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今昔悪童ポーカー狂騒曲  作者: DA☆
第五章・あたりまえだのやばたにえん
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第五章・あたりまえだのやばたにえん / 2

 そんな日々がしばらく続いたが、変化がなかったわけではない。


 ある日テツはアリエスに、〝外せない用事〟があるから今日は修行を休みにする、その代わり〝ある場所へ行け〟と告げた。初めて、別行動で一日を過ごすことになったのだ。




 その日ふたりが何をしたか───まず、テツの〝外せない用事〟から述べよう。


 藤倉家は田舎の素封家であるから、私有車が当然に複数台ある。ゆかりが通勤に使う(コペン)、普段遣いで家族が全員乗れるミニバン(シエンタ)、それから───ヤクザ時代には何台も持っていたが、今は一台きりしか残っていない、黒くてゴツい威風堂々の大型セダン(センチュリー)だ。


 テツは欽太とともに、黒紋付に着替え、暇な社員を運転手に捕まえてセンチュリーに乗り込んだ。一路向かう先は東京都心部───都区内にして大檜の藤倉邸を上回る広さ、地価にすればウン万倍の価値を誇る、高く分厚いコンクリ塀に囲まれた堅牢な要塞のごとき大邸宅。神鳳会の重鎮、かつて大檜戦争を停戦に導いた立役者、大新田秀勝の屋敷である。


 入念なボディチェックの後、金襖を幾度か開いた先の広間にふたりは通された。藤倉邸の道場より広いウン畳敷で、庭に面した障子戸は広く開かれており、外廊下の向こう側に枯山水が広がっていた。そこに紋付姿が二人、正座してぽつねんと待つのは、大河ドラマの登場人物にでもなった気分だった。都会の夏の熱気が吹き込むかと思いきや、最新式のエアーカーテン式空調が導入されていて、室内はひんやりと涼しい。


 約束した時間になっても、大新田は現れなかった。ふたりはじっと待った。どちらの呼吸も乱れない。一度だけ欽太が目線だけでちらとテツを見た。相変わらず菩薩像のような姿を見て、自らもまた目を閉じた。


 しばらくして、使用人どもが何人かどやどやと入ってきて、上座に花柄の緋毛氈を敷き、その上に、玉座のごとき飾り彫りが施された猫脚のアンティークチェアを据えた。


 蛇紋木(じゃもんぼく)の杖を突き突き、銀鼠の長着に兵児帯(へこおび)だけをまとった姿で、大新田秀勝が現れた。古傷が元で、膝が自由に動かない。ほぼずり足の歩みは、ゆっくりとしたものだった。


 米寿の祝いが近い。禿げ上がった頭、長く垂れた眉と白髯。落ち窪んだ目と深く刻まれた皺からは、仁義なき世界を生き延びてきた矜持と老獪さが見て取れる。まなざしは───まだ老いていない。


 「待たせちまってすまねぇな。格好も勘弁してくれ、この歳になると、かしこまったモンは億劫なんだ。便所に時間がかかっていけねぇ」


 用意された椅子にゆっくりと座り、腰が曲がった体を、突いた杖に預けた。


 「急に会いたいって言うから驚いたぜ。久しぶりだなァ」


 軽い口ぶりとは裏腹に、ぎろり、と藤倉親子を射すくめた。衰えのなさに怯懦すら感じつつ───テツは、畳に触れるほどに深々と頭を下げた。


 「おやじ殿、ご無沙汰しております」


 「よせやい、もう親父と息子の関係じゃねえだろ」


 「いや、それじゃあ俺が頭を下げさせる立場になりかねねぇんで」ヤクザの縁が切れた以上は、大新田とテツは子同士を結婚させた間柄でしかない。この場合、古い因習からすれば、家を存続させている側を上に取るのが一般的であろう。しかし、この場でテツが上に立つわけにはいかない。「ここは、親父と呼ばせてください」


 「そりゃそうだが、」


 「お義父さん、ご無沙汰しております」大新田に先を言わせず、続けて欽太が頭を下げた。「そらきた、おまえまで」「え、妻の父なんですから普通に義父じゃないですか」「親子の両方から父親呼ばわりされるのメンドクセェつってんだよ!」


 大新田はチッと舌打ちをした後、機嫌を損ねるな、と釘を刺すかのように、床をどんと杖で一突きした。


 「わかってらい、紋付で来たってことは、家族で和気藹々ってな話じゃねぇんだろうよ。そも、堅気になったおまえらは、もう俺とは関わりになっちゃならん立場のはずだ。今日はいったい何の用件だ」


 テツはことの起こりから説明した。あすひ亭で交わした約束のこと。改正IR法によるカジノの建設話が持ち上がってそれが今よみがえり、テツとジョーとのバクチで主導者を決すること。しかし過去に出された賭場の禁令が、その妨げになりうること……。


 「───そういうわけなんで、古い話ではありますが、あのとき出された、大檜戦争にまつわる処罰の回状を、撤回していただきたいんで。大檜にカジノを作るにあたって、そこの始末をつけておきたいんです」


 「ふぅん。カジノ、ねぇ。まぁ、俺らもいろいろ噛みてぇとは思ってるところだが。表向きぁ法律通りに堅気者がやってるテイで作らにゃならんから、なかなか難しいって聞いてるな。───おまえらも、表向き関わらなきゃ、それですむ話じゃねぇのか」


 「カジノシトラスを看板にする以上は、タチバナはどうしても絡みます。で、大檜に大きなもんこさえるってなりゃあ、ウチはいやでも関わりになっちまうんですよ」


 「ふぅん」


 大新田が顎をぞりぞりと撫で、髭をいじくり始めた。何か考え始めたようだ。目力も変わらず衰えない。───神鳳会は武闘派の多さで知られるが、大新田はその中にあって、頭脳と度胸で組織のまとめ役に徹して地位を築いた人物である。その脳細胞は、まだまだ冴え渡っているようだった。


 「……あんな昔の話、誰も覚えちゃいねぇよ。勝手にやりゃあいいだろ」


 「我々が覚えていて、問題を残したままではまずいと考えているんです」


 「ふぅん。そうかい」大新田の髭を撫でる手の動きが、止まった。「まぁ、話が古すぎて俺以外は何のこっちゃわかんねぇだろうし、撤回は俺の胸先三寸でどうにでもなるだろうよ。……で? そういう手間を人にかけさせて、こっちに何の見返りがある? 俺たちゃ縁が切れてんだ。赤の他人の頼みを、何の得もねぇのに聞く理由はねぇわな」


 ぐいっと顔を突き出して、凄みを利かせての言葉───穏やかな口調なのに、のけぞるほどの強い圧力が込められていた。さしものテツでも、平静を保てなくなりそうだった。


 回状の撤回は受け入れられるだろうと思っていた。五〇年も前の話であるから、そうして何のデメリットもない。しかし、メリットもない。メリットがなければ人は動かない。大新田がそこを見逃すわけはないのだ。暴対法の締め付けが厳しい昨今、実入りのいいシノギが喉から手が出るほど欲しいのは、むしろ神鳳会の方なのだから。


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