第四章・重いコンダラ天元突破 修行編 / 14
「まぁ、四人こさえて、三人死なれてはね。うちはヤクザで、悪事をたくさんしてきましたから、因果が巡って当然です。……でもね、気になるって言うんなら気にさせときゃいいんです。子供の側があれこれ思い煩うことじゃありません。───アリエスさん、親ガチャ失敗したと思ってるでしょう?」
「……うん。親の因果、なのかな、これ。でもだからって、どうにかできるもんでもなし」アリエスは表情をなお暗くした。自身に降りかかる、どうにもならない理不尽を、自分の中でどうにか処理しようとしているように見えた。
「僕もそうですよ。親がヤクザなんて、どれだけ面倒くさい目に遭ったか知れない」
欽太は合わせた手を解き、アリエスに膝を向けた。そして、静謐な仏間の冷えた空気を乱さぬように、穏やかに言葉を紡いだ。理不尽を被り、また加えもする現場に、彼は数知れず関わってきている。
「でもそれ以上に、生きてるだけで丸儲け、って感覚が、僕にはあって。そこを拠り所にできたから、善悪がいびつな、自分の力じゃどうにもならない世界を、歩んでこれたんだと思います。なんと言えばいいかな、命の尊さとか親への感謝とか、きれいごとの話じゃなくって───そう、ポーカーに例えれば、僕のきょうだいは手札を配ってもらうこともできませんでした。僕には配られたんです。親の因果は、子供が生き続ける限り、良くても悪くても、明瞭でも理不尽でも、否応なくずっと残ります。でもそれは、配られた手札なんです。僕は、こうして手札を手にしている自分を、本当に幸運だと思ってる」
欽太は、両の手のひらを広げて、そこに何かが載せてあるかのようにアリエスに見せた。アリエスも祈るのをやめて、欽太と向き合った。
「強い手札だけで勝負しようとする人がいて、実際それで勝っちゃう人が多い世の中です。弱い手札を見てあきらめてしまったまま、配られたカードで戦うしかない、なんて訳知り顔をする人も大勢います。でも、バクチ打ちはそうじゃないでしょう」
「そこからが、駆け引きなんだ」
アリエスが顔を上げて答え、欽太は拳をぐっと握り込んで、強く頷いた。
「僕はバクチ打ちの息子ですからね。こうして手札が配られたからには、いつだってよく考えて、勝負時を探すんです。手札だけで決まる世の中は面白くないよねって、僕はあなたを見て思いますし、あなたも僕ら家族を見てそう思ってくれると嬉しい。───まぁ、この立派な家を継いでる時点で、相当強い手札を配られたって自覚はあるんですけどね、扱いが難しいんですよ、これ」
「AJオフスートか、Jポケってとこだね。あたしの手札は、ずいぶん弱そう」
「弱くて、いいんです」欽太は言った。「手札は配られたんです。あなたは、テーブルについていていいんです。人生の勝負は、一回きりじゃありませんから。よく考えて、アクションを決めてください」
「……よさげなフロップ引けたみたい」憂いが完全に晴れたわけではないようだったが、アリエスは少しほっとした表情になって、それから腹をさすった。「急におなか減ってきた」
「それじゃ、ごはんにしましょう。冷製パスタ、楽しみです」
再び微笑を浮かべて欽太が立ち上がり、仏間を後にした。アリエスはその後を追いかけて、よく似た微笑みを写真の中のゆりえが見せた気がして一瞬振り向いて、───それから、日の差す、みなが卓を囲んで待つ、茶の間へと敷居をまたいだ。
藤倉家の食卓は、朝昼夜通じてほぼ和食である。洋食は極めて珍しい。せいぜい、勝子の手抜きが極まったときに、レトルトのカレーやスパゲティが出てくるくらいだ。オリーブオイルという新たな味覚に戸惑いながらも、藤倉家の一同は、アリエスの作ったツナとトマトの冷製パスタを完食した。
その後、アリエスはさらに藤倉家の風習を破壊した。「あたし片付けはやんねーぞ!」と言い放ったのだ。家族揃っていた頃の真保家では、皿洗いは父親の仕事だったようである。作るだけ作って片付けはやらないは通らないのでは、という意見も出たが、男どもに皿洗いさせるというアイディアに、日頃片付け担当を押しつけられているゆかりが諸手を挙げて賛成した。「あたし、この家の習慣を翔太には真似して欲しくないの」という彼女の後押しが決め手となり、長年の禁を破って、テツと欽太と翔太は厨房に入り、ゆかりの指揮のもと皿洗いにいそしむこととなった。
なお、数週間後には藤倉家厨房に食洗機が導入された。それはまた別の話。




