第六章・空前絶後のォォォ! 全員集合!/2
若い娘とて宮司である。下に見るわけにはいかぬ。
いつもの茶の間のちゃぶ台の、仏間に近い上座、つまり普段自分が座る位置にみゆきを座らせ、テツはその向かいにかしこまった。
みゆきは、巫女姿からは想像もつかぬしどけない片立て膝で座り込み、差し出されたビールを、グラスなど使わず缶に口を付けてぐいぐいやった。しかし表情は不機嫌極まりなく、ちっとも酒がうまそうでない。
巫女であるから化粧は薄い。ほぼすっぴんだのに透けるような色白、切れ長の目に小さな鼻と口、美人画から抜け出たような顔の造作ときては、言い寄る男は後を絶つまい。しかしかくのごとき苛烈な言動を知れば話がまとまるわけもなく───もったいねぇなぁ、と頭の片隅で思いながら、テツは首をすくめて切り出した。
「それで宮司、今日はいったい何用で……」
「あ?」みゆきは、つまみのアタリメを噛み裂きながら、ぶっきらぼうに答えた。「まずてめぇから詫びを入れる話だろうが」
「いや……何のコトやらさっぱり……」
「とぼけんじゃねぇ」みゆきはビールをぐいっと飲み干し、「ババァ、もう一本よこせ」空き缶をかっとちゃぶ台に叩きつけて怒鳴った。「話は全部届いてんだよ。てめぇ、タチバナとバクチ打つんだって?」
「───何で知ってんだ」
「門前じゃ、その噂でもちきりだぞ」
「なに?!」
話の出所は───って、ジョーとのバクチ勝負を知る人物のうち、さような伝播力を持つ噂の発信源を、テツはひとりしか知らぬ。ちょうど新しいビール缶を紙パックごとまとめて持って入ってきた勝子を、ぎろりと睨みつけてみたが、気づきもしなかった。
みゆきはふたりの様子を気にもせず、新たな缶のタブを起こして一口ぐびりとやってから、再び問い詰めた。
「なんでそんな大事な話を、こっちに通さず決めてんだ?」
「いや、それは俺とジョーの話で、神社は関係な───」
「知るかそんなこと! カジノ作るかどうかってな、大檜全体の話だろうが! てめぇらだけで勝手に決めていいワケねぇだろ!」
うーん、とテツはうなった。それは道理だ。意外にまっとうなとこで怒ってたな。
大檜市の大半の住人にとって、大檜戦争は遠い過去の話だ。今日のカジノの話を、私闘にすり替えようって方が非難されて当然か。……とはいえ。
「だったら、藤倉興業とタチバナシステムの話、って言い換えてもいいや。どっちにしろ、神社が口を出すとこじゃねぇ」
「いいや出すね」
ほろ酔い加減になって、みゆきの白い頬がかすかに朱に染まる。微妙な色気が悩ましい。くるくると、舌も滑らかに回り出した。
「そのバクチ、あたしも混ぜろ」
「はぁ?!」
「あたしが勝ったら、こっちで副業用に持ってる会社があるから、カジノの収益はすべてそこで預からせてもらう。藤倉やタチバナには運営にだけ協力してもらって、後からその仕事分を支払う」
「おいおいおい! 宗教がバクチに手を出すのかよ?!」
「寺銭って言葉の意味知らねぇのか。古くは社殿の普請目的で、藤倉に富くじを売らせたこともある。むしろ宗教がバクチを仕切るのが正道王道、あるべき姿ってもんだ。───そうさ、自分で賭場を一軒持って仕切れば、副業のアパートや駐車場経営なんかメじゃない稼ぎになる。寄進に頼らなくてもよくなる。氏子なんて前時代的な関係は、もういらない」
「氏神が氏子と縁を切るってか。それはあんまりな言い草じゃないか?」
「じゃあハッキリ言うがな。───こないだから、寄進するから商売させろって、小金山がウチに直接営業をかけてきてる」みゆきは、再び空いた缶をテツの前でふらふらと振って見せた。テツが新たな缶を差し出すと、みゆきは引ったくって受け取り、ぷしゅりとタブを起こした。「こっちとしては断りたかないんだが、あいつらの目的は藤倉と一戦交えることだって、わかりきってるからな。くっだらねぇ争いの火種になって、神事や縁日で騒ぎが起きるのはゴメン被る。……今のところは、総代会を通せってな、そっちの顔を立ててるよ。ありがたく思え」
「そいつぁ……うむ……」
小金山の攻勢に難儀している欽太の顔を思い浮かべて、テツは少し返事に惑った。
「わかったか? 早い話、あたしゃどっちとも縁を切りたいんだ。この寂れっぱなしの町で、氏子の寄進に甘える関係なんて、いつまでも続けられるわけがねぇ。朽ち果てたくなきゃ、まとまった金を稼ぐ手管を別に用意しなきゃならん。それがホイと目の前に出てきたんなら、そりゃあ手を出すさ。こっちの目的はそういうこと」
みゆきは、瞬く間に飲み干した缶の飲み口を、指先でくるくるといじり始めた。
「カジノを作ることには反対しねぇよ、あたしだって、門前にゃ賑わっていてほしいからな。町の未来を賭けるってんなら、町全体が関係者だって言いたいだけさ。だから最初から、バクチに混ぜろ、とだけ言ってる。あたしが勝ったら仕切らせろ、そっちが勝ったら好きにしな」
なるほど、とテツは頷いた。宮司は宮司で、町のことを思って言っているわけだ。テツは彼女を赤子の頃から知っている。根はすこぶるまじめで賢い子で、環境に的確に順応したからこそ、藤倉一家と張り合うモンスター級の度量を獲得したのである。その賢さと順応性の高さは、どこかアリエスと似ている……。




