第五章・あたりまえだのやばたにえん / 17
「アリエス姉ちゃんの誕生日、三月三〇日だから、たぶん間違いない」翔太が言った。教え合ったらしい。子供にとって、誕生日は重大イベントだから、さもありなん。
〝aries0330〟のアクションは鋭かった。プリフロップ、アーリーポジションの緩いレイズをふたりコールしたところに、ビッグブラインドから容赦なくビッグサイズのスクイーズを飛ばしている様が、ちょうど画面に映っていた。アーリーポジションがたまらず下りればコーラーにも抵抗するすべはなく、チップはすべてその手元に吸い込まれる。
「見たでしょ今の。メチャクチャ強気でうまいの、これ、アリエス姉ちゃんだよ」
そういえば、テツはカジノシトラス上ではアリエスと戦ったことがない。彼女のアカウント名が何か、知らなかった。知っているのは、彼女の持ちキャラ───いま、目の前の〝aries0330〟が使用しているキャラも、紫色の髪のアメジストだった。
「本人かどうか、ハッキリわかるか?」
そのキャラのプロフィール画面を開いてみた。表示されたのは、住んでいる都道府県と、四〇代男性、という大雑把な情報だけだ。……男性? いや、アリエスのアカウントは父親が作ったものだ。娘の名前と誕生日で作ったアカウントを、プロフィールを変更しないまま娘本人が使っている、と想定すれば、不思議はない。
状況証拠だけなら十分に揃った。だが、決め手に欠ける。
欽太の携帯電話を借りて、光恵に相談してみた。〝本人かどうか確認する方法はないわ〟、という答えだった。不正やストーカーの可能性を考えて、カジノシトラスでは、プレイヤー同士がコミュニケーションする手段をほぼ排除しているのだ。
光恵はこう続けた。〝もちろん、ウチに問い合わせても、プレイヤーの個人情報は絶対漏らさないわ。紙に書いた住所と違って、これはあたしの一存ではどうにもできない。裁判所からの命令でもない限りは、不可能。もし、方法があるとすれば───〟
「光恵は〝フリーチャット〟を使え、と言ってる。そりゃ、なんだ」テツは翔太に尋ねた。
翔太は、画面内に表示されているひとつの枠を指差した。「ここに好きな言葉を入れて送信すれば、相手にも見えるよ。ほかの人もできるから、それであいさつとかするの」
「あぁ、画面に時々フキダシが出るのは、そういう機能だったのか」テツに、ポーカー以外の余計な機能を覚えられるわけもなく。「───なんだ、そんならそれ使って、おまえはアリエスか、って訊けばそれでしまいじゃねぇか」
〝プライベートを訊くのは絶対禁止!〟テツの耳に、スピーカーの向こうから光恵の鋭い声が飛んだ。とんだぬか喜びである。〝やったら即BAN! こっちでログの自動解析がかかるから、コッソリちょっとだけとか無理だからね! ていうか、細かい話ができないように文字数制限してるから、突っ込んだ質問はムリ!〟
「文字数制限って……?」
「八文字だけだよ」試した翔太が言った。「フリーチャットの枠は、八文字しか入れられない」
「八文字で何が訊けるんだよ!」テツはうめいた。
「だから、問答に使うものじゃないのよ。あいさつと───他のコミュニケーションは、絵文字で済ます思想ね」「麻雀でいうローズを防ぐ意図もあるでしょうね」ゆかりと欽太が補完した。ローズとは、符牒を使って他者に情報を伝えるイカサマのことである、が、むろんテツには、〝えもじ〟が何のことやらわからない。
〝うんそう、ローズに近くなっちゃうけど、何か合言葉的なものを試すしかないわね。八文字以内で、あの娘しか知らない言葉を引き出せればいいのだけど……〟それ以上のアドバイスは、光恵からは得られなかった。
「そんな言葉、あるのか……」テツは、顎に手を当て考え始めた。
「学校の名前とか」「それはモロにプライベート」「最後に来た日の、昼飯とか」「日本全国ソーメンだよ!」欽太、ゆかり、翔太がいろいろ話をめぐらせる中。
テツは熟考に入った。今まで、アリエスとしたこと、会話の内容を、老いた頭でひとつひとつ思い返してみる。
ぴん、ときたことがある。
何文字になるか、指折り数えてみる。
「翔太」思案顔は崩さないまま、テツは翔太に声をかけた。
「なに?」翔太が振り向く。
「今から、大じいちゃんが言うとおりに、そのフリーチャットとやらに書き込んでくれ」
「なんて?」
テツがささやく。言われたとおりに翔太が入力する。人差し指一本ではあるが、翔太はキーボードの扱いをいつの間にやら完全に心得ていた。
画面に、ひとつの質問が映し出された。
〈君に夢はあるか?〉
突然の、漠然とした質問。他のプレイヤーから、〈?〉と困惑のフキダシが浮かび上がる中───。
〝aries0330〟から出たフキダシには、言葉がくっきりと浮かび上がった。
〈私には夢がある〉




