第五章・あたりまえだのやばたにえん / 18
アリエスの無事は確認できた。ネットゲームができ、夢があると言えるていどには、束縛されない暮らしをしていることも。
ネットに接続した端末を扱えているのだから、もし危険な状態にあるなら、あの賢い娘ならば外部にヘルプを発信する手段を探すだろう。だから、挨拶や説明ができないほど急な事情があったとはいえ、彼女は普通に引っ越して普通に暮らしている───と、藤倉家での見解は一致した。
おそらく、母の再婚で引っ越したアリエスは、普段使っていたスマホを何らかの理由で失った。別の通信手段は手に入れたが、データの引継はできず連絡が取れずにいる。カジノシトラスだけはアカウント名とパスワードを暗記していて、ログインできているのだろう───それが欽太の見立てだ。
「父さん。ゆかり」欽太は、この一騒動を、自分で引き受けることにした。「心配でしょうが、ここまでわかった以上は騒ぎを拡げるべきではないと思います。この件は僕に一任してください、藤倉興業の営業部隊を使って情報を集めさせます。大檜市内にいるなら、何がしか引っかかるはずですから。それまでは、心落ち着けて、いつも通りの暮らしに戻りましょう。───特に父さんは、ジョーさんとの勝負に集中してください」
「うむ……」
「アリエスさんは、父さんはもう基本は身につけたはずだと言ってました。あとは自分で腕を磨いて、勝負に備えてください。杉野の店に行くといいでしょう、対人戦の経験を積むにはもってこいです。ゆめゆめ、師匠たるアリエスさんに後から笑われるような振る舞いをせぬように。師匠を、超えられるくらいに」
不承不承ではあったが、テツはその言葉を腹に収め、大きく頷いた。
「わかった。まかせる」
少し余録がある。
話が落ち着いた後、テツがふっとつぶやいた。
「……しかし、俺もずーっとカジノシトラスで打ってたのに、あの〝aries0330〟と対戦したことはなかったな。シトラスにゃ数万からの人がいるはずだが、よく翔太は見つけられたな? すごい偶然だ」
「レートが違うんでしょう。あの娘はプロ級だから、かなりハイレートで打ってるはず。それなら、プレイヤーの数も少なくて当然かと……」欽太が言った。
「そういや、ブラインドが五〇万/一〇〇万って言ってた、か。……」
「……」
テツと欽太は、言葉を止めて黙り込んだ。会話を聞いていたゆかりの顔が、すーっと青ざめた。
アリエスはもとよりハイローラーだから、ハイレート卓にいて当然なのだ。では昨日今日でポーカーを始めたばかりの翔太が、なぜその卓にいたのだ……?
カジノシトラスでは、アカウント作成時点で、課金のためのクレジットカード番号を入力しなければならない。セキュリティや不正防止の観点から、アカウントとカードは一対一で紐付けられる。ひとつのアカウントに複数のカードは使えず、一枚のカードで複数のアカウントは持ちえない。
テツは、何せ以前は審査で弾かれる身分だったので、クレジットカードを持っていない。欽太のカードを借りた。同様に、ヤクザ文化圏にどっぷり生きてきた勝子は現金至上主義で、カードを使う発想がない。必要に迫られたときは、欽太の家族カードを使う。
必然、翔太のアカウントは、ゆかりのカードに紐付いている。名目上は、彼女名義のアカウントなのだ。
ゆかりは、翔太をただちにPCの前から引き剥がし、マウスをふんだくってアカウント情報の画面を開き、課金額を調べ。
その場で卒倒した。
余録である。




