第六章・空前絶後のォォォ! 全員集合!/4
「ともかく、おまえさんらの言い分はわかった。だがこいつは、ジョーの了解も取りつけなけりゃあならん。ヤツを呼び出すからちょっと待ってろ……」
電話をかけるべく、テツがどっこらしょと立ち上がった、そのとき。
「俺ならもういるぞ」ジョーが、ひょっこりと茶の間に姿を現したので、テツはひっくり返りそうになった。テツ、ジョー、みゆき、竹森、大の大人がこうも揃って喧嘩腰で顔を突き合わせると、広い茶の間も何となく狭苦しい。
「な……なんでいるんだ?!」
「ちょっと騒ぎになりそうだから、ご注進を、と思ったんだが」
「騒ぎ? なんで? どんな?」
目を白黒させるテツを尻目に、ジョーは勝手知ったる風に茶の間のパソコンを操作し始めた。テツや翔太がカジノシトラス専用に使うそのパソコンは、ウェブ接続のために、藤倉興業のサーバを経由する。
「おまえんとこのセキュリティシステム、うちの関連会社が納入したってこと忘れてないよな」
ジョーは、ポケットからUSBメモリを取り出し、セキュリティシステムのクライアントアプリをインストールした。かつて欽太が、社長室から邸外をさまようアリエスを発見したとき使ったものである。
やがてモニターに、藤倉邸の壁に設置されたカメラが捉えた映像が映し出された。何やら殺気立った集団が、ゲバ字で書かれた横断幕を広げ、ずらりと並んでいた。「カジノ建設ぅ、はんたァァァい!」シュプレッヒコールまで聞こえてくる。
「なんだこりゃ……」
「八滝学園の理事長が嗅ぎつけて、PTAを動員してる。どこから漏れたんだろうな、カジノや俺らのバクチの話」
「だからもう町中の噂だってーの」みゆきが言った。「しかし八滝はマズいな。あそこのババァは、駅東のマンションに巣くう、セレブ気取り意識高い系どもの元締めだ。最近勢力を増してる」
「議員も何人か取り込んでますよねェ」竹森もため息をついた。「エコがどうのSDなんちゃらがどうのでいちいち役所に抗議に来るんで、めんどくさいったら」
ジョーが継いだ。「カジノシトラスがらみで、俺たちとも揉めてるよ。カジノゲームなんて教育に悪いから公開するなってな。それで知ってるんだが、あいつは学生運動の頃からの筋金入りの活動家だ。反戦のためならリンチで人殴るのも殺すのもOK、って価値観で五〇年以上生きてきた女なんだ。今でも、反原発のビラをガンガンにエアコン効いた部屋で作ってる。だから───」
ドタドタと、茶の間に通じる廊下を猛牛の如く突進してくる足音がした。この屋敷内での無作法は勝子が許さぬはずだが、彼女ですら止められぬ勢いだったようだ。八滝学園理事長兼校長、八滝和子が、ラメ混じり派手派手ピンク色スーツ姿で登場である。茶の間に顔を見せるなり、
「カジノなんてトンデモなぁぁぁい!」
さっきのみゆきの声などかわいいものだ。威嚇以外の意味があるなら教えてほしい、家中どころか町中に響き渡る大絶叫が、紫に染めたチリチリパーマ、細長い目に細長い眼鏡、やたらテラテラしたファンデーション、そして真っ赤なルージュの唇の巨大な顔面から発せられた。残響の中で、二重顎がプルプルと震えている。
とたんに、塀の外からそうだそうだとんでもないとコールが返ってきた。───だから、近所迷惑ってものを考えないのか。路上デモの許可取ってんのか? 困惑するテツの前に、八滝和子は腕組みしてずいと立った。
「あなたたち、カジノを誰が作るかくじ引きで決めるそうですね」
「くじ引きじゃなくてバク───」もちろん返事など聞きもせずに、言葉をかぶせてくる。「そのくじを私にも引かせなさい。私が当たりを引けば、カジノは即刻中止にできるのでしょう?」
ジョーが肩をすくめつつ、テツに小声でささやいた。「だからこの女は、カジノ反対のためにギャンブルしたって何の矛盾も感じないんだ。ていうか、駅前のパチンコ屋で台パンしてるのを目撃されてる。スジを通すなんざこれっぽっちも考えてねぇ、上下関係を作ってお山の大将になりたいってオキモチだけがあって、そのための主張はすべて正しく、それ以外の不都合な情報はすべて無視する」
矛盾した行動とはいえ、八滝校長の言辞は間違っていない。バクチの勝者が得るものは、カジノ運営会社の社長の称号。この勝負に勝って社長となり、その権限でカジノ運営事業を畳んでしまえば、話はそれで立ち消えだ。カジノ反対勢力にも、勝負に参加する意義があるわけだ。
「当たりが引けなかったらどうすんだ?」テツが尋ねると答えは、
「引いた人がカジノをあきらめるまで、対話を続けるだけです。カジノなんて害悪に決まってます。ギャンブルは人間のクズのやることです」テツは、パチンコ……と口に出しかけたが、むろん八滝和子は容喙を許さない。すさまじい早口でまくし立てた。「著名な教授の論文によれば、ギャンブル依存症の患者は日本全国で五〇〇万人以上。これらはみな自分の意思では抜け出せない、治療を必要とする、ギャンブル産業の犠牲者なのです。彼らはギャンブルしたいがためにせびりたかり恫喝暴力を躊躇しないので治安が悪化します。何より青少年の健全な成長に悪影響です、私は教育者として断じて認めるわけにはいきません。ギャンブルなるものはありとあらゆる側面鑑みてこの世に不幸を撒き散らすだけの邪悪な代物であると丹念に説明してご理解いただきます」
その教授の論文とやらは、とにかくカジノを悪とみなす目的で数字を水増しした、恣意的なでっち上げだと、ちょっとでも調べた者はみな知っている。しかし反対派はそれを絶対的根拠にするのである。
だいいち、今のセリフの〝ギャンブル〟という言辞を、テメェの〝市民運動〟に置き換えたらどうなる? 似たり寄ったりの依存症なんじゃねぇの? と思わずにはいられないが、口に出せば倍返しの反撃は必至だ。あぁ、デカい面を突きつけられている今の俺がいちばん不幸!




