第六章・空前絶後のォォォ! 全員集合!/1
さて、ここで新たな人物が登場する。この物語には不釣り合いな、見目麗しく才長ける女である。安倍みゆき二四歳。若い身空にして、ある意味で、大檜市の最高権力者といえる。なんとなれば、彼女は大檜神社の宮司なのである。
古来より大檜最大のランドマークを牛耳る長であるからして、その意向はどんな大物も無視できない。というか、大物こそ氏子総代として神社と関わらざるを得ず、では宮司と氏子どちらが立場が上か、という話だ。
数年前まで、宮司は彼女の父親であり、母も神職であった。彼女は蛇蝎のごとく両親を嫌っていた。日頃伝統だの格式だのと口やかましく言い、娘に長い黒髪を強制して、茶髪に染めようかななどと口走れば顔を腫れるまで殴る親だった。ならば自らを厳に律する人格者かといえば、実態はその真逆の見てくれ上っ面だけで、夫婦揃って遊び好き、昼夜の区別なく氏子やテキヤどもと(つまり、藤倉一家である)酒をかっくらうのが日常だった。いったい、どう崇敬の念を抱けばよかったというのか。
しかしその両親は、ハワイでバカンスなどとしゃれ込んだ結果、事故に巻き込まれた。母は命は取り留めたものの、今なお意識不明のままだ。そして、生涯を氏神への奉仕に捧げてきたはずの父は、アロハシャツ姿のまま黒いニス塗りの棺に収められ、チャペルで賛美歌に包まれて天に召された。
みゆきは、父のあっけない最期を、自ら奉り仕えてきた神にすら卑俗さ矜持のなさゆえに見捨てられたのだ、と理解した。そして彼女は自らの運命を悟り、キャリアウーマンとかすてきなお嫁さんとか、それなりに持っていた安直な欲望をすべて捨てた。
千年この地で愛された社を守れるのは、自分だけだ。
松鶴堂の騒ぎから数日が経ち、つくつくほうしが鳴き始めた日の夕暮れ時。
彼女は白小袖に緋袴で小柄な身を包み、手を前に組んで添えながら、しゃなりしゃなりと優雅に穏やかに、大檜神社参道の長い石段を降りた。すれ違いに、史跡巡りの観光客らしき見知らぬ老夫婦がこんにちはと頭を下げたので、ごきげんよう、とにこやかに会釈を返す。「きれいな巫女さんがいるねぇ」「いやですよあなた鼻の下伸ばして」などという会話を背に聞きながら、最下段に至り、鳥居をくぐる。
参道をそれ、脇道に入った。風俗店のコスプレ巫女が客引きを始めた門前町裏通りの盛り場を、本物の巫女が黒髪をなびかせて通り抜けていく。さらに先へ進むと、街路は閑静な住宅地に変わる。街区表示に〈宮下〉とある電柱の脇を過ぎる。やたら大きな屋敷の、やたら長い塀が見えてくる。
ここまで来ればもう、地元の人間しか通らない道だ。外面の良さは必要ない。彼女から、先ほどまでの優雅な立ち振る舞いとよそ行きの笑みが消えた。
笑みから、無表情へ、そして般若の形相へ。
拳を握り、怒り肩で、のしのしと突き進む。
藤倉家の表門の前に至り、大音声にわめいた。
「オルァアアア藤倉のジジィ! ちょいとツラ貸せやおぉっ?!」
───覚えておいでだろうか。アリエス以前に勝子をクソババア呼ばわりした、みゆきという名の女性を。
彼女である。
甲高い女声が、藤倉の屋敷の広さをものともせず、母屋まではっきりと届いた。───縁側で夕涼みしつつ茶をすすっていた、テツの背筋を伸ばすほどには。
「勝子ぉ、出てくんねぇか」おずおずと、弱気な声で、テツは厨房の勝子に呼びかけた。
「イヤですよ、お義父さん」厨房から声だけが返ってきた。「今度はまた、何でみゆきちゃんを怒らせたんですか」
「知らねぇよ、身に覚えがねぇ───なんであぁ怒りっぽいんだろうな、あいつ?」
「ヤクザは舐められたら終わりって、肌で覚えただけですよ。教え込んだのはお義父さんみたいなもんでしょ」
「ヤクザより怖ェモンスターだよあれはもう!」




