、とっくに、そう願ってるよ。

早く私を帰して。あっちで一緒に暮らそう。

私の愛する魔術師長さま?」


そう答えて、

お互いのおでこをくっつけて、クスクス笑い合った。




-----




あれから、魔術師長は、元魔術師長である祖母や、家族に会いに行ったらしい。

これまで育ててくれた感謝と、非礼を詫びたようだ。


義母は、笑って言ったらしい。


「遅れた反抗期だったわね。

私にもあったのよ。理由はなんでもいいの。

血のつながりだけじゃない、家柄でも、容姿でも、なんでも。

1人の人間として、他者との摩擦に困惑したり、親や家族と自分は違う、と主張したくなる。

私は1人で生きていけるんだ、って思うの。

そういう時は、反抗する理由なんて、本当になんでもいいのよ。」


そうして抱きしめられたという。


「これまで受けた愛に気がつくのは、自分自身が、愛を与える側になった時よ。

おめでとう、貴方は愛する人を見つけたのね。」


その後、ちゃっかり、祖母である前魔術師長に、


「私がいなくなったら、魔術師長に戻ってください。

部下たちを、よろしくお願いします。」

と、引継書を押し付けてきたそうだ。


「老人の扱いがなってないねぇ。全く」

と言いながら、彼女のあらわになった目を見て、嬉しそうに微笑んだという。


前髪が短くなった魔術師長は、異世界からの召喚に関する資料を燃やした。


パチパチもえる火を見ながら、彼女は話した。


「お祖母様は、異世界からの聖女召喚をできなかったんじゃない。しなかったんだ。非人道的だとしてね。


お祖母様が魔術師長に戻っても、他の誰かが、また召喚を欲するかもしれない。

全ての記述を燃やしておくよ。

この鏡も、私たちがいなくなったら割ってもらうよう、お祖母様に頼んでおいた。


さぁ、行こう。愛する私の聖女様。」


暗い部屋の中、鏡台の前で、2人、手を取りながら座る。


事前に彼女から言われたとおり、私の記憶にある、元の世界の、ある地点を思い浮かべる。

私が召喚されてから、時を経ても変わっていないであろう場所。

十分な広さがある場所を。


「準備はできたよ。

あっちに行って、落ち着いたら、すぐに婦人科に行かなきゃ。

生理前に召喚されて、もう勘弁して、って感じだったんだからね。

あなたも一緒に行こう。

私の愛する魔術師長さま。」




王宮にて、召喚された聖女と、

若くして才能を発揮した天才王宮魔術師長が、

忽然と姿を消す事件が起きた。


聖女が使っていた部屋からは、

大量の手記が、異世界の文字で残されていた。


最後の文章は、こう書かれていた。



“あ、この人連れて帰りますね“




次はオールバックの人もいいな。

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